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87話
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根威座 軍は退き、藍絽野眞 は防衛された。
九大陸連合軍は一致協力して 根威座 軍の侵攻を食い止めたのである。
精霊の宝剣による、奇跡のような脅威の力を九大陸連合軍の兵士たちは歓呼の声を上げて称えた。
だが、戦いが終わると、藍絽野眞 の王宮で真っ先に始まったのは、宇卦覇 と 禹州真賀 の間の、火を噴くような非難の応酬だった。
宇卦覇 軍は 常羅 軍を救援するために、転身した時、側面から 禹州真賀 軍に攻撃されたことによって多大な被害を出した。
作戦を十分に伝達されていなかった 禹州真賀 軍の一部の部隊が、宇卦覇 の動きを敵前逃亡のための戦線離脱と勘違いしたためだ。
宇卦覇 の 滋崙 王からの非難に対して、 禹州真賀 の 根羽 王は一応は謝罪したものの、自軍の弁解のために、宇卦覇 の一部の部隊に敵対行為と間違えられても仕方がないような動があった、と強弁したのだ。
いや、真相がどうであったかはわからないが、少なくとも間に入ってその場を収めた 藍絽野眞 の武官たちの証言から考えると、藍絽野眞 側からはそれは 禹州真賀 の強弁としか見えなかった。
が、そうした 禹州真賀 の 根羽 王に肩入れしたのは、優羅絽陀 の 倶利府閃 王だ。
肌の黒い 宇卦覇 の民に対して、優羅絽陀 の民はもともと感情的に反感を持っている。
滋崙 王は怒り狂い、すぐにも故郷の大陸へと引き上げると息巻いた。
藍絽野眞 の 競絽帆 王が仲介に入ってその場はなんとか収めたものの、せっかくの勝利を治めたというのに、その勝利の日に九大陸連合軍の陣営は騒然とした空気に包まれた。
さらに 李玲峰 が、この勝利から時をおかずに九大陸連合軍で 根威座 の魔都 婁久世之亜 へと攻め込むことを提案すると、九大陸の指導者たちは一様に難色を示した。
「確かに、宝剣の力は素晴らしいものだ。しかし、根威座 に攻め込むとなると……」
常々、精霊の御子 である 李玲峰 に対しては相応の敬意も払い、協力的な態度を取ってきた 常羅 の 流選瑠卦 王すらがそう発言した。
「おれたちのこの 宝剣 の力は、恒常的なものではありません。おれの 炎の宝剣 も 麗羅符露 の 水の宝剣 も、精霊王からおれたちの一世代限り委ねられたものです」
李玲峰 は激しく反駁した。
「今しかありません! 今なら、おれたち九つの浮遊大陸の戦力を一つにして、根威座 を滅ぼすことも出来るかもしれない。その可能性があるんです。
二度とおれたちの民がこんな悲惨な戦火に晒されることもなくなる。奴隷のように、浮遊大陸の民が 根威座 の魔都に引かれていくことも。
今度の戦いで退却せざるをえなくなって、きっと 根威座 軍にも今なら動揺があるでしょう。
チャンスです! 今だけの、刹那の勝利に酔うべきではありません! 力を貸して下さい! 一つになるんです!」
もうずっと昔から、それこそ、たぶん、この世界が今の姿になった時と同じくらい旧くから、浮遊大陸の民は常に 根威座 の帝国に支配され続けてきた。
人々はずっと 根威座 の圧制と暴虐に抵抗してきた。
しかし、その堪え忍んできた長い年月に人々の心の奥底に、根威座 に対する恐怖は深く根付いてしまっているのだ。
確かに、兵士たちは勝利に沸き立ってはいた。
が、侵攻に対する防衛戦と 根威座 本土に乗り込む、というのとは、話が違うというのだ。
「その時代を終わらせるんです! 新しい世界を築くために!」
李玲峰 は必死で説いた。
が、ようやく 根威座 軍を退けたとはいえ、戦力に大きな傷を負った九大陸連合の面々からは、思わしい反応は得られなかった。
(くそぉっ!)
