83 / 885
第三章 神と魔と
188 事の顛末を告げる
しおりを挟む
「お二方には世話になった。勇者殿には必要あるまいが、ダスター殿にはこちらを」
そう言ってディスタスの特権騎士エンディイ・カリサ・サーサム卿は、俺に一枚のコインを差し出した。
それは少し大きめの銀貨で、片側に片目の狼が精密な描写で彫り込まれていた。裏を返すとサーサム卿の名前と数字が記されている。
「もしディスタスに立ち寄ることがあれば、これを提示すればそなたの人品を俺が保証するという証になる」
「いらん」
すかさず勇者が言い返した。
お前が断るな。
「ありがたく頂戴しておく。ちょうどそっちを通る用事があるからな」
「俺の連れだぞ。それ以上の何の保証が必要だと言うんだ」
「ふむそうか。我が国を訪れる者は首都を見てその美しさを称えるが、ダスター殿にはもっと我が国を広く知ってもらいたいものだ」
「ほう?」
「おい、無視するな!」
「先に述べた燻製もそうだが、我が国の中央部には広い高原地帯があり、そこで大規模な牛の飼育が行われている。そのため、美味いチーズや発酵牛乳、さらに腸詰めなどの豊富な特産品があるのだ。その他にも地域ごとにさまざまな特色がある。俺は我が国は地方にこそ魅力があると思っているよ」
「なるほど、興味深い話だ。覚えておこう」
「では失礼する」
「早く帰れ!」
ディスタスの騎士はことあるごとに突っかかる勇者をチラリと見てフンと鼻を鳴らして踵を返した。
いい性格だな、この男も。
「師匠、そんなの捨ててしまったほうがいい。何かの呪いがかかっているかもしれんぞ」
「馬鹿か。だいたいお前が師匠師匠と連呼するから、すっかり相手が優位に立ってしまったんじゃないか」
俺はポカリと勇者を小突く。
向こうにもこちらにも黙っていて欲しいことがあるということで、表面だけ見れば対等のようだが、あちら側の秘密が国同士の問題につながることである以上、こっちはうかつに漏らすことは出来ない。
それに対して、俺と勇者との関係性など、言いふらされても俺以外誰も困ることではないのだ。
俺としては個人的な弱みを握られたようなものである。
「うっ、それは。だけどあいつはそういうの気にするような奴じゃないだろ」
「嫌いなのか信頼しているのかわからん奴だな全く」
とにかくこれで奉仕の仕事も終わったし、仲間たちの元に戻るか。
フォルテが屋根の上で何かキュウキュウ鳴いているが、入れてもらえないんだから仕方ないだろ。もうちょっと我慢しろ。
フォルテを心のなかで説得して元いた部屋に戻ると、メルリルも起き上がって聖女とモンクと一緒に何やらゲームを楽しんでいるようだった。
壁際で一人背筋を伸ばして佇んでいた聖騎士にまず挨拶をする。
「ただいま戻った」
「よお」
「おかえりなさい」
そのやり取りで俺たちの帰還に気づいた女性たちがぱっと顔を上げる。
「ダスター! おかえりなさい!」
メルリルが立ち上がって迎えてくれた。
「ずいぶん顔色がよくなったみたいだな」
「ええ、今朝方すごくドロッとした緑の飲み物を飲まされたんだけど、甘苦くて懐かしい味だったの。それを飲んでからすっきりした感じ」
「ほう」
「全員飲まされた」
「二人の分も取ってあるよ」
メルリルの報告を微笑ましく聞いていると、聖女とモンクがニヤリと笑いながら怪しげな物体の入ったカップを持って来る。
「う……」
「俺は健康だからいらん」
「駄目。治療師さんが少しずつ溜まる体の毒を出してくれるから病気じゃなくても飲んだほうがいいって」
「くっ」
速攻断った勇者だったが、聖女の真剣なおすすめにタジタジとなり、結局飲むこととなった。
もちろん俺に断る選択肢があるはずもない。
ぐっと飲み干したそれは、確かにドロッとして青臭さと甘苦い味わいがたいそう飲みにくいものだったが、その味には少々覚えがあった。
「ああ、これ。腹の臓器の疲労に効く薬草を使っているな。他はよくわからんがもしかすると蜂蜜も入ってるか」
確かに効果はありそうだ。
「うええ」
勇者も渋い顔をしながら飲み干して、ふうっと息を吐いている。
俺は口直しに白湯を入れた。
