見上げれば月

夕空余情

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最初の晩餐

見上げれば月

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「わぁ~!真っ白。」私は部屋の窓を開けて思わずこう声を上げてしまった。白樺の木は粉砂糖を被せたようで、その様子は『北欧冬の旅』という写真集で見た景色そっくりだった。コンコンとノックの音がした。「天歌おはよう。今朝は寒いね。」スラーが寒そうに手を擦り寄せながら部屋に入って来た。私はスラーに椅子を勧め、二人で窓辺に座った。「すごく綺麗。こんなの初めて!東京じゃ見られないよ。」「地球が恋しくなった?」「ううん、別に」「天歌は変わってるな~!普通こういう場合に陥ったら、誰しももとの世界に帰ろうとするのに…」私はふふっと笑って、「あんまり地球での暮らしは幸せじゃなかったから…」と言った。過去の悲しみが想定以上に顔に出てしまっていたようだ。その証拠にスラーがなんとなく寂しそうな、同情するような目を私に向けていたから。しんみりした空気感を消し去ろうと、私が口を開きかけたその時、「あれは何だ?」スラーが指を指した方を見ると、真っ白な雪の丘を小さな物体が滑りこちらに近づいて来る。物体は木々の間を器用にすり抜けて家の玄関に続く小道に入って来た。数十秒後私たちの視界はクルクルにカールした栗毛色の髪の毛、丸眼鏡の少年を捉えた。リタラだ。私たちは階段を駆け下り玄関に向かった。呼び鈴が鳴ると同時に私たちは玄関に到着した。「やあ、二人ともおはよう」リタラはピンク色に頬を上気させて、分厚いファー付きコートを脱ぎ始めた。「リタラ、こんなに寒いのによく来たな!」「うん。子供は風の子っていうからね。それに今日はビッグニュースがあるから。まあ、この後中でゆっくりね」そう言ってリタラは素早くウインクをした。「リタラおはよう。寒かったでしょう?それにしてもすごい!!あんなに上手にソリに乗れるなんて…!」「へへへ、天歌ちゃんも今度乗せてあげるから楽しみにしててね。」「いや、悪いことは言わないからやめといたほうがいいよ、天歌…リタラの運転は凄く荒いんだ!」「失っ礼だなスラーは!俺の運転のどこが荒いっていうんだよ?」「忘れたのか?去年の冬にリタラとウィンドミルシティにソリで買い物にいった時…」「あぁ~あの時ね!俺が格好良く白樺の森をすり抜けようとしたときバランス崩して、ひっくり返って俺がスラーの上に乗っちゃったんだよな。」「あのせいで僕は2週間もピアノが弾けなかったんだからな。」「ごめんて。」私は二人のやり取りを終始クスクスと笑いながら聞いていた。「ちょっと三人共、中にお入りなさい。そんな所で話し込んでたら寒いでしょう?そうそう丁度マカロンが焼きあがったところなのよ」小母様にそう促されて私たちは部屋の奥に入っていった。スラー部屋のテーブルにティーカップ、ポット、ケーキスタンドを並べる。どれも小母様の趣味で可愛らしいデザインだ。お手製のマカロンは外側はパリッと芳ばしく中のクリームの甘さが口一杯に広がる。小母様は料理上手だが、お菓子作りに関してはプロ並みの腕前だ。ミルクティーを口に含んだくらいのタイミングでリタラが話し出した。「そのビッグニュースというのはね、これのことなんだよ。」リタラがスマホのトーク画面を私たちに見せた。メールの差出人は『ウィンドミルグランドホテル総支配人』と書かれている。「もしかして、あの時のお爺さん?」私は尋ねた。「そう!秋祭りの時に俺たちをバイトで雇ってくれた恩人。」「11月の終わりに制服を返しに行ったっきりだもんな~。今日は12月15日だからお互い3週間くらい音沙汰なしだよね。まあ僕たちから連絡することは何もないけど…」リタラは話題がズレたのでゴホンと一つ咳払いをしてメールの内容を読み上げ始めた。元気にしておるか?お前さんたち『クレセント』の活躍ぶりは新聞が知らせてくれた。秋祭りは大成功だったと。ところで、お前さんたちにお願いがあるのだ。今月の末バイオレット共和国の王女が訪問することは知っておるか?