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第二十一話「説得と出撃」
しおりを挟む「ダメよ! ダメダメ、絶対にダメ!!」
会議室に悲鳴にも似た女性の声が響き渡る。その声の主は、言わずもがなサンドラである。物凄い剣幕で彼女が何を否定し続けているのかといえば、息子であるレイオールの初陣についてだ。
モンスターの群れが襲来する情報がもたらされたのは先刻のことであるが、実際にモンスターが王都に接近するのには今しばしの時が掛かる。
先行して偵察に出ていた斥候が持ち帰った情報によれば、現在モンスターは王都から一日ほど離れた距離をこちらに向かってきており、まだ少しばかり余裕がある。
だが、一日といっても万単位のモンスターの群れを迎え撃つ準備をするのには時間が足らず、現場の兵士たちやそれを指揮する上層部の貴族たちは準備に追われているのが現状だ。
そんな中、本来安全な場所に避難するべきはずのレイオールが、最前線である正門に向かい兵士たちの指揮を執るという話を聞かされたサンドラは、その内容を理解するや否や、それを止めようとわめき出したのである。
「レイオールちゃんが、危険なことをする必要がどこにあるというのよ!? そんなこと私が許しません!!」
「母さん、これはもう決まったことなんだ。我が儘を言わないで欲しい」
「だって、だってだってだって! モンスターよ? スタンピードなのよ!? そんなところにレイオールちゃんが行ったら死んでしまうわ!!」
「母さん」
最愛の息子が命の危険のある場所へ赴くことに抵抗があるのだろう、サンドラが目に涙を溜めながらレイオールの前線行きに反対する。
だが、これはすでにレイオールの中では決定事項であり、例え両親に反対されようとも彼は最前線へ行くことを決めていた。
「兄さま!」
「にぃ!」
「マーク。それにローラまで。一体何しに来たんだ?」
サンドラが今も反対の声を上げる中、そこに現れたのは弟マークと一人の幼い少女だった。この少女は、レイオールが八歳の時にガゼルとサンドラの間に生まれた三人目の子供であり、彼にとっては妹ということになる。
まだ二歳であるため、あまり複雑な会話はできないが、家族のことはわかるらしく拙い言葉で話すことはできる。桃色の髪にサファイアのような澄んだ瞳を持った愛らしい見た目をしている。
ちなみにレイオールとマークはガゼルの遺伝子である金髪碧眼の見た目で、サンドラはローラと同じく桃色の髪だが、その瞳はエメラルドグリーンの淡い緑の色を持っている。
「ローラが突然どこかへ走り出してしまって。追いかけていたらここに来ていました」
「そうか」
「それよりも、途中からですが聞こえてました。スタンピードを迎え撃つ指揮を執るのですね」
「そうだ」
どうやらこの場の状況と聞こえてきた単語で大体の事情を察したマーク。さすがは俺が教えてきただけあって察しがいいと、内心で弟の成長に笑みを浮かべるレイオールだったが、マークの次の言葉に彼は少々戸惑う。
「行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしております」
「……止めないのか? それとも、この兄が嫌いになったか?」
「……るわけないじゃないですか」
「ん?」
「嫌いになるわけないじゃないですか!!」
「うおっ、びっくりした」
マークの意外な言葉に、おどけた態度で応えるレイオールだったが、彼の何か触れてはいけない部分に触れてしまったようで、少し怒りを含んだ叫びが返ってくる。そんな声にレイオールが驚いていると、堰を切ったようにマークが捲し立てた。
「兄さまは世界一の兄さまです。僕が逆立ちしたって勝つことができない存在の兄さまは、僕の憧れです。僕が兄さまを嫌いになる? 冗談もそこまで行くと笑えませんよ。大体、死ぬかもしれない場所に兄さまを行かせるなんて反対です。大反対です。でも、王族としてそうしなければならないことも重々理解しているつもりです。そして、兄さまの覚悟も。だからこそ、僕のちっぽけな気持ちを押し殺して兄さまを戦場へ送り出そうとしたのに、なんでそんなこと言うんですかあああああああ!!」
「お、落ち着けマーク。落ち着くんだ」
「無理です! 僕が落ち着いたら兄さまが城に残るのなら落ち着きます」
「それはできない。王族の務めを果たさねばならないのだ。許せマーク」
「そんな兄さまもカッコいい……じゃなくて、行かないでください!!」
マークのあまりの変わりようにレイオールは戸惑いを隠せなかった。まさか、ここまで弟が自分に依存していたとは気付いておらず、どこで育て方を間違えたのかと過去の記憶を手繰り寄せたが、特に間違ったことをした覚えはレイオールにはなかった。
強いて言うならば、マークがわからないことを懇切丁寧に教えたり、彼が悩んでいることに的確にアドバイスした程度であって、ここまで依存される様な特別なことはしていない。
だが、それがマークにとっては大きかったようで、自分の知らないことを教えてくれたり、悩んでいると話を聞いてアドバイスをくれたりする存在はたとえ家族でなくとも替え難い存在であり、彼でなくとも大なり小なり依存するのは不自然ではない。
しかし、レイオールにとっての誤算は、マークが彼の予想以上に彼に懐いており、兄である彼の行うことはすべて正しいことであると曲解した価値観を持ってしまったことだ。
「マークちゃんもこう言っているのだし、レイオールちゃんは戦わなくてもいいじゃない」
「そうですよ兄さま。そんな危険な役目を兄さまがやる必要はないです」
「にぃ、どっかいくの?」
「そうだぞ。これからモンスターと戦ってくるんだ」
「にぃ、あぶなくない?」
「大丈夫だ。問題ない」
マークの意見に便乗するかのようにサンドラの援護射撃が飛ぶが、それを黙殺するかのようにローラの質問にレイオールが答える。過去の経験上、まともに相手をすると余計にこじれることを知っているレイオールだからこそ取れる態度であり、この二人にそんな態度を取ることができるのは、王国内では彼だけであった。
これ以上長引くとスタンピードの本番に間に合わないと判断し、レイオールはローラの頭をひと撫ですると、親バカとブラコン全開の二人の制止を振り切って城を後にした。
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