薬湯の後に茶を飲むのはよくないので白湯にしたんだが、その白湯がさきほどの薬湯のせいか甘く感じられる。まさに甘露という味わいだ。
「今回いろいろ面倒なことが起きた。情報を共有したいので、集まって欲しい。あと、音を外に漏らさないようにしたいんだが、ええっと、ミュリア頼めるか?」
聖女がこくんとうなずく。
メルリルが何か言いたそうだったが、今回はミュリアに任せるべきだろう。
そうして、俺と勇者はことの顛末を説明した。
隠し事は無しである。
「ディスタスの炎の貴公子ですか。噂は聞いていましたが、特権騎士になっていたのですね。いえ、考えてみれば彼以外に大公の信任厚い特権騎士が務まるはずもありません。当たり前の人事でしょう。出来ればお会いしてみたかったのですが、仕方ありませんね」
聖騎士クルスがディスタスの英雄に食いついた。
武を極めた者同士思うところがあるのだろう。
「今回つくづく思ったことがある」
俺はいい機会なのではっきりと言っておくことにした。
「勇者は鍛錬が足りない」
「えっ! な、なんで?」
「なんでもクソもお前体が全然出来上がってないじゃないか。魔力を使って戦うのに慣れすぎてるんだ」
勇者の横で聖騎士が静かにうなずいた。
「魔力を使って戦うんだからそういうのはいいだろ!」
「よくない。たとえば素振りは動きの精密性を高める。お前の攻撃は大雑把で敵の急所にほとんど当たってない。それと走り込みは持久力を高める。山歩きで魔力を使うな、もったいない」
「うっ」
「鍛錬というのは個人的なものだから強要するつもりはなかったが、お前があくまでも俺を師匠と呼ぶなら、俺なりの鍛錬の方法に従ってもらうぞ」
「……わかった」
よく考えたら俺の手間が増えただけのような気もするが、まぁ勇者たちに前向きに関わると決めたんだ。
やるならとことんやるべきだろう。
「勇者さま、わ、私も鍛錬いたします!」
「あ、私も」
なぜか感銘を受けたように一緒に鍛錬を希望する聖女とメルリルがちょっと微笑ましくて、いい具合に肩の力が抜けるのを感じたのだった。
そう言ってディスタスの特権騎士エンディイ・カリサ・サーサム卿は、俺に一枚のコインを差し出した。
それは少し大きめの銀貨で、片側に片目の狼が精密な描写で彫り込まれていた。裏を返すとサーサム卿の名前と数字が記されている。
「もしディスタスに立ち寄ることがあれば、これを提示すればそなたの人品を俺が保証するという証になる」
「いらん」
すかさず勇者が言い返した。
お前が断るな。
「ありがたく頂戴しておく。ちょうどそっちを通る用事があるからな」
「俺の連れだぞ。それ以上の何の保証が必要だと言うんだ」
「ふむそうか。我が国を訪れる者は首都を見てその美しさを称えるが、ダスター殿にはもっと我が国を広く知ってもらいたいものだ」
「ほう?」
「おい、無視するな!」
「先に述べた燻製もそうだが、我が国の中央部には広い高原地帯があり、そこで大規模な牛の飼育が行われている。そのため、美味いチーズや発酵牛乳、さらに腸詰めなどの豊富な特産品があるのだ。その他にも地域ごとにさまざまな特色がある。俺は我が国は地方にこそ魅力があると思っているよ」
「なるほど、興味深い話だ。覚えておこう」
「では失礼する」
「早く帰れ!」
ディスタスの騎士はことあるごとに突っかかる勇者をチラリと見てフンと鼻を鳴らして踵を返した。
いい性格だな、この男も。
「師匠、そんなの捨ててしまったほうがいい。何かの呪いがかかっているかもしれんぞ」
「馬鹿か。だいたいお前が師匠師匠と連呼するから、すっかり相手が優位に立ってしまったんじゃないか」
俺はポカリと勇者を小突く。
向こうにもこちらにも黙っていて欲しいことがあるということで、表面だけ見れば対等のようだが、あちら側の秘密が国同士の問題につながることである以上、こっちはうかつに漏らすことは出来ない。
それに対して、俺と勇者との関係性など、言いふらされても俺以外誰も困ることではないのだ。
俺としては個人的な弱みを握られたようなものである。
「うっ、それは。だけどあいつはそういうの気にするような奴じゃないだろ」