お前さんたちには2日目の晩餐会で特別ステージを披露してもらいたいんじゃ。詳しくは明日の午後2時半にホテルのフロントまで来てくれ。」私とスラーは顔を見合わせた。どっちがより丸い目をしていたかいい勝負だったと思う。「私たちにそんな大役務まるの?まして、ベテラン音楽団なんかじゃないのよ!私たちなんてただの駆け出しなのに…」私は心配になって言った。「それがさあ、その国の王女様はまだ19歳らしいよ。それに俺らが想像する皇族みたいに綺羅びやかな人ではなくて、とても素朴で、派手なものを嫌うらしいんだ。だから俺たちみたいな未熟な若者が選ばれたみたいだよ…」「そういや、この前ネットニュースで見たけど、あのホテル相当商売繁盛してるっぽいね。僕たちがバイトしてた時は開店当初だったから地元のホテルって感じだったけど、今はなんちゃら大臣とか、なんとか教授とかセレブが沢山利用してるらしいね。」「どうする?二人ともやる?」リタラが私たちの気持ちを探るような目つきで私たちを見た。暫くの間3人の間に沈黙が続いた。部屋には時計の秒針が刻一刻と時を刻む音だけが響いている。そんな大舞台はきっととてつもなく緊張するだろうし、責任も重大だろう。でも、この依頼を断ることは私にとって逃げのように思われた。それに困っていた私たちを雇ってくれた総支配人に恩を返したいという気持ちも強かった。「やりたい。助けてくれた総支配人のためにも頑張ろうよ。」膝の上で握り締めた拳は震えていた。スラーとリタラが私をじっと見つめている。先に口を開いたのはスラーだった。「そうだ。やろうよ!僕たちの音楽を必要としてくれる人がいるなら」「そう言ってくれると思ったよ!二人共。じゃあ、また明日の1時にここに来るからね。」リタラがとびきりの笑顔でそう言った。リタラの笑顔はいつもまるで快晴の空のようで、見た人皆元気になれる。「じゃあ、僕はもうそろそろ帰るよ。」「え?もう帰るの?まだ来てから30分くらいしかたってないけど。」スラーがどこか名残惜しそうに言う。「うん。今新しく書いている小説が丁度いいところなんだよ。『林檎の恋人』面白いよ~!もう僕天才かと思うもん。完成したら読んでね」スラーは呆れて笑ったけど、気をつけて帰れよと言い、私は笑いながら「楽しみにしてる」と伝えた。リタラはソリに乗りこむと来たときと同じように雪の上を勢いよく滑り、帰っていった。リタラの後ろ姿が見えなくなるまで手を振った跡、スラーと二人きりになった。家に入ろうと後ろを向いた時、背中に冷たくて固い物がぶつかってきた。「きゃっ」と小さく叫んでゆっくりと振り返るとスラーが手に雪の粉を付けたまま下を向いていた。肩が小刻みに震えているのは、笑っていることを告白しているようなものだった。「あっ!!スラー、やってくれたわねー!」私は地面を雪を掌に収まるだけ掻き集めて握り、大きな雪玉をスラーに思いっきり投げつけた。それから何回か雪合戦を繰り返し、決着がつかないまま私たちは疲れてとうとうふわふわの雪の上に倒れ込んだ。そして、顔を見合わせて大笑いした。「ははは、あー楽しかった。アニーともよく雪合戦をしたな。」その言い方は遠い昔を懐かしむような、でもその思い出はつい昨日のことなんだというような語り口で、スラーの寂しさを一層際立たせていた。私たちの身体の上を冷たい北風がさぁっと撫でていった。私は気がつくとスラーの左手をギュッと握っていた。スラーは驚いたような顔をして、反対側を向いてしまった。でも、繋いだ手を離そうとするどころか、その白くて長い指で私の手をそっと包み込んだ。「天歌、ありがとう…」それ以上この瞬間に必要な言葉はなかった。ただお互いの魂が掌を通して、何万文字の言葉よりも大切なことを語り合っていた。 
