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第二十話「異世界騒動の定番」
しおりを挟む「レイオール殿下、大変でございます! モンスターの群れが、王都に迫っております!!」
「なんだって?」
社交界デビューからさらに三年の月日が経過したある日のこと、血相を変えた顔を浮かべながらジュリアが部屋に駆け込んでくる。
いきなりの事態にさしものレイオールも泡を食ったような顔を張り付けたが、すぐにいつもの平静な表情を浮かべて、彼女に問い掛ける。
「それってスタンピードってやつなのかな?」
「そ、その通りでございます」
「ふむ」
スタンピードとは、魔物やモンスターと呼ばれる異形な存在が異常発生し、人間の居住域である街や都市などに襲撃する異世界特有の自然災害のようなものである。
地球で言うところのイナゴの大量発生がそれに近いのだが、明確に異なる点があるとすれば、人的被害の有無だろう。要は人が直接的に死ぬか死なないかの問題だ。
場合によっては、人工的にスタンピードを起こすことも不可能ではないとされているが、基本的には自然形態に何らかの異常が起きることで発生することが多い。
そして、今回の場合は自然的に発生したものであり、第三者がモンスターたちを操作しているわけでもないため、術者を倒して終わりにさせるという訳にもいかない。
(まったく、こう頻繁に厄介事が舞い込んでくるとはな……まあ、アレを試すのにはちょうどいいイベントだと思って切り替えるとするか)
城内はいつもよりも騒がしく、使用人たちも慌ただしく動いている。そんな中、レイオールは嫌に冷静に現状を分析していた。
元々、こういった厄介事には巻き込まれる性質であるということと、前世の彼もそうだったが、こういった問題をなんとかできてしまっていたため、今回も何とかなるという自負が彼にはあった。
寧ろ、この状況を利用して普段できないようなことをやってのけようという漁夫の利根性丸出しなところが彼らしいといえば彼らしいのだが、そんなことを考えているとは露ほども思っていないジュリアが声を上げる。
「殿下、ここは急いで地下の避難所へ急ぎましょう」
「は?」
「あそこでしたら、仮にモンスターに王都が蹂躙されたとしても、生き残ることが可能です」
「な、なにを言ってるんだ?」
「で、ですから――」
「たかがこの程度の些事で、この俺が何故逃げねばならない?」
「はい?」
十歳になったレイオールは、親しい間柄では自身を“俺”と呼称するようになっていた。それは当然、父ガゼルや母サンドラに対しては国王と王妃という立場上、そういった言動を取ることはあってはならないことだが、彼が自分のことを俺と呼称するのを聞きつけた二人が“なぜ我々の前では俺と呼ばない”という物言いがあり、二人の親バカが通常運転で仕事をした結果、彼らの前でも俺呼びを強要されると同時に、親子なのだから畏まった口調も必要ないとのことで、敬語もやめさせられてしまったのだ。
レイオールとしても、自分の親の要望であると同時に、前世の親に対しては格式の高い家柄には珍しく、割とフランクな間柄だったため、ガゼルとサンドラらのこの提案という名の強制案は彼にとっては渡りに船だったのかもしれない。
「スタンピードが些事って……モンスターの群れが襲ってくるんですよ? 怖くはないのですか!?」
「モンスターなんかより、本気で怒った母さんの方が百倍恐ろしい」
「それは……否定できないのが心苦しいところです」
「そこは否定してあげてくれ。切実に……」
自分で話題を振っておきながら、使用人のジュリア相手に無茶ぶりをかましてしまうレイオール。だが、今はそんなことをやっている場合ではないと考えたレイオールは、すぐさま次の行動に移った。
「父さんは会議室か?」
「恐らくとしか言いようがありませんが」
「なら俺もそちらに出向くとしよう。ジュリアはどうする?」
「……はあ。お供いたします」
レイオールの問い掛けにため息を吐きつつも、追従する意思を見せるジュリアに内心で微笑みつつ、彼は父がいる会議室へと向かうのだった。
部屋を出る途中、たまたまレイオールの部屋を訪ねようとしたレイラスがいたので、ついでとばかりに供をさせた。ある意味ではタイミングのいいレイラスであった。
☆ ☆ ☆
「国王陛下、この事態いかがいたしましょう?」
「いかがも何もあるまい。民を守るため戦うしかないだろう」
「しかし、こちらの兵は一万五千。モンスターの群れは、推定でも三万は下らないと聞いております」
緊迫した雰囲気の様相の中、ガゼルを交えた国の上層部が今後の対処について話し合っている。推定三万という途方もない数のモンスターの群れを相手に、都市の防衛を行わなければならない状況の中、こちらの兵の数はその半数に届くかという程度の数しかいない。
