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第6話 余り物には福がありましたが、姉のお下がりはもう結構です。
しおりを挟む「ちょっと、どうしてわたくしがこんな目に遭わなきゃならないのよ!?」
「お前ら! この縄を早くほどけ! クソッ、恩をあだで返しやがって!」
ロープでグルグル巻きの状態で騒ぐ姉と父の前に、三人の男の背中が見える。どうやら私とリオンがお茶会をしている間に、ヒモ男三人衆が姉たちを拘束したようだ。
「すぐに助けよう……!」
「待って、リオン」
私は彼の腕を掴んで引き留めた。彼らにも暴挙に出た理由があるみたいだし、それを探るためにもう少しだけ様子を見たい。
「うるせぇ! 俺たちがそうしなくとも、もうすぐ王城の使者がお前らを捕まえにくるそうじゃないか! だったら今のうちに憂さ晴らしをしたって、バチは当たらねぇだろう!」
男爵子息のチャールズが叫ぶように言った。それに残りの二人も同意するように、うんうんとうなずく。
あらあら。自分たちがこうなったのは、侯爵家側に原因があると考えているみたいね。
そして商人の息子、セザンがお腹のぜい肉を揺らしながら続いた。
「し、しかもこの家は借金だらけで、このままじゃ一家心中だって! パパのお店との取引きはどうするんだよ!」
彼が焦るのも尤もだわ。侯爵家御用達を看板にして商売をしていたんだもの。経営が傾く可能性だってあるわよね。
「僕たちをもてあそんだ責任を取ってもらうぞ……ぐふふっ、一度好きにしてみたかったんだ」
愛を謳う詩人とは思えない、下衆な発言をするパヴェル。
ちなみに私のことは眼中にないらしく、アンジェリカお姉様の方ばかり見ている。なんだかんだ言って姉に執着しているみたいだ。あんな悪女なんて放っておけばいいのに。
はぁ、と溜め息を吐く。すると三人はようやく私たちの気配に気が付いた。
「おい、あっちに雑草野郎と妹がいるぜ! あいつらも捕まえろ!」
「あらあら、酷いわ。私は別に貴方たちに何もしていないのに」
「うるせぇ! あの女は俺たちを騙していたんだ! だったらこの家の奴らは全員敵だ!」
また無茶苦茶なことを言うわね。私も姉たちに虐げられていた被害者なのに。
自分はそう思っていたのだが、彼らにとっては関係のないことらしい。
「リオン、さっそくで悪いんだけど」
「――あぁ、了解した。あとは俺に任せてくれ」
リオンは二つ返事で頷くと、そのまま三人に近寄っていく。
「はっ。棒切れを振り回すしかないヤツに、俺らの相手が務まると思うなよ!」
未だにリオンを無能だと思っているチャールズたちは、彼の姿を見て鼻で笑った。
確かにこれまでの彼は、牙を失った獣だった。でも今のリオンは違う。
「おい。アイツ、いっちょ前に剣を持ってるぞ!」
目敏いセザンがリオンを見てそう叫んだ。
リオンの腰には獅子の装飾がされた剣が下げられており、彼はそれを鞘から引き抜いてみせた。
チャキッと音を立てて構えたリオンに、チャールズたちは顔色を変える。
「ふ、ふざけんな! 俺たちは優秀なんだ! あんな雑魚に負けるはずがねぇ!」
「こいつなんかよりもずっと強い!」
「そうだっ! 僕たちは有望株なんだぞ!」
揃って強がるも、リオンは「それなら試してみるか?」と挑発し返す。
その言葉に釣られ、三人は一斉に襲い掛かる。
――が、リオンは流れるような動作で攻撃をかわすと、チャールズたちを次々と剣で打ち据えた。
だが血は出ていない。どうやら峰打ちにとどめたらしい。
「ひぃ!? 助けてくれ!」
「こ、ここは逃げよう! パパのお店が取引きが出来なくなるのは困るけど、命の方が大切だよ!」
「僕も賛成だ! こんなところで死にたくない!」
三人とも情けない声を上げながら、その場から這うようにして逃げ出した。
リオンは追いかけようとしたが、私はそれを制止する。
「大丈夫よ。これ以上、私たちがあの人たちの相手をする必要は無いわ」
「どういうことだ?」
不思議そうに首を傾げるリオン。
私は「ほら、あそこよ」と窓の外を指差した。
すると、遠くの方から立派な鎧に身を包んだ集団が立ち並び、屋敷を取り囲んでいた。彼らが噂の王城からの使いらしい。
「おいおい、あれって国王直属の騎士団じゃないか? なんでこの家に?」
「お姉様の件だと思うわ。お父様とお姉様の罪が明るみになって、王家から処罰が下されるんでしょうね」
「処罰? アンジェリカは罰せられるのか?」
「えぇ。きっとお父様は責任を取って当主の座を降りるわ。そうしたらこの家も終わりね」
事前に我が家の情報は、友人のヴィクトリア経由で私が流しておいたから、彼女が首尾よく手を回しておいてくれたみたいだ。
父はこの騒動の責任を取るために、爵位を返上することになるだろう。そうなればこの家の財産は全て没収だ。
この国の法律では貴族が問題を起こした場合、罰金として資産を国に没収されてしまう。そして現状、この家に支払えるものは爵位ぐらいしかないのだ。
つまり長い伝統を誇るキルメニア侯爵家の歴史も、ここで幕を閉じることになるだろう。
