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第二十二話「戦(いくさ)の勝敗は戦う前から決まっている」
しおりを挟む家族の制止を押し切り、何とか正門までたどり着いたレイオールだったが、現場は彼の予想通り騒然としていた。さすがに数万ものモンスターが押し寄せてくるスタンピードともなれば、恐怖のあまり逃げ出してもおかしくはない。
そんな状況の中、来たるモンスターとの戦闘に向けてパニックを起こさずに準備を進めているのは、日頃からその覚悟がなければ成り立たない。そういう意味では、レインアーク王国の兵士たちは精神的に強固と言える。
「急げ! 時は一刻を争う。急ぎ準備を進めるのだ!!」
正門の守護を任されている総警備兵士長ガストンが、張り裂けんばかりの声を轟かせ、部下の兵士たちに怒号をぶつける。決して八つ当たりではなく、彼がそれだけの声を出さなければならないほどに事態は切迫しており、部下の兵士たちもその空気に緊張した面持ちを浮かべている。
「いいか、普段の訓練を思い出せ。我々はこの王都をいかなるものからも守護する精鋭部隊の衛兵だ。いかに万を超えるモンスター群れといえど、そうやすやすとこの王都を落とせる道理はないのだ!」
彼の自信たっぷりの言葉に、次第に浮足立った雰囲気がなくなっていく。理由は単純明快。彼ガストンが強者であるからだ。
レインアーク王国内で戦士としての実力をランキングにした場合、ガストンは確実に五本の指に入るほどの実力を持ち合わせている。そんな彼が、警備兵などという地位に甘んじていること自体に疑問を持つ者も少なくなく、王宮からは度々彼を騎士に取り立てる案が出されるのだが、その申し出をガストンは断り続けていた。
理由としては、彼が平民出身で騎士という格式のある役職に自分が向いていないと考えており、騎士のほとんどは王宮での勤務となるため、必要最低限の礼儀やマナーが必要となる。貴族でない彼にとっては、そういったことを学ばねばならないということに苦痛しか感じないため、同じ平民出身者の多い警備兵の座にいることを強く望んでいるのが真実だったりする。
「うむ、順調に準備が整っているようだな」
「なんで貴族の子供がこんなところにいるんだ? 危ないからすぐに避難所に避難していただきたい」
「いや、俺は――」
「無礼者! このお方をどなたと心得る。こちらにおわすは、現国王ガゼルがご嫡男。王太子殿下レイオール様であらせられるぞ。頭が高い。控えおろう!!」
「は、ははぁー」
(えぇ……)
ガストン指揮の下、スタンピードを迎え撃つ準備が着々と進む中、周囲の状況をきょろきょろと見渡しながらレイオールがやってきた。それに気付いた一般兵が彼を追い返そうとしたところで、レイオールの説明を遮るかのように、レイラスが割って入った。
レイオールが単身で戦場に向かおうとしたところ、ジュリアの提案によりレイラスを供にすることが決まってしまったのだ。できれば他の騎士も護衛として付けたかったが、状況が状況だけに優先すべきなのは現国王だという結論を周囲が出し、せめて騎士見習いだが実力的にもかなり上位の部類に入るレイラスが彼の護衛として付いていくことになったのだ。
レイオールとしては、一人でもよかったが“でなければ、外に出さん”などと言われてしまったため、渋々ながらも彼の同行を許可したのだ。
彼も十二歳になり、顔つきも幼さが抜けて少し大人びた雰囲気を持ち始めていたが、前世の記憶を持つレイオールからすればまだまだ子供にしか見えない。そのため、彼はレイラスが付いてくることを断りたかったのだが、こうなっては仕方がないと割り切り現場へと向かうことにした。そこまではよかった。
だが、レイオールにとって誤算だったのは、彼もまた弟マークと同様レイオールが次世代を担う国王に相応しいと考えており、いずれは自分がその身を護りたいと崇拝にも似た忠誠心を持っていたことだろう。
だからこそ、レイラスは自分が忠誠を誓う相手がただの貴族の子弟と勘違いされたことに憤りを感じ、先の口上を述べたのだが、前世の記憶を持ったレイオールにとってその内容があまりにもそれに酷似していたため、彼としては何とも言えない複雑な心境が渦巻いていた。
(俺はどっかの副将軍じゃないんだが。まあ、この国のナンバー2という意味では間違ってはいないんだがな……)
レイラスの言動にどこか納得がいっていないレイオールだったが、吐いた唾は飲み込めないという言葉の通り、その場にいたすべての者がその声を聞いてしまっている以上、なかったことにはできないのだ。