李玲峰 には、魔皇帝 亜苦施渡瑠 の笑い声が聞こえてくるような気がした。
彼は、苛立っていた。
父である 藍絽野眞 の 競絽帆 三世王すらが、彼を説得しようとする。
「李玲峰、そなたの申すこともわかる。
しかし、その時宜では無いのではないかな? 人々がまとまるのには時間が要る。声高にわめいたところで、人は耳を傾けたりはしないものだ」
その癖、九大陸連合の諸王の言うところを聞いていると、誰もが 李玲峰 と 麗羅符露 が持つ、あの巨大な精霊の力に頼ろうとしているその意図が見え見えなのだ。
李玲峰 と 麗羅符露 が持つ 宝剣 があれば、とりあえずの安寧は得られる、そう思っている。
しかし、それでは、李玲峰 と 麗羅符露 がいなくなった後はどうなるのか、考えはしないのか?
魔皇帝 亜苦施渡瑠 は、永遠に近い年月を生き続けているのだ。
李玲峰 たちの 宝剣 の守護が無くなれば、世界はまた 根威座 の謀略に晒されることなど、目に見えている。
それなのに、どうして!
不毛な議論を繰り広げて、すっかり不機嫌になって部屋に戻ってくると、麗羅符露 が彼の帰りを待っていた。
「レイラ、どうしたんだ?」
李玲峰 は疲れていたが、婚約者には出来るだけ優しく、声をかけた。
彼女もまた、ひどく疲れたような顔をしていた。
このところ、会議に明け暮れる 李玲峰 に代わって、麗羅符露 は銀の鎖帷子を身につけたままで、ずっと 根威座 との前線の警戒の巡邏に回ってくれている。
李玲峰 が肩を抱くと、麗羅符露 は碧い瞳が彼に向けた。
(レイラ?)
その瞳に深い哀しみをみつけて、李玲峰 はどきりとした。
一体、どうしたのか?
麗羅符露 は目を伏せ、口を開いた。
「今日、お父さまに言われたの。ええ、禹州真賀 の父に。
一緒に 禹州真賀 に帰れって。水の宝剣 とともに、ね」
その言葉には、痛烈な皮肉と憎しみ、そして哀しみがこめられていた。
李玲峰 は愕然とする。
「レイラ、それってっ!」
「そうよ! 愚か、よね。確かに、あたしは、あの父の娘だわ。でも、幾らあたしが 水の精霊王 から 水の宝剣 を委ねられている、といっても、あの 宝剣 はあたしの所有物であるわけではないわ。.
あの 宝剣 は、あの 宝剣 の力は、精霊の力は、この世界に、そしてこの世界に生きる人間みんなに委ねられたものだわ!
それなのに!
禹州真賀 でそれを独占して、宝剣 の力を背景に九大陸連合での主導権を握れる、と信じているのよ、あたしの父は」
そう言って、麗羅符露 は 李玲峰 の腕の中にそっと身をまかせてきた。
彼女の心が深く傷ついているのを、李玲峰 は感じ取ることが出来た。
李玲峰 は彼女を抱きしめた。
「イレー、今日も、宇卦覇 の兵と 優羅絽陀 の兵とが揉めていたわ。口汚く罵り合って、もうちょっとで剣を抜くところだった。せっかくみんなで勝利を得たのに。
どうしてなのかしら?」
「レイラ」
「大地の精霊王 が言ったことは、正しいのかもしれないわね、イレー」
「レイラ、それは!」
「大地の精霊王は、人間なんて信じられない、とおっしゃったわ。あたし、あの時にはいろんなことを言ったけど、でも、今はわからない。
みんなで争ってばかり。こんな愚かな人間たちに精霊のすべての力を解放することなど出来ないって、そうおっしゃるのも無理ないわ。ましてや、あたしたち人間は以前に一度、酷いことをしているのですもの。与えられていた精霊たちの力で、この世界のすべてを滅ぼしてしまったんですものね。あたしたちは、大地 の恵みに値しないわ、きっと」
李玲峰 には、何にも答えられなかった。
黙って、麗羅符露 の白銀の髪を宥めるように撫で続ける。
水の流れのような白銀の髪の柔らかい感触が少年の指先に伝わる……。
「水 も、炎 も、大地 も。精霊たちはこんなにもあたしたちを愛してくれているのにね。ねぇ、イレー?
