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第三章 神と魔と
188 事の顛末を告げる
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「お二方には世話になった。勇者殿には必要あるまいが、ダスター殿にはこちらを」
そう言ってディスタスの特権騎士エンディイ・カリサ・サーサム卿は、俺に一枚のコインを差し出した。
それは少し大きめの銀貨で、片側に片目の狼が精密な描写で彫り込まれていた。裏を返すとサーサム卿の名前と数字が記されている。
「もしディスタスに立ち寄ることがあれば、これを提示すればそなたの人品を俺が保証するという証になる」
「いらん」
すかさず勇者が言い返した。
お前が断るな。
「ありがたく頂戴しておく。ちょうどそっちを通る用事があるからな」
「俺の連れだぞ。それ以上の何の保証が必要だと言うんだ」
「ふむそうか。我が国を訪れる者は首都を見てその美しさを称えるが、ダスター殿にはもっと我が国を広く知ってもらいたいものだ」
「ほう?」
「おい、無視するな!」
「先に述べた燻製もそうだが、我が国の中央部には広い高原地帯があり、そこで大規模な牛の飼育が行われている。そのため、美味いチーズや発酵牛乳、さらに腸詰めなどの豊富な特産品があるのだ。その他にも地域ごとにさまざまな特色がある。俺は我が国は地方にこそ魅力があると思っているよ」
「なるほど、興味深い話だ。覚えておこう」
「では失礼する」
「早く帰れ!」
ディスタスの騎士はことあるごとに突っかかる勇者をチラリと見てフンと鼻を鳴らして踵を返した。
いい性格だな、この男も。
「師匠、そんなの捨ててしまったほうがいい。何かの呪いがかかっているかもしれんぞ」
「馬鹿か。だいたいお前が師匠師匠と連呼するから、すっかり相手が優位に立ってしまったんじゃないか」
俺はポカリと勇者を小突く。
向こうにもこちらにも黙っていて欲しいことがあるということで、表面だけ見れば対等のようだが、あちら側の秘密が国同士の問題につながることである以上、こっちはうかつに漏らすことは出来ない。
それに対して、俺と勇者との関係性など、言いふらされても俺以外誰も困ることではないのだ。
俺としては個人的な弱みを握られたようなものである。
「うっ、それは。だけどあいつはそういうの気にするような奴じゃないだろ」
「嫌いなのか信頼しているのかわからん奴だな全く」
とにかくこれで奉仕の仕事も終わったし、仲間たちの元に戻るか。
フォルテが屋根の上で何かキュウキュウ鳴いているが、入れてもらえないんだから仕方ないだろ。もうちょっと我慢しろ。
フォルテを心のなかで説得して元いた部屋に戻ると、メルリルも起き上がって聖女とモンクと一緒に何やらゲームを楽しんでいるようだった。
壁際で一人背筋を伸ばして佇んでいた聖騎士にまず挨拶をする。
「ただいま戻った」
「よお」
「おかえりなさい」
そのやり取りで俺たちの帰還に気づいた女性たちがぱっと顔を上げる。
「ダスター! おかえりなさい!」
メルリルが立ち上がって迎えてくれた。
「ずいぶん顔色がよくなったみたいだな」
「ええ、今朝方すごくドロッとした緑の飲み物を飲まされたんだけど、甘苦くて懐かしい味だったの。それを飲んでからすっきりした感じ」
「ほう」
「全員飲まされた」
「二人の分も取ってあるよ」
メルリルの報告を微笑ましく聞いていると、聖女とモンクがニヤリと笑いながら怪しげな物体の入ったカップを持って来る。
「う……」
「俺は健康だからいらん」
「駄目。治療師さんが少しずつ溜まる体の毒を出してくれるから病気じゃなくても飲んだほうがいいって」
「くっ」
速攻断った勇者だったが、聖女の真剣なおすすめにタジタジとなり、結局飲むこととなった。
もちろん俺に断る選択肢があるはずもない。
ぐっと飲み干したそれは、確かにドロッとして青臭さと甘苦い味わいがたいそう飲みにくいものだったが、その味には少々覚えがあった。
「ああ、これ。腹の臓器の疲労に効く薬草を使っているな。他はよくわからんがもしかすると蜂蜜も入ってるか」