「はぁー、面を上げよ。皆、大儀である。俺に構わず準備を続けるように」
『はっ!!』
彼の言葉に呼応するかのように、周囲の兵達が先ほどまでとは比べ物にならない迅速な速さで準備を始めた。彼らにとって王族は守護の対象であると同時に忠誠を誓う相手でもある。そんな人間がその場に姿を現せば、士気が上がるのは至極当然なことだ。
さらに王太子であるレイオールは国民にとても人気があり、“賢王が生んだ麒麟児”と言われているほどその優秀さが広まっており、そんな人間が次の国王であるということにすべての国民が安堵していた。
そして、王都を守護する兵のほとんどが平民出身であり、彼らもまたレイオールに対して一般の国民が抱いているものを同じ感情を持ち合わせているのだ。その感情とは、尊敬と敬愛である。
言うなれば、彼らにとってレイオールは国民的アイドルと同じ立ち位置にあり、彼が声を掛けるだけで舞い上がってしまう。そして、彼に頼まれごとをされれば、何をおいてもそれを優先して遂行してしまうだろう。たとえそれがどんなに達成困難なものであったとしても。
「殿下、なぜこのようなところに来られたのですか? ここは危険です。すぐに城へお戻りください」
「お前は?」
「この王都で総警備兵士長の任に就いておりますガストンと申します」
「ああ。その名前聞いたことがある。何でも、この国で五本の指に入る強者だと言われていたな」
「それよりも殿下。早く城に――」
「断る。俺はここに王族としての務めを果たすべくやってきた。ここで城に戻れば、その務めを放棄することになる。ガストンとか言ったな。すまないが、たった今からここの指揮は俺が引き継ぐ。お前は俺の補佐に回ってくれ。これは父さん。陛下も承知していることだ」
レイオールの言葉に、ガストンは驚愕の表情を浮かべる。突然やってきて何かと思えば、今回の一件に関する指揮を彼がやると言い出したのだ。
いくら優秀であるといっても、世間一般的には成人していないまだ十歳の子供に国の防衛という重大なことができるのかといえば、ほとんどの者が首を横に振るだろう。だが、それが彼でなければの話だ。
現国王のガゼルもそれを理解しており、彼であれば問題なく事に当たってくれるだろうという思いもあって、最終的には反対せずに送り出してくれた。
しかし、内心では最愛の息子を危険な場所に送りたくない、死ぬかもしれない場所に行ってほしくないという親バカ全開な叫びが渦巻いており、その思いを押し殺しての送り出しだったということはレイオールはおろか同じ親であるサンドラすら知る由もなかった。
「とりあえず、現状の把握からだ。準備はどの程度まで進んでいる」
「は、はい。全体としては六割ほどかと」
「遅いな。ちょっと見てくる」
「え? で、殿下?」
ガストンの戸惑いにも気付かず、レイオールは現場の状況を確認するため、要となる場所を一つ一つ見回っていく。そんな彼の様子を窺うように、準備に追われる兵士たちがちらちらと視線を向けていた。
そして、時には作業が遅れている場所に人を向かわせたり、時には自身の手で準備を手伝ったりと、兵士たちの作業に時折参加したりしていた。
そんな彼の様子を見て何も思わない訳もなく、彼の知らないうちに兵士たちの士気はみるみるうちに向上していった。
レイオールが現場を直接指揮するという話は、それ聞いていた兵士たちからその情報が拡散されており、かの麒麟児の采配が見られるとあって、兵士たちがやる気になっているのだ。
「殿下。何もあなたがあんなことをしなくとも」
「だが、これで兵士たちの士気が向上しただろ?」
「……それが狙いでしたか」
レイオールの狙いがそれと知ったレイラスは、目を見開きながら彼の顔を見る。だが、その言葉をレイオールは補足するようにこう付け加えた。
「まあ、状況の把握が一番の目的だったが、事が事だけに兵士たちにも緊張が見られた。それを少しでも和らげられればと思っただけだ」
「殿下……」
「それに、兵士の士気は戦においては重要なものだ。こういう言葉もある。“戦の勝敗は戦う前から決まっている”とな」
「俺は聞いたことありませんが?」
「そうか。なら今後のために覚えておけ」
そんなこんなで、レイオールの指揮によってスタンピードを迎え撃つ準備が整い、彼の提案によりいくつかの戦術が試されることになったのであった。
それから、モンスターたちが王都の正門に姿を現すのは、すべての準備が整ってから数時間後になる。
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