勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第四章 世界の片隅で生きる者たち

305 闇に潜む

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 エリエル氏とパスダ女史、偉大なドラゴン研究者夫婦と食事を共にした後家を辞して、俺たちはとりあえず元の宿に向かっていた。
 このまま東門の向こうにあるというドラゴン営巣地地下迷宮を目指してもいいのだが、一度落ち着いて三百年以上前のものという冒険者の残した迷宮の記録について検証したかったのだ。
 だが。

「止まれ。宿の前になんかいるぞ」

 宿までの道に迷ってフォルテを上空に上げていたのだが、そのフォルテの目で俺たちが泊まっていた宿の前に異様なものを確認する。
 狭い路地にぎゅうぎゅうに詰まっている感じになっているのは豪華な馬車だ。
 六頭立てで、しかも馬が普通の馬じゃない。
 角があるし、一角馬か? てことは貴人、しかもおそらく若い女性だな。

「一角馬の六頭立ての馬車だ」
「奴だ」

 俺が簡潔に伝えると、勇者が嫌そうに呟いた。

「奴?」
「あの皇女だ」
「なんでそう思うんだ? 前は車で来たよな」
「勘だ。あの女のやりそうなことだ」

 ふむ。
 勘か。実は俺も嫌な予感がバリバリしている。
 あれは絶対に関わってはいけない相手だと本能がささやくのだ。

「とりあえず離れよう」

 全員否やはない。つくづく全員で行動していてよかったな。

「あんな小さな宿にまでやって来るとなると、おそらくは都中の宿になんらかの手配をしているのかもしれないな」

 俺の言葉に勇者が嫌そうな顔でため息をついた。

「どうする?」
「とりあえず今の姿は目立ちすぎる。ミュリア、俺たち全員を平凡な冒険者のパーティのように見せかけることは可能か?」

 勇者の問いに、俺はまずは見た目をごまかすことを考えた。
 メルリルにも使ってもらった聖女の幻惑魔法を全員に使えるかどうかを確かめる。

「出来る」

 聖女は真剣な顔で頷いて、神璽みしるしを手に俺たち全員に魔法を施した。
 見回してみると、基本的な見た目は変わっていないものの、どこか薄汚れた冒険者パーティのように見える。
 ほんと、この幻影魔法って不思議だな。

「まともな宿は取れないと考えて、少し変則的な手を使おう。こういう大きな街には必ずあるはずの場所を利用する」
「わかった。師匠に任せる」

 俺の言葉に勇者が即うなずく。
 おい、内容も聞かないのか? まぁ、のんびりも出来ないからいいか。
 俺はフォルテに意識を乗せて街なかを飛び回らせる。
 目的の場所は宮殿や大通りから離れたところにあるはずだ。
 やがてそれらしき場所を見つける。
 丁度夕暮れ時なのが功を奏して目当ての職種の人間が大勢移動しているのを見つけてその後を追ったのだ。

「よし、だいたいの場所は見当つけた。と、あとは……」

 俺はその場の全員を見回した。
 いくら偽装したところで女性が女性であることは隠せない。
 これから訪れる場所ではそれだけで厄介事の種になる場合もある。

「アルフ。お前、以前ドラゴンにされた威圧を覚えているか?」
「忘れたことなんかないぞ」

 勇者は思い出したのか苦いものを口にしたような顔をした。

「あれをちょっと真似てみてくれ」

 俺の言葉に一瞬キョトンとした勇者だったが、すぐに面白がるような顔になる。
 
「こう、か?」

 勇者の言葉と同時に、ぐぅっと、空気が重くなるような感覚が襲いかかった。
 と言うか、周囲の建物の壁が瞬間きしんだぞ。
 マジか? こいつこれほどまでの威圧が出来るのかよ。
 もしかして本当にドラゴンとやりあえるんじゃねえか?
 
「ぐ……ぅっ」

 メルリルがふらっと体を揺らしたのを見て、俺は慌てて勇者に指示を出した。

「もう少し抑えろ、そうだな肌の周囲に膜を作るような感覚で、どうだ?」
「ええっと、こう……か?」

 ふっと、威圧が薄らぎ、全員が詰めていた息を吐き出した。
 勇者を見ると、ゾワッと全身が鳥肌立つような感覚を覚える。
 こいつは油断ならないという雰囲気だ。

「それだ。いいか、今から行くところではその威圧を常に纏っているんだ。じゃないと絡まれて大変なことになるからな」
「わかった」

 そして俺を先頭に女性陣を中心に守るように配置して最後尾に聖騎士、勇者は真ん中で周囲に視線を巡らせるように威圧を放つ。これを基本陣形として移動を開始した。
 道をどんどん進むと、昨日行った貸本屋界隈と似たような雰囲気の場所になり、そこを通り過ぎてやがて壊れかけた倉庫のような建物が立ち並ぶ場所に出た。
 あちこちに怪しげな男や女が立っていて、ジロジロとこっちを見て来るが、それは相手が自分にとって有益か否かを見極めようとしてるだけで、特に異分子を見る目ではない。
 聖女の幻惑はまずまず上手くいっているようだ。
 やがて、人通りがそこそこ多くなる。
 目立つのはガタイの大きな男たちと、華やかに着飾った女たちだ。
 魔道具をガンガン使っているような店が立ち並ぶ通りを過ぎて、薄暗くて狭く、すえたような臭いの漂う通りに出る。
 そこに小さな暗い灯りに照らされた看板が見えた。
 みすぼらしい身なりだが、体格はいい男たちがその看板の店へと入って行くのを見て、俺はその店の扉を開いた。

「らっしゃい」
「六人だが席はあるか?」

 なかは案外と広い。
 カウンターはあるがテーブルは見当たらなかった。
 椅子らしきものはいくつか転がっていたり、飲んでいる連中が使っていたりするようだ。
 あ、椅子をテーブル代わりにしているんだな。

「そんな上品なものはない。酒とつまみを受け取ったら適当な場所で飲み食いすればいい」
「わかった。とりあえず六人分軽いのを頼む。あと、この辺に詳しい奴はいないか?」

 酒の代金と別に大銀貨を一枚、カウンターに置いた。
 主は顔をしかめたが、その金を受け取り、店のなかをぐるりと見回し、一人の男に目を止める。

「おい、ゴミあさり、仕事だぞ」
「ん~?」

 店主の声に隅っこで地べたに座り込んで飲んでいた男が顔を上げた。
 すっかり出来上がっているのか顔が真っ赤だ。

「案内だ」
「へへっ、毎度」

 店主の言葉に案外としっかりとした足取りで歩み寄って来た。

「一杯奢ろう」

 俺が言うと、ゴミあさりと呼ばれた男は目を輝かせてペコペコと頭を下げる。

「ありがとうごぜえやす、旦那。この辺のことなら俺っちを頼りにしてくださって間違いねーですよ」

 男はそう言って、狡猾そうな目つきでこちらを窺ったのだった。
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