私は自嘲気味に笑うと、リオンは悲痛な面持ちで唇を噛む。
そんな顔をしないでほしい。私はむしろ嬉しいのだ。ようやく姉たちの呪縛から逃れられるのだから。
「さて、リオン。ちょっと思っていたよりも早かったけれど、これで貴方の役目は終わったわ」
「……え?」
私の言葉にリオンはきょとんとした表情を浮かべる。何を言っているんだ、と言わんばかりの様子だ。
まぁそうでしょうね。急にお払い箱と言われたも同然なのだし。
「この家が消えれば、貴方が復讐する相手も居ないでしょう? 私もキルメニア侯爵家の一員でなくなるわけだし、私を助ける義理だって無くなるわ」
リオンと一緒にいられなくなるのは寂しい。だけどこれ以上、私の都合で彼を繋ぎ留めておくことなんて出来ない。
たまたま成り行き上、この家と関わってしまっただけ。彼が望むのであれば、故郷に帰してあげるべきだろう。
しかしリオンは私の言葉を聞いて、はっと鼻で笑った。そして私の手を掴んで引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。
「な、何してるの!?」
突然の行動に戸惑う私に対して、彼は真剣な声で言った。
「シャーロットがどんな女性になろうとも、俺の気持ちは何も変わらないさ」
「えっ……」
「田舎で畑を耕しながら暮らしたっていい。貴族のような贅沢はさせてあげられないけれど……これからもずっと、俺がキミを守り続けると誓う。だからどうか、これから先もシャーロットの傍に居させてくれないか?」
私はリオンの腕の中で混乱する。もしかしてこれって……プロポーズ!?
そして彼は懐から何かを取り出すと、私の前で跪いた。
「これを受け取ってほしい」
「ど、どうしてこれを!?」
彼の手に握られていたものを見て、私は驚きで目を見開いた。
なんとそれは、もう二度と見ることはないと思っていた、母の形見である指輪だった。震えた声で訊ねると、彼は照れ臭そうに笑いながら答えた。
アンジェリカお姉様が指輪を捨ててしまった時、リオンはこっそりと回収していたらしい。最初はこれを取引きの材料にして、自分を解放するよう私に交渉するつもりだったのだとか。
「今はこれを返すことしかできないが……」
まさか指輪が再びこの手に戻るとは思わず、私は嬉しさのあまり泣いてしまう。
だけどひとつ。彼には断っておかなければならないことがある。
「……ごめんなさい、リオン。貴方と一緒に畑仕事をすることはできないわ」
「そ、うか……残念だ」
肩を落としてしょんぼりするリオン。だけど仕方がないのだ。
だって私は―――。
「貴方は何かを勘違いをしているわ」
「――え?」
「今まで誰が、このキルメニア侯爵家の経営をしていたと思っているの?」
たしかにお姉様やお父様のせいでこの家の財政は傾き、転覆してしまった。それは紛れもない事実だ。
だけどこの私が何の手も打たなかったかというと、それは断じて違う。
「私のせいで、リオンは実家を離れざるを得なくなってしまったのよ? それを私が指をくわえて、ただ見ているとでも?」
「え? じゃあ、まさか……」
「えぇ。貴方の実家であるモカフェル伯爵家は私が直々に支援をしていたし、今はそれも要らないほどに復興しているわ。もちろん、妹さんも元気よ」
だからあとは後継者が家に帰るだけ。そう、リオンは何も心配しなくて大丈夫なの。
「シャーロット……キミってひとは!」
「だから貴方は家に帰りなさい。私のことはもう――」
そう言いかけたところで、リオンが再び私を抱き寄せる。そして私の唇にキスを落とした。
突然のことに驚く私に、リオンは真剣な表情で言う。
「それならば、シャーロットもモカフェル伯爵家の人間になるべきだ。キミが俺の家族になってくれるなら、こんなに嬉しいことはない」
「で、でも……」
「それに俺の所有権に関する契約書は、まだ有効だろう? だから俺はずっと、キミだけのものだ」
そう言って彼はもう一度口づけると、今度は優しく微笑んだ。
――
――――
――――――
こうして侯爵家から伯爵家の人間となった私は、伯爵夫人シャーロット=モカフェルとして新たな人生を歩むことになった。
見知らぬ地での生活は戸惑うことばかりだったけど、リオンの両親や妹さんも良くしてくれるし、今ではすっかり馴染んでしまった。
そんな私は、リオンとの結婚式を控えていた。
お姉様みたいに豪華なドレスは無いけれど、私は彼と形見の指輪で充分だ。
「ねぇリオン。本当に私なんかで良かったの?」
「あぁ勿論だよ。俺はシャーロットと一緒にいられるだけで幸せだ」
「ふふっ、ありがとう。私も貴方と一緒で幸せよ」
そんな私達を見つめるお義母様とお義父様の目は、とても優しかった。
もう、お姉様のお下がりなんて要らない。私はこれからもこの人たちと家族でいられる喜びを噛みしめながら、リオンと共に人生を歩んでいく。
そう、私たちの物語はまだまだ始まったばかりなのだから。
応援ありがとうございます!
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