勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第四章 世界の片隅で生きる者たち

291 本の探索1

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 翌日俺たちはまた二組に分かれた。
 東方の実情を亡命者が書いた本を探す組と、衛兵の駐在所に宿の変更を報告して、教会に行く組だ。
 実は聖女とモンクは教会に行って話をしたのだが、内容が政治的干渉に当たるのではないかとして大聖堂と協議をすると言われてしまったらしい。
 教会には大聖堂に直通の通信魔道具が設置してあるので、話をすること事態はすぐに出来る。
 昨日の今日で結論が出たとも限らないが、教会への圧力を兼ねて勇者に様子を確認して来てもらおうということになったのである。

「今日は俺が師匠と同行する番だろ!」

 などと勇者は訳のわからないことを言っていたが、適材適所だからと説得して聖女とモンクと一緒に教会行きとなったのだ。
 そして今回聖騎士のクルスは俺と同行することになった。

「クルス、ずるいぞ」

 と、勇者はこの人選にもごねたが、実のところ仕方がなかったのだ。
 宿にあった本を読んでわかったのだが、この国の文章の形式はうちの国では古式と呼ばれる方式で書かれていた。
 つまり俺やメルリルでは本の内容がある程度しか理解出来ないのである。
 貴族として正式な教育を受けていた勇者と聖騎士はこの古式と呼ばれる文章も読めるので、二択の結果と言えた。

「私でお役に立つならば」

 と、聖騎士殿はいつもの丁寧な物言いで快諾してくれたのだが、外出するにあたっていつもの装備を外し、庶民の格好になってもらうときにちょっと揉めた。
 鎧を脱ぐことにはさほど抵抗はなかったのだが、剣を携えずに行動するのは聖騎士にとってかなり耐え難いことだったようだ。

「封印を破ることは出来ないから武器としては使えないぞ?」
「ダスター殿。騎士の剣術のなかには鞘のまま戦うものがあります。なぜなら城内では抜剣が禁止されている場所もあるからです。ですから剣を抜かずともやりようはあるのです」

 と、逆に説得されてしまった。
 仕方ないので、貴族落ちの冒険者のような仕立てにしてみる。
 これが意外と聖騎士クルスには似合った。
 鎧姿のときは規律正しい騎士さまという感じだが、冒険者仕様の姿だと、真面目そうだがどこか油断ならない戦士という雰囲気がある。
 案外クルスは真面目一辺倒ではないのかもしれない。
 基本的に勇者の傍に控えていて自己主張をしない男なので、俺も今ひとつ聖騎士ではないクルスを理解しきれていないのだ。

「その姿のほうが格好いいぞ」

 勇者がそう屈託なく言うと、クルスは少し笑ってみせた。
 その勇者に忠告しておく。

「まぁ昨日の今日で出て来るとは思えないが、くれぐれも皇女殿下には気をつけろよ」
「わかってる。気配を感じたら即逃げるさ」

 よほど苦手なのか、注意する俺に勇者はそう答える。
 そしてそれぞれの行動を開始した。

「宿の人が知っている書店に印をつけてもらったが、ずいぶん詳しかったな」

 大部屋に本を揃えているような宿の主だけあって、本が好きなようだった。
 宿近くの書店だけでなく、街にある品揃えのいい書店や特殊な書店などを快く教えてもらえたのだ。
 正直助かった。

「しかし本当に多いですね。本が常設の店舗で販売されていること事態が不思議です」
「まぁそうだよな。そう考えると工場ってのは凄いもんだな」

 聖騎士クルスの言葉に俺もうなずく。
 本なんて特殊な施設に置いてあるものであって、間違っても買うようなものではないというのが俺たちの常識だ。
 蒸気機関の車や列車のような目立つものだけでなく、庶民の日常のなかで使うものまで、この国は大きく違っている。

「でも、煙は嫌です。体のなかに入り込むと病気の元になるから」

 メルリルがそう言った。

「やっぱり病気の元になるのか。でも、なんでそう言い切れるんだ?」
「私は、風の流れを感じられるから、人の体のなかがあの煙で汚れていくのがわかるの」
「それは、すごいな。しかし体のなかが汚れる、か。体内は洗う訳にもいかないから怖いな」

 メルリルの言葉にぞっとする。
 俺には体のなかなどわからないが、一度汚れてしまったらなかなかその汚れが落ちないだろうということはなんとなく予想出来た。

「何事もいいことと悪いことがあるということですね」

 クルスがぽつりとそう言った。
 
「民に書物が開放されるということは、民が貴族並に知識を持つということでもあります。この国の有り様のように貴族も平民も大きく隔たりがないのならばいいでしょうが、貴族が力を持つ国では、このように知識を開放するのは歓迎されないでしょう。単に工場の有る無しだけでは測れない問題なのではないでしょうか」
「つまり俺たちの国に工場が出来ても、煙が蔓延するだけで知識は開放されないということか」
「ええ」

 聖騎士クルスの視点は貴族と平民どちらのものなのか。
 単純にこの国の在り方を俺たちの国に当てはめることは出来ないと言いたいようだ。

「あ、ここみたい」
「キュッ!」

 軽やかに先行していたメルリルとフォルテが目的の書店を発見したようだ。
 最初の店は大通り沿いにあるかなり大きな店とのことだった。
 あらゆるジャンルの本が一定数あるので、いろいろな本を読みたいという人向けとの注釈がついている。
 店の表に出ている看板には、広げられた本とペンの絵が彫られていた。
 扉を押して入ると、埃っぽさとインクの香りを感じる。
 チリリと涼やかな音が響いた。

「らっしゃい」

 入り口の横にあるカウンターで店主らしき男が椅子に座ってゆっくりとパイプをくゆらしている。
 その膝の上には書物が乗っていた。

「済まない、東方の国のことを書いた本を探しているのだが」
「学術書かい? 旅行記か?」

 なるほど同じ東方の本でもいろいろあるんだな。

「いや、ええっと亡命者が東方の国の問題を書いた本があると聞いて」
「……ふむ。そういう本なら二階の左奥だな。だが、うちにはあんまり数がないジャンルだ」
「そうか。一応見てみるよ。ありがとう」

 壁沿いに階段があり、二階に上がれるようになっていた。
 三人と一羽でぞろぞろと階段を上がる。
 店のなかには成人以上の男女が何人かいて、服装からしてそれなりに金がありそうだ。
 やはり庶民に開かれているとは言え、書物は高いものであり、金に余裕がある者の道楽という感覚なのかもしれない。

「それにしても圧巻だな」
「そうですね。これだけ書棚が並んでいる場所は、私もほかに知りません」

 俺と聖騎士クルスがそんな感想を述べていると、メルリルが不思議そうな顔で周囲を見回していた。

「どうした?」
「え、うん。あの、なんとなく精霊メイスの気配がするんだけど、私の知らない精霊メイスみたい」
「へえ」
「そう言えば聞いたことがあります。本には精霊が棲むのだそうですよ」

 訝しむメルリルに、クルスがそんなことを言ったのだった。
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