リンリンリンというベルの音がしんと静まり返った空間に響いている。「あ~楽ちん楽ちん!運転してもらってごめんね、スラー」リタラが背伸びをしながら言った。「まさか今日がこんなに大雪だと思ってなかったよ。これじゃ電車が止まっちゃうのも当然だね。しかもあの総支配人絶対今日しか予定が合わないって言うしね」スラーが操作を誤らないようにしっかりと手綱を握りしめながら言った。「それにしてもこのトナカイさんたちかわいいね」私は手綱に繋がれた3匹のトナカイの背中を見ながら言った。「そうそう、かわいいんだよね~。さすがにこのトナカイがいないとソリほ動かないと思って、父さんに借りて来たんだよ」私がこの星に来てもうすぐ3か月が経つ。思い返せば、地球とこの白鏡星ってどこが違うか未だにわかっていない。名前の通りまるで地球を鏡に映したようだ。難しいことを考えると頭の中で何かが渦巻くような感覚を覚えて、頭が痛くなっていつも考えるのを辞めてしまうのだ。「天歌ちゃんどうしたの?眉間にしわ寄ってるよ」横に乗っているリタラが私の顔を覗き込で言った。「ううん、なんでもない。」私は首を横に振った。段々と街が見えてきた。この星と地球の暦はだいたい一致しており、もうすぐ年末を迎えるから、街はいつもより飾り付けが豪華で見ているとわくわくして来る。私たちはホテルの外にソリを駐めて、フロントへ向かった。フロントには制服をパリッと着こなした20代後半くらいの女性と40代くらいの男性がいた。2人は私たちを見るなりこんな子供たちが何の用だろうというような不思議そうな顔をした。それもそのはず、ネットニュースで見た通り先月とは客相がガラリと変わっていたのは一目瞭然だった。第一客の中にスーツやフォーマルドレスを着ている以外を着ている人は見当たらなかった。「あの、私たち総支配人に呼ばれて来たんです…えっと…『クレセント』という音楽グループで…」私はなんだか自分たちが浮いていることを感じて、おずおずと事情を説明した。フロントマンたちはこのことを聞かされていない様子で、首をかしげた。「おぉ、お前さんたち良く来たなー」振り向くとあのお爺さんがいた。「総支配人こんにちは」「こら、スラーとリタラチュア、ジャケットの蓋はいれんか!ここは室内じゃぞ」二人はすみませんと言って慌てて蓋をしまった。お爺さんは相変わらずだ。そして私たちは応接間に通された。お爺さんは椅子に座ると、脚を組み直しし、「改めて3人ともよく来てくれた」と言った。お爺さんは私たちの顔を順番に見ながら、「それでは本題に入るとしよう。今回の晩餐会の目的は、お互いの国の親交を深めるためなんじゃ。メールでも言った通りあくまでも『素朴な若者』として出させてもらえるのだから、のぼせ上がらないこと」(人聞きの悪い)と思ったのは全員だったようで、私たちは顔を見合わせて苦笑した。お爺さんの話は案外長く、私たちが帰りのソリに乗り込んだのは1時間くらい後だった。「それにしても困るな~、資料がほとんど0の状態から詞を書けって言われてもな~」「そうだよね。まさかバイオレット共和国と50年くらい国交断絶状態だったなんて…!」「ネットに何か情報がないかな?」とスラーが言った。手綱の先のトナカイたちはザクザクと雪を踏み分けながら進んで行く。「うん…どうだろうね…望みは薄そうだな」リタラが呟く。その日は到着してすぐに解散となった。
「やっぱり何もネットには載ってなかったよ…」次の日リタラが早くもお手上げというような顔つきでやって来た。「困ったな。エレンの曲を作った時は山程情報があったのにな」スラーも困り顔だ。「図書館に本があったりしないの?」私はもしかしたらという気持ちで尋ねた。「いや、ないだろうな。たしか、うちの国とバイオレット共和国が国交断絶状態になって時点で図書館から関連資料が全部政府に回収されてしまったらしいんだ…」「そもそもなんで国交が断絶されたの?」私がそう言った時「おお、リタラくん来てたのか?」「おじさん、こんにちは。お邪魔しています」「いらっしゃい。それにしてもどうしたんだ?皆して頭かかえて…」「父さん実は…」私たちは小父様に事情を説明した。小父様は私たちがあまりにも大役を引き受けたことにひどく驚いていた。「そうだな…もしかしたら家の書斎に何か眠っているかも。ただしあまり期待はするなよ。何も無かったら自慢の書斎に恥をかかせることになるからな」小父様はワハハと大声で笑いながら手を叩いた。書斎はいつもの様に重厚でまるで時を止めたような不思議な雰囲気が漂っている。本棚に入りきれなくて椅子の上に積んである何冊かの本が、日の光に照らされてぱぁーと明るくなっている。