どうしてあたしたち人間は、その愛に応えることが出来ないのかしら?」
麗羅符露 はささやく。
「このままでは、世界の全き変容など望めない。
イレー、あたしたち、どうすればいいのかしらね?」
李玲峰 には、何も答えられなかった。
九大陸連合軍は一致協力して 根威座 軍の侵攻を食い止めたのである。
精霊の宝剣による、奇跡のような脅威の力を九大陸連合軍の兵士たちは歓呼の声を上げて称えた。
だが、戦いが終わると、藍絽野眞 の王宮で真っ先に始まったのは、宇卦覇 と 禹州真賀 の間の、火を噴くような非難の応酬だった。
宇卦覇 軍は 常羅 軍を救援するために、転身した時、側面から 禹州真賀 軍に攻撃されたことによって多大な被害を出した。
作戦を十分に伝達されていなかった 禹州真賀 軍の一部の部隊が、宇卦覇 の動きを敵前逃亡のための戦線離脱と勘違いしたためだ。
宇卦覇 の 滋崙 王からの非難に対して、 禹州真賀 の 根羽 王は一応は謝罪したものの、自軍の弁解のために、宇卦覇 の一部の部隊に敵対行為と間違えられても仕方がないような動があった、と強弁したのだ。
いや、真相がどうであったかはわからないが、少なくとも間に入ってその場を収めた 藍絽野眞 の武官たちの証言から考えると、藍絽野眞 側からはそれは 禹州真賀 の強弁としか見えなかった。
が、そうした 禹州真賀 の 根羽 王に肩入れしたのは、優羅絽陀 の 倶利府閃 王だ。
肌の黒い 宇卦覇 の民に対して、優羅絽陀 の民はもともと感情的に反感を持っている。
滋崙 王は怒り狂い、すぐにも故郷の大陸へと引き上げると息巻いた。
藍絽野眞 の 競絽帆 王が仲介に入ってその場はなんとか収めたものの、せっかくの勝利を治めたというのに、その勝利の日に九大陸連合軍の陣営は騒然とした空気に包まれた。
さらに 李玲峰 が、この勝利から時をおかずに九大陸連合軍で 根威座 の魔都 婁久世之亜 へと攻め込むことを提案すると、九大陸の指導者たちは一様に難色を示した。
「確かに、宝剣の力は素晴らしいものだ。しかし、根威座 に攻め込むとなると……」
常々、精霊の御子 である 李玲峰 に対しては相応の敬意も払い、協力的な態度を取ってきた 常羅 の 流選瑠卦 王すらがそう発言した。
「おれたちのこの 宝剣 の力は、恒常的なものではありません。おれの 炎の宝剣 も 麗羅符露 の 水の宝剣 も、精霊王からおれたちの一世代限り委ねられたものです」
李玲峰 は激しく反駁した。
「今しかありません! 今なら、おれたち九つの浮遊大陸の戦力を一つにして、根威座 を滅ぼすことも出来るかもしれない。その可能性があるんです。
二度とおれたちの民がこんな悲惨な戦火に晒されることもなくなる。奴隷のように、浮遊大陸の民が 根威座 の魔都に引かれていくことも。
今度の戦いで退却せざるをえなくなって、きっと 根威座 軍にも今なら動揺があるでしょう。
チャンスです! 今だけの、刹那の勝利に酔うべきではありません! 力を貸して下さい! 一つになるんです!」
もうずっと昔から、それこそ、たぶん、この世界が今の姿になった時と同じくらい旧くから、浮遊大陸の民は常に 根威座 の帝国に支配され続けてきた。
人々はずっと 根威座 の圧制と暴虐に抵抗してきた。
しかし、その堪え忍んできた長い年月に人々の心の奥底に、根威座 に対する恐怖は深く根付いてしまっているのだ。
確かに、兵士たちは勝利に沸き立ってはいた。
が、侵攻に対する防衛戦と 根威座 本土に乗り込む、というのとは、話が違うというのだ。
「その時代を終わらせるんです! 新しい世界を築くために!」
李玲峰 は必死で説いた。
が、ようやく 根威座 軍を退けたとはいえ、戦力に大きな傷を負った九大陸連合の面々からは、思わしい反応は得られなかった。
(くそぉっ!)
