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二、潮風に吹かれて
2,聖王女リシュナ・ティリア(2)
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冷たさに首筋が強張る。
彼女にとっては、儀式が終わってしまえば、ここはただの水場だった。
少女が顔中を濡らしたままとぼとぼと屋内へ戻ると、戸口にふくよかな女が立っていた。
秋色の縮れ毛を後ろへひっつめている彼女は、リシュナと妹セレスの乳母だった。
「モモ」
「リシュナ様。お仕度もしないままお祈りだなんて――」
「顔を洗って着替えるのだから、先にご挨拶したって変わらないわ」
乳母は痩せっぽちのリシュナを抱くようにして、少女の頭や手についた水分をタオルで丁寧にふき取った。
「室内履きもお履きにならないで」
リシュナにしてみれば、ごしごしと小言を擦りつけられているようでもあった。
だが、乳母がこうするのも、少女が笑って誤魔化すのもいつものことだった。
「だって、このほうが草花のスィエルを感じられるんですもの。朝日に、風に、空に、草に、花に、露に。もちろん、海や大地に。この世のすべてにスィエルがあるのよ。歌声に耳を澄ましてごらんなさいな。あなたも裸足で歩けば感じられるのに」
年の離れた二人がくちびるを尖らせあう傍を、真っ白なお仕着せの女中たちが膝を折りながら通り過ぎてゆく。
微笑みがさざめき押し寄せ、引いていった。
「スィエル教の誉れ高いヴァニアスの神子様としては、素晴らしいお言葉です。けれども、お姫様としては、いけません。おみ足が傷んでしまいます。お兄様がご覧になられたら悲しまれますよ」
「いらっしゃらないグレイ兄様を引き合いにして」
リシュナは、いつまでも、と強調したかったのをぐっとこらえた。
いけないわ、リシュナ、駄々をこねては。
大人の入り口――十二歳はとっくに過ぎたのよ。
「わたくしの気持ちも考えてちょうだい」
モモは少し目元に皺を寄せたが、すぐにタオルを畳みなおした。
「殿下こそ、今日一番にご挨拶したかったのに、お部屋に行ってみたらベッドがもぬけの殻だった、乳母の悲しい気持ちを想像なさってください」
リシュナは小さく悲鳴を上げると、詫びながら乳母に抱き着いた。
彼女にとっては、儀式が終わってしまえば、ここはただの水場だった。
少女が顔中を濡らしたままとぼとぼと屋内へ戻ると、