「嫌いなのか信頼しているのかわからん奴だな全く」
とにかくこれで奉仕の仕事も終わったし、仲間たちの元に戻るか。
フォルテが屋根の上で何かキュウキュウ鳴いているが、入れてもらえないんだから仕方ないだろ。もうちょっと我慢しろ。
フォルテを心のなかで説得して元いた部屋に戻ると、メルリルも起き上がって聖女とモンクと一緒に何やらゲームを楽しんでいるようだった。
壁際で一人背筋を伸ばして佇んでいた聖騎士にまず挨拶をする。
「ただいま戻った」
「よお」
「おかえりなさい」
そのやり取りで俺たちの帰還に気づいた女性たちがぱっと顔を上げる。
「ダスター! おかえりなさい!」
メルリルが立ち上がって迎えてくれた。
「ずいぶん顔色がよくなったみたいだな」
「ええ、今朝方すごくドロッとした緑の飲み物を飲まされたんだけど、甘苦くて懐かしい味だったの。それを飲んでからすっきりした感じ」
「ほう」
「全員飲まされた」
「二人の分も取ってあるよ」
メルリルの報告を微笑ましく聞いていると、聖女とモンクがニヤリと笑いながら怪しげな物体の入ったカップを持って来る。
「う……」
「俺は健康だからいらん」
「駄目。治療師さんが少しずつ溜まる体の毒を出してくれるから病気じゃなくても飲んだほうがいいって」
「くっ」
速攻断った勇者だったが、聖女の真剣なおすすめにタジタジとなり、結局飲むこととなった。
もちろん俺に断る選択肢があるはずもない。
ぐっと飲み干したそれは、確かにドロッとして青臭さと甘苦い味わいがたいそう飲みにくいものだったが、その味には少々覚えがあった。
「ああ、これ。腹の臓器の疲労に効く薬草を使っているな。他はよくわからんがもしかすると蜂蜜も入ってるか」
確かに効果はありそうだ。
「うええ」
勇者も渋い顔をしながら飲み干して、ふうっと息を吐いている。
俺は口直しに白湯を入れた。
薬湯の後に茶を飲むのはよくないので白湯にしたんだが、その白湯がさきほどの薬湯のせいか甘く感じられる。まさに甘露という味わいだ。
「今回いろいろ面倒なことが起きた。情報を共有したいので、集まって欲しい。あと、音を外に漏らさないようにしたいんだが、ええっと、ミュリア頼めるか?」
聖女がこくんとうなずく。
メルリルが何か言いたそうだったが、今回はミュリアに任せるべきだろう。
そうして、俺と勇者はことの顛末を説明した。
隠し事は無しである。
「ディスタスの炎の貴公子ですか。噂は聞いていましたが、特権騎士になっていたのですね。いえ、考えてみれば彼以外に大公の信任厚い特権騎士が務まるはずもありません。当たり前の人事でしょう。出来ればお会いしてみたかったのですが、仕方ありませんね」
聖騎士クルスがディスタスの英雄に食いついた。
武を極めた者同士思うところがあるのだろう。
「今回つくづく思ったことがある」
俺はいい機会なのではっきりと言っておくことにした。
「勇者は鍛錬が足りない」
「えっ! な、なんで?」
「なんでもクソもお前体が全然出来上がってないじゃないか。魔力を使って戦うのに慣れすぎてるんだ」
勇者の横で聖騎士が静かにうなずいた。
「魔力を使って戦うんだからそういうのはいいだろ!」
「よくない。たとえば素振りは動きの精密性を高める。お前の攻撃は大雑把で敵の急所にほとんど当たってない。それと走り込みは持久力を高める。山歩きで魔力を使うな、もったいない」
「うっ」
「鍛錬というのは個人的なものだから強要するつもりはなかったが、お前があくまでも俺を師匠と呼ぶなら、俺なりの鍛錬の方法に従ってもらうぞ」
「……わかった」
よく考えたら俺の手間が増えただけのような気もするが、まぁ勇者たちに前向きに関わると決めたんだ。
やるならとことんやるべきだろう。
「勇者さま、わ、私も鍛錬いたします!」
「あ、私も」
なぜか感銘を受けたように一緒に鍛錬を希望する聖女とメルリルがちょっと微笑ましくて、いい具合に肩の力が抜けるのを感じたのだった。
20
お気に入りに追加
9,275
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。