確かに効果はありそうだ。
「うええ」
勇者も渋い顔をしながら飲み干して、ふうっと息を吐いている。
俺は口直しに白湯を入れた。
薬湯の後に茶を飲むのはよくないので白湯にしたんだが、その白湯がさきほどの薬湯のせいか甘く感じられる。まさに甘露という味わいだ。
「今回いろいろ面倒なことが起きた。情報を共有したいので、集まって欲しい。あと、音を外に漏らさないようにしたいんだが、ええっと、ミュリア頼めるか?」
聖女がこくんとうなずく。
メルリルが何か言いたそうだったが、今回はミュリアに任せるべきだろう。
そうして、俺と勇者はことの顛末を説明した。
隠し事は無しである。
「ディスタスの炎の貴公子ですか。噂は聞いていましたが、特権騎士になっていたのですね。いえ、考えてみれば彼以外に大公の信任厚い特権騎士が務まるはずもありません。当たり前の人事でしょう。出来ればお会いしてみたかったのですが、仕方ありませんね」
聖騎士クルスがディスタスの英雄に食いついた。
武を極めた者同士思うところがあるのだろう。
「今回つくづく思ったことがある」
俺はいい機会なのではっきりと言っておくことにした。
「勇者は鍛錬が足りない」
「えっ! な、なんで?」
「なんでもクソもお前体が全然出来上がってないじゃないか。魔力を使って戦うのに慣れすぎてるんだ」
勇者の横で聖騎士が静かにうなずいた。
「魔力を使って戦うんだからそういうのはいいだろ!」
「よくない。たとえば素振りは動きの精密性を高める。お前の攻撃は大雑把で敵の急所にほとんど当たってない。それと走り込みは持久力を高める。山歩きで魔力を使うな、もったいない」
「うっ」
「鍛錬というのは個人的なものだから強要するつもりはなかったが、お前があくまでも俺を師匠と呼ぶなら、俺なりの鍛錬の方法に従ってもらうぞ」
「……わかった」
よく考えたら俺の手間が増えただけのような気もするが、まぁ勇者たちに前向きに関わると決めたんだ。
やるならとことんやるべきだろう。
「勇者さま、わ、私も鍛錬いたします!」
「あ、私も」
なぜか感銘を受けたように一緒に鍛錬を希望する聖女とメルリルがちょっと微笑ましくて、いい具合に肩の力が抜けるのを感じたのだった。
そう言ってディスタスの特権騎士エンディイ・カリサ・サーサム卿は、俺に一枚のコインを差し出した。
それは少し大きめの銀貨で、片側に片目の狼が精密な描写で彫り込まれていた。裏を返すとサーサム卿の名前と数字が記されている。
「もしディスタスに立ち寄ることがあれば、これを提示すればそなたの人品を俺が保証するという証になる」
「いらん」
すかさず勇者が言い返した。
お前が断るな。
「ありがたく頂戴しておく。ちょうどそっちを通る用事があるからな」
「俺の連れだぞ。それ以上の何の保証が必要だと言うんだ」
「ふむそうか。我が国を訪れる者は首都を見てその美しさを称えるが、ダスター殿にはもっと我が国を広く知ってもらいたいものだ」
「ほう?」
「おい、無視するな!」
「先に述べた燻製もそうだが、我が国の中央部には広い高原地帯があり、そこで大規模な牛の飼育が行われている。そのため、美味いチーズや発酵牛乳、さらに腸詰めなどの豊富な特産品があるのだ。その他にも地域ごとにさまざまな特色がある。俺は我が国は地方にこそ魅力があると思っているよ」
「なるほど、興味深い話だ。覚えておこう」
「では失礼する」
「早く帰れ!」
ディスタスの騎士はことあるごとに突っかかる勇者をチラリと見てフンと鼻を鳴らして踵を返した。
いい性格だな、この男も。
「師匠、そんなの捨ててしまったほうがいい。何かの呪いがかかっているかもしれんぞ」
「馬鹿か。だいたいお前が師匠師匠と連呼するから、すっかり相手が優位に立ってしまったんじゃないか」
俺はポカリと勇者を小突く。
向こうにもこちらにも黙っていて欲しいことがあるということで、表面だけ見れば対等のようだが、あちら側の秘密が国同士の問題につながることである以上、こっちはうかつに漏らすことは出来ない。