「えっと…ここら辺だったかな?いや、こっちだったかな?ほら、君たちもつっ立ってないで少しは探したらどうだ?」小父様は探せと言うけれど書斎には本がぎっしりとあるのでなかなか見つからない。せめてカテゴリー分けされていたらまだしも本は好き勝手なところに閉まってある。なにせ、本の表紙は硬く、本と本の間に手を入れてタイトルを見ることを繰り返すから、指が擦れて少し痛い。まだ探し始めてから10分くらいしか経っていないのに結構体力を採られてしまう。上から5段目の棚を探している時のことだった。料理本と歴史書の間に黄色に変色し、少し皺の寄ったボール紙の箱がまるで自分も本の仲間であるかのように入れてあった。関係ない物は触らないようにしようと心に決めていたが、私はどうしてもその中身が気になって仕方がなかった。隙間から中を除いて見たけれど何も見えない。しかし、箱からはカチカチカチカチとけたたましい音が聞こえてくる。私は箱の角を持って引き抜こうとした。が、箱はビクともしなかった。私は半ば焼けになって体重をかけて箱を思い切り引っ張った。すると箱はスポっと抜けて私はドンと尻もちをついて転んでしまった。「天歌大丈夫?」スラーが駆け寄ってきた。小父様とリタラが後に続く。「イテテ…あはは、ちょっとおてんばしちゃいました」私は腰を擦る仕草を振りをした。かなり痛かったのは本当のことだが、それよりも下を向いて恥ずかしさで赤くなった顔を隠したかったからだ。そんな私が大丈夫そうだと安心した3人が次に目を向けたのは、私に無理矢理引き抜かれた箱だった。「めっ…メトロノーム?」スラー声を聞いて私もその方向に目をやる。カチカチカチカチカチカチカチカチ。メトロノームは速いリズムを刻み続けていた。「あれ?これ止まらない。」あまりにも音がうるさいのでスラーが拾い上げて止めようとしたがメトロノームは言うことをきかない。「ちょっと貸してよ。あぁコイツバグってんなー」リタラがスラーの手から暴れん坊のメトロノームを取り上げてコンと一発デコピンをした。すると、メトロノームはピタリと止まった。「おいおい乱暴するなよ。壊れちゃったかな~?」スラーがまた取り返す。「そんなものあったのか~、親父の物だろうか?」小父様が言う。「まあ、いいか。早く本を探そう。それは天歌にあげるよ」私は思いがけず謎めいたメトロノームを貰うことになった。歌のスピードを合わせる時に使えるからラッキーだ。結局資料大捜索は夕方までかかったのに見つかったのはバイオレット共和国の古い歴史書と民話の2冊だけだった。何もないよりマシだけどあまりにも情報が少ない。この2冊が奇跡的に見つかったのは小父様のお母さん、つまりスラーのおばあちゃんが海外旅行が大好きだったからだそうだ。政府はさすがに民家にまで押入って本を回収するまでのことはしなかったらしい。本に載せられている写真や資料はとっくの昔に彩度を失っていたが、内容は分かる。リタラが帰った後も私とスラーは夜遅くまでアイディアを練った。バイオレット共和国の風土、文化、それから英雄。行ったこともない国だけど、歴史書を読み進めるうちに少しずつバイオレット共和国が頭の中に描き出される。私はわからないなりにも、わかったことや気づいたことを片っ端からノートに書き留めていった。紙の上でペンを夢中で走らせているとクスクスと言う笑い声が横から聞こえてきた。顔を上げると、「いや、ごめん、ごめん!天歌本当に真剣な顔してるなーって。なんか天歌のそういう表情いいね」その時のことを思いだすと今でも胸がじんわりと温かくなる。私の能力的な部分ではなく、努力したことで認めてもらえたのはこの日が初めてかもしれない。とにかくこの日は私にとって記念日だった。しかも私を一番最初に認めてくれたのはやっぱりスラーだった。「ありがとう。そんな風に褒められたのは初めてかも…」私はスラーの青くて澄んだ瞳を真直ぐと見つめた。でも、スラーはいつもどおりすぐに白い肌を赤く染めて話題を変えた。スラーはピアノの上に置いてある例のメトロノームを指さして言った。「あのメトロノーム珍しいね。どこのメーカーだろう?」「そうね。私も見たことない」地球の家にはたしか上等なメトロノームが50個くらいはあった気がするけど、こんなのは一度も見たこたがない。もしかしたら家にあったのよりずっと安価なものかもしれない。「それに針の先に星の飾がついてて可愛いい!動いている時流れ星みたい」「うん。そうだね~あっ!振り子の重りには三日月の彫刻があるな」メトロノームの本体は木でできたようなデザインをしておりよく見ると凝ったつくりだった。「でもなんで書斎にあったんだろ?」スラーはさぁねと言うように肩をすくめて大きなあくびをした。時計は午後11時を回っていた。