その場の誰しもが押し黙り、静寂が訪れる。この未曽有の危機にどう対処してよいのか有効な解決策を見い出せないのだ。そんな重苦しい空気が漂う中、ノックもなしに突如扉が勢い良く開かれる。現れたのは、その場にいる誰もが見知った顔であるレイオールであった。
「父さ……いえ、父上。こちらにおいででしたか」
「うむ。ところでレイオールよ。なぜこちらに参った。ジュリアにはお前を避難所に連れて行けと指示したはずだが?」
「国の一大事に、王族の私がのこのこと引っ込んでなどいられないでしょう。ところで、状況はどのようになっているのですか」
「そ、それが……」
レイオールが近くにいた貴族から話を聞くと、顎に手を当てながら思案する。しかし、それも僅かな時間でしかなく、すぐに彼が指示を出す。
「まずは冒険者ギルドに協力してもらうべきだな。国からの緊急依頼として冒険者ギルドに所属する冒険者たちに助力を要請。次にモンスターが来るであろう王都正面の正門に一万の兵を配備。残りの五千を三分割にし、他の三か所の門を守らせるんだ」
「は?」
「急げ! ことは一刻を争う!! 急ぐのだ!!」
「しょ、承知しました!!」
レイオールの有無を言わせぬ圧力に負けた貴族たちが彼の指示を実行すべく慌ただしく動き出し会議室を後にする。残ったのは、ガゼルと宰相のマルクス、そしてレイオールに付き従ってきたジュリアとレイラスだった。
僅か十歳という年齢ながら、その器は既に次期国王として王位を受け継いでも問題ないと認識されている彼の指示に反論する者はいなかった。
そして、それは現国王ガゼルもその意見に同意する人間の一人であり、隙を見てはレイオールに国政の相談をするほどに信頼されている。寧ろ、自慢の息子に一日でも早く王位を継がせ、自分は隠居暮らしで悠々自適な生活を送りたいというレイオールと同じ野望を抱いていたりする。
「ごめんね父さん。勝手に指示を出して」
「構わんよ。寧ろ、どうしようか困っていたところだったから助かったぞ」
「そこは嘘でもいいから、お前が余計なことをしなくともなんとかなったとか言ってよ」
「ははははは」
この国のトップに立つ国王を差し置いて、臣下である貴族たちに指示を出すということは、一般的には国王を蔑ろにした不敬な行為であり、例え親子の関係である王太子といえど許されないことだ。
ところがこのガゼルという男は、これでもかというほどに息子を溺愛しており、何度も言及しているが親バカなのだ。もう一度言うが、親バカなのである。
それに加え、自分よりも優秀なレイオールが指示を出した方が結果的に上手くいくとさえ考えており、そういった考えを持っているからこそ、ガゼルは貴族たちに具体的な対処法を指示しなかった節さえある。
実際問題、ガゼルとレイオールを比べた時に政という一点においてどちらに軍配が上がるのかといえば、間違いなくレイオールだろう。だが、この国の現国王がガゼルである以上、最終的な決定権は彼にあるということもまた事実なのだ。
だからこそ、今回の一件についても現国王であるガゼルが指示を出すべきだし、次期国王といっても国王よりも下の位である王太子が出る幕は本来はないのである。
「ところで父さん。今からちょっと出かけてくるからあとはよろしくね」
「どこへ行こうというんだ? この非常時に」
「どこって、決まってるじゃないか。最前線だよ」
「なぁ!? ま、まさかお前。現場の指揮を執る気じゃないだろうな?」
「それ以外に何があるというんだね。ガゼル君?」
「息子に君付けされる覚えはない! いや、それよりもそんなこと父さんは許さんからな!? お前を前線に送り出したとサンドラにバレたら……」
「私がどうかしましたか」
「ぎゃああああああああああ! 出たああああああああああ!!」
レイオールがガゼルに前線に赴く許可を貰おうとしていたところに、ちょうどタイミング良くサンドラがやってきた。そのあまりに唐突な出現に、ガゼルの本音が叫びとなって木霊する。
それを聞いたサンドラの顔がみるみる凶悪なものに変わっていき、その背後には強大なドラゴンの幻が視認できるのではというほどに重苦しい雰囲気を纏っていた。
「あなた……“出た”とはどういうことかしら? それが愛する妻に取る夫の態度ですか?」
「いや、これは、その、つい本音が」
「本音ですって?」
「いや、ち、違うんだ。これは――」
「あなた。今回のスタンピードが終わったらお話があります。逃がしませんから覚悟するように」
「……はい」
こうして、ガゼルが自爆したことにより、彼の爆死が確定した瞬間であった。さらばガゼル。ありがとうガゼル。
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