それに対して、俺と勇者との関係性など、言いふらされても俺以外誰も困ることではないのだ。
俺としては個人的な弱みを握られたようなものである。
「うっ、それは。だけどあいつはそういうの気にするような奴じゃないだろ」
「嫌いなのか信頼しているのかわからん奴だな全く」
とにかくこれで奉仕の仕事も終わったし、仲間たちの元に戻るか。
フォルテが屋根の上で何かキュウキュウ鳴いているが、入れてもらえないんだから仕方ないだろ。もうちょっと我慢しろ。
フォルテを心のなかで説得して元いた部屋に戻ると、メルリルも起き上がって聖女とモンクと一緒に何やらゲームを楽しんでいるようだった。
壁際で一人背筋を伸ばして佇んでいた聖騎士にまず挨拶をする。
「ただいま戻った」
「よお」
「おかえりなさい」
そのやり取りで俺たちの帰還に気づいた女性たちがぱっと顔を上げる。
「ダスター! おかえりなさい!」
メルリルが立ち上がって迎えてくれた。
「ずいぶん顔色がよくなったみたいだな」
「ええ、今朝方すごくドロッとした緑の飲み物を飲まされたんだけど、甘苦くて懐かしい味だったの。それを飲んでからすっきりした感じ」
「ほう」
「全員飲まされた」
「二人の分も取ってあるよ」
メルリルの報告を微笑ましく聞いていると、聖女とモンクがニヤリと笑いながら怪しげな物体の入ったカップを持って来る。
「う……」
「俺は健康だからいらん」
「駄目。治療師さんが少しずつ溜まる体の毒を出してくれるから病気じゃなくても飲んだほうがいいって」
「くっ」
速攻断った勇者だったが、聖女の真剣なおすすめにタジタジとなり、結局飲むこととなった。
もちろん俺に断る選択肢があるはずもない。
ぐっと飲み干したそれは、確かにドロッとして青臭さと甘苦い味わいがたいそう飲みにくいものだったが、その味には少々覚えがあった。
「ああ、これ。腹の臓器の疲労に効く薬草を使っているな。他はよくわからんがもしかすると蜂蜜も入ってるか」
確かに効果はありそうだ。
「うええ」
勇者も渋い顔をしながら飲み干して、ふうっと息を吐いている。
俺は口直しに白湯を入れた。
薬湯の後に茶を飲むのはよくないので白湯にしたんだが、その白湯がさきほどの薬湯のせいか甘く感じられる。まさに甘露という味わいだ。
「今回いろいろ面倒なことが起きた。情報を共有したいので、集まって欲しい。あと、音を外に漏らさないようにしたいんだが、ええっと、ミュリア頼めるか?」
聖女がこくんとうなずく。
メルリルが何か言いたそうだったが、今回はミュリアに任せるべきだろう。
そうして、俺と勇者はことの顛末を説明した。
隠し事は無しである。
「ディスタスの炎の貴公子ですか。噂は聞いていましたが、特権騎士になっていたのですね。いえ、考えてみれば彼以外に大公の信任厚い特権騎士が務まるはずもありません。当たり前の人事でしょう。出来ればお会いしてみたかったのですが、仕方ありませんね」
聖騎士クルスがディスタスの英雄に食いついた。
武を極めた者同士思うところがあるのだろう。
「今回つくづく思ったことがある」
俺はいい機会なのではっきりと言っておくことにした。
「勇者は鍛錬が足りない」
「えっ! な、なんで?」
「なんでもクソもお前体が全然出来上がってないじゃないか。魔力を使って戦うのに慣れすぎてるんだ」
勇者の横で聖騎士が静かにうなずいた。
「魔力を使って戦うんだからそういうのはいいだろ!」
「よくない。たとえば素振りは動きの精密性を高める。お前の攻撃は大雑把で敵の急所にほとんど当たってない。それと走り込みは持久力を高める。山歩きで魔力を使うな、もったいない」
「うっ」
「鍛錬というのは個人的なものだから強要するつもりはなかったが、お前があくまでも俺を師匠と呼ぶなら、俺なりの鍛錬の方法に従ってもらうぞ」
「……わかった」
よく考えたら俺の手間が増えただけのような気もするが、まぁ勇者たちに前向きに関わると決めたんだ。
やるならとことんやるべきだろう。
「勇者さま、わ、私も鍛錬いたします!」
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