朝の畑仕事の手伝い、小母様の内職の手伝い、歌の練習、それから歴史の勉強。私はこのルーティンを繰り返すこと数週間。朝から晩まで予定ぎっしりでくたくたになっていた。数日に1回はリタラが来て、研究結果を共有し、ああでもないこうでもない言いながらイメージを固めていく。「うーん。今まで思いついた案はどれもイマイチなんだよな~!なんかこうパッとしないって言うかさ…」リタラがため息をつき、彼の丸眼鏡は白くくもった。「そうだね。なんか全部どっかで聞いたことある話だよね」私も頷いてこう言った。「天歌の言う通りだよ。ありきたりすぎるし、それに僕たちらしさが全く出てないよな~」とスラー。なかなかアイデアが出ずに、皆焦ってイライラしてきていた。日増しに気持ちに余裕がなくなってきているのが手に取るように感じられた。「ねぇ、二人ともちょっと散歩に行かない?」「散歩?」二人が同時に尋ねた。「そうお散歩!私地球でさんざん歌の練習をさせられていやになった時によく、散歩に行ってたの。そしたらリフレッシュできたんだよね~!!」人は息詰まると悪い結果を引き起こしがちだ。音譜を見つめすぎて音符がオタマジャクシみたいにぐにゃぐにゃ動いて見えていたあの頃を思い出す。「そうだね。天歌の言う通りかも!気分転換に出掛けてみよう」私たちは靴を履いて外に出た。「どこに行くー?」私は二人に尋ねた。「うーん…そうだな…」スラーが腕組みをして考えていると「えっとね~俺はゲーセンに行きたい!!この前却下されたし」とリタラがわくわくした様子で答えた。私とスラーはふふっと笑って「うん。賛成」と言った。最近私たちもお互い不安と焦りでピリピリした雰囲気が流れていたけど、久しぶりに穏やかな空気感が戻ってきた。なんだか嬉しい。今日は晴れだ。グリーンフォレストタウンの冬は雪ばかりだからこんな日は貴重だ。3人で街へと続くいつもの小道を歩く。昨日まで積もっていた雪が溶けて木々の枝からポタリポタリと草の上に垂れている音がする。自然の音楽だなと思う。街に到着すると私たちは小型ショッピングセンターに入った。「どこのお店も安売りの看板ばかり提げてあるね」私はエスカレーターに乗りながら店先の『30パーセントoffとか、全品半額』だとかいう看板に目をやった。「うん」なんだかんだ言って、あと5日で今年も終わりだからね」スラーが言う。二階に着いて角を曲がったところにゲームセンターがあった。「よーし!遊ぶぞー!!」リタラは小銭を片手に握りしめ、景品が良さそうな台を探している。「天歌は何やりたいのある?」スラーがリタラがあっちこっち行くので彼を見失わないように気を付けながらも私に聞いた。「私、実はこういう所に来るの初めてなんだよね」「そうなんだ。それじゃあ、まあ僕も別にやりたいのないし、わくわく少年リタラくんについていくとしようか」私は黙って頷いた。「あっ!スラー、天歌ちゃん。見て見て!あれ可愛くない?」リタラの指差す方を見ると、ふわふわもこもこのくまさんの縫いぐるみが山積みにされたユーホーキッチャーがあった。「またそんなのが欲しいの?この前もハムスター取ってたじゃないか」「なんだよそんなのって!!かわいいから欲しいんだよ」そう言うとリタラはお金を入れてボタンに手を置いた。「まだ早いよ!右右!!行き過ぎだってば、あーもうちょい左だったじゃん」「うるっさいなー、スラー少しは黙ってればいいのに。ゲームに集中できないじゃん」「だってお金がもったいないし…」「スラーは意外に倹約家なのね」「まあね。だけど、天歌もせっかく来たんだし何回かやってみなよ」私は二人の近くから離れるのが不安だったので、横のをやることにした。