精霊の御子

神泉朱之介

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61話

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 氷の宝剣?
 どういうことなんだろう?
「かつて人に与えた水の恵みは、すべてここで凍結させてあります」
 水の精霊王 の冷たい声が説明する。
「精霊の御子、それも 水の御子 だけがその氷を溶かして、水の恵みを解放することが出来ます。でも、麗羅符露レイラフロ にはそれが出来なかった。何故なら、あの娘の心も凍り付いてしまったから。そなたら人間が成したことですよ、炎の御子」
 水の精霊王 の声には非難の口調があった。
(レイラ)
 臆病で、傷付きやすかったレイラ。
 レイラの心は凍り付いてしまった。
 そう、あんな魔都へと連れて行かれ、麗羅符露レイラフロ はどんなにか恐ろしい思いをし、怯えたことだろう?
 麗羅符露レイラフロ は人の心を閉じ、この氷の中に逃げ込んで閉じ籠もってしまった。
 涙を流し続け。
「そしてあの剣が 氷の宝剣 である限り、わたしは一切、人の世には水の恵を送りません。
 たとえ、飢饉が起ころうと、人が 炎 で戦乱を起こし続けようと。
 人のためには、水を送りません。
 争い続けるが良いでしょう、炎の御子。
 そなたもまこと、炎が好きのようですね?
 かつて、人は水こそを一番に敬っていたのに! 水の恵みを常に求め、水に感謝し、水を祭った。水が少しでも澱むことを嫌ったというのに!
 そもそも、人の体だとて、八割がたは水で出来ているのです。
 ですが、わたしはほとほと人に呆れました。
 こんなことが続くようでは、水の御子 を人の世に贈ることすら、止めた方が良いのでは、と思っているのですよ」
 そんな!
 しかし 水の精霊王 の声には、真実、人に対する、憎悪が込められているように思えて、李玲峰イレイネ はぞくり、とした。
「もう、人間を愛していないの?」
「いいえ」
 ふと、水の精霊王 の声が悲しみに揺らいだ。
「絶望しているだけです」
「絶望なんて希望はあるはずだよ。どうして?」
「そなたの知ったことではありません」
 再び、水の精霊王 の声が冷ややかになった。
 そうだ、水の精霊王 は彼では説得出来ない。
 水 の心を知るのは、水の御子 だけだから。
 彼は、炎の御子 だから。
「さぁ、お帰りなさい、炎の御子 。約束です。わたしの領域から去りなさい」
「待って!」
 李玲峰イレイネ は慌てた。
 まだ、全然、麗羅符露レイラフロ と話をしていない。
(レイラ!)
 李玲峰イレイネ は呼び掛けた。
(レイラ、おれだよ! イレーだよ! さっきは助けてくれてありがとう。助かった。
 さぁ、レイラ。出ておいでよ。
 おれと一緒に行こう!)
 麗羅符露レイラフロ と 李玲峰イレイネ とは心が結ばれている。
 同じ 精霊の御子 として。
 レイラには彼の声が聞こえるはずだ。
 しかし、麗羅符露レイラフロ からはかばかしい反応は返ってこなかった。
 哀しい……哀しい。
 麗羅符露レイラフロ の心は叫んでいる。
 どうして、みんな、争うの?
 どうして、あたしを苛めるの?
 怖いわ。
 恐ろしい。
 怖くて。
 麗羅符露レイラフロ は震えていた。
 氷の中で。
 李玲峰イレイネ は、麗羅符露レイラフロ に呼び掛けた。
(レイラ、おれだよ。イレーだよ!
 だって、さっきはそこから出てきたじゃないか。 於呂禹オロウ の手で危うく。亜苦施渡瑠アクセドル の思惑通りにおれと 於呂禹オロウ とで殺し合ってしまうところだった。
 君の手が感じられたよ。
 レイラ……起・き・て!)
 麗羅符露レイラフロ の白銀の睫毛が、微かに震えた。
 水の中で闇を凝視するように、少女の青い瞳が開かれた。
 青い、深い透明な色合いの瞳が。
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