李玲峰 には、魔皇帝 亜苦施渡瑠 の笑い声が聞こえてくるような気がした。
彼は、苛立っていた。
父である 藍絽野眞 の 競絽帆 三世王すらが、彼を説得しようとする。
「李玲峰、そなたの申すこともわかる。
しかし、その時宜では無いのではないかな? 人々がまとまるのには時間が要る。声高にわめいたところで、人は耳を傾けたりはしないものだ」
その癖、九大陸連合の諸王の言うところを聞いていると、誰もが 李玲峰 と 麗羅符露 が持つ、あの巨大な精霊の力に頼ろうとしているその意図が見え見えなのだ。
李玲峰 と 麗羅符露 が持つ 宝剣 があれば、とりあえずの安寧は得られる、そう思っている。
しかし、それでは、李玲峰 と 麗羅符露 がいなくなった後はどうなるのか、考えはしないのか?
魔皇帝 亜苦施渡瑠 は、永遠に近い年月を生き続けているのだ。
李玲峰 たちの 宝剣 の守護が無くなれば、世界はまた 根威座 の謀略に晒されることなど、目に見えている。
それなのに、どうして!
不毛な議論を繰り広げて、すっかり不機嫌になって部屋に戻ってくると、麗羅符露 が彼の帰りを待っていた。
「レイラ、どうしたんだ?」
李玲峰 は疲れていたが、婚約者には出来るだけ優しく、声をかけた。
彼女もまた、ひどく疲れたような顔をしていた。
このところ、会議に明け暮れる 李玲峰 に代わって、麗羅符露 は銀の鎖帷子を身につけたままで、ずっと 根威座 との前線の警戒の巡邏に回ってくれている。
李玲峰 が肩を抱くと、麗羅符露 は碧い瞳が彼に向けた。
(レイラ?)
その瞳に深い哀しみをみつけて、李玲峰 はどきりとした。
一体、どうしたのか?
麗羅符露 は目を伏せ、口を開いた。
「今日、お父さまに言われたの。ええ、禹州真賀 の父に。
一緒に 禹州真賀 に帰れって。水の宝剣 とともに、ね」
その言葉には、痛烈な皮肉と憎しみ、そして哀しみがこめられていた。
李玲峰 は愕然とする。
「レイラ、それってっ!」
「そうよ! 愚か、よね。確かに、あたしは、あの父の娘だわ。でも、幾らあたしが 水の精霊王 から 水の宝剣 を委ねられている、といっても、あの 宝剣 はあたしの所有物であるわけではないわ。.
あの 宝剣 は、あの 宝剣 の力は、精霊の力は、この世界に、そしてこの世界に生きる人間みんなに委ねられたものだわ!
それなのに!
禹州真賀 でそれを独占して、宝剣 の力を背景に九大陸連合での主導権を握れる、と信じているのよ、あたしの父は」
そう言って、麗羅符露 は 李玲峰 の腕の中にそっと身をまかせてきた。
彼女の心が深く傷ついているのを、李玲峰 は感じ取ることが出来た。
李玲峰 は彼女を抱きしめた。
「イレー、今日も、宇卦覇 の兵と 優羅絽陀 の兵とが揉めていたわ。口汚く罵り合って、もうちょっとで剣を抜くところだった。せっかくみんなで勝利を得たのに。
どうしてなのかしら?」
「レイラ」
「大地の精霊王 が言ったことは、正しいのかもしれないわね、イレー」
「レイラ、それは!」
「大地の精霊王は、人間なんて信じられない、とおっしゃったわ。あたし、あの時にはいろんなことを言ったけど、でも、今はわからない。
みんなで争ってばかり。こんな愚かな人間たちに精霊のすべての力を解放することなど出来ないって、そうおっしゃるのも無理ないわ。ましてや、あたしたち人間は以前に一度、酷いことをしているのですもの。与えられていた精霊たちの力で、この世界のすべてを滅ぼしてしまったんですものね。あたしたちは、大地 の恵みに値しないわ、きっと」
李玲峰 には、何にも答えられなかった。
黙って、麗羅符露 の白銀の髪を宥めるように撫で続ける。
水の流れのような白銀の髪の柔らかい感触が少年の指先に伝わる……。
「水 も、炎 も、大地 も。精霊たちはこんなにもあたしたちを愛してくれているのにね。ねぇ、イレー?
どうしてあたしたち人間は、その愛に応えることが出来ないのかしら?」
麗羅符露 はささやく。
「このままでは、世界の全き変容など望めない。
イレー、あたしたち、どうすればいいのかしらね?」
李玲峰 には、何も答えられなかった。
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