「100円」と書いてあるところにお金を入れ、ピンクのライトが点滅している➀のボタンを恐る恐る押した。最初は景品よりも手前でストップしてしまいあっけなく終わってしまった。悔しかったけど、隣りの台でわあわあ言っている二人のほうが本気になっている。「やっぱりスラーもとれないじゃん!この台アーム弱すぎ…て、え?!」二人が驚いたのもそのはず。私は奇跡的に一度に3つの景品をとることに成功したのである。私がとったのはブサイクなかえるのストラップで、それを私たちはゲラゲラ笑いながら1つずつカバンにつけた。8回くらいチャレンジしてもくまさんは頑として動こうとしなかったので諦めて帰ろうかと言った時だった。「天歌?」後ろから声がしたので私は振り返った。見るとブルスが立っていた。「ブルス!久しぶりね。何してるの」「劇団の練習場の大掃除の道具を買いに来たの」彼女の鞄からは黄色いスポンジや雑巾のパッケージなどがの見えている。「そうなのね」「あっ!そういえばリタラさんとスラーさんに3日ほど前に連絡をしてたんですけど…」「えっ!マジで?」二人はポケットからスマホを取り出して、着信を確認する。「本当だ…ごめんね」スラーは頭を下げた。「俺もごめん。最近忙しくて見られてなかったんだ…」リタラも謝った。「いえいえ私こそ、お忙しい時に連絡してしまってすみませんでした。」「それで何の用事だったの?」「カメリアが皆にお話があるって言うから連絡したの。でも私も何の用事なのかよく知らなくて…」その時ブーブーと着信音がした。「あ、ちょっとごめんね」ブルスが電話に出た。「もしもし、あっ!カメリア。今ね…」ブルスは電話を切ると私たちにこう言った。「あの、カメリアが3人に会ったって言ったら、近くのカフェに来るから待っててって…10分くらいで着くらしいけど、皆予定は大丈夫?」「僕と天歌は大丈夫だけど、リタラは?」「俺も別にいいよ」ということで私たちはショッピングセンターの近くにあるカフェへ向かった。「お待たせ。皆さんお久しぶりね」本当に10分くらいしてからカメリアはやって来た。椿のような真っ赤な長袖ワンピースの上にブラウンのコートを羽織り、黒いハイヒールを履いている。艶々の黒髪をかき上げる姿は人気女優を思わせる。とにかくカメリアは魅力たっぷりだ。カメリアはココアを5つ注文した。「突然呼び出してごめんなさいね。皆さんは来月末のバイオレット共和国とのホテルでの晩餐会のことご存知?」「え?ウィンドミルの皆も?私たちも出るんです!」私は身を乗り出して言った。「そうなの?」カメリアが目を丸くした。「それでね、またお願いなんだけど、ミュージカルの曲をつくっていただけないかしら?」私たち3人は顔を見合わせた。これだ!と思った。「もちろん。でも、実は僕たちもアイデアが出なくて困ってたんだ。だからさ…コラボしない?」「コラボ?」カメリアとブルスが聞き返す。「そう!歌は天歌が歌うからウィンドミルの皆はダンスとかパフォーマンスをしてくれればいいんだよ。どうかな?」「それはいいわね。正直私たちの劇団は歌は苦手な方だし、得意なパフォーマンスだけなら負担が減るわ!」カメリアが笑顔で言ってくれたので少し安心した。「それでミュージカルの話の内容は?」リタラが気になって仕方がないと言う風に聞く。「それがね…なんとラブロマンスなのよ!!とっても楽しいお話なの」「へぇー!俺の得意分野じゃん!!」「それは頼もしいわ。あっ!もう3時50分?ブルスそろそろ帰らないとまずいわね…これ台本のコピーよ。大変申し訳無いけど、リタラさん。辞書を引きながら訳したから全体的に不自然なの。だから少し手直ししてくださらない?」リタラは任せなさいというように胸をポンと叩いた。「お忙しいのに今日はありがとう。詳しいことはメールするわね。」カメリアはスカートをひるがえしてお会計へと小走りで行ってしまった。後を追うブルスに手を振りながら、私たちも席をたった。晴れ空がまた曇り始めた。今夜も雪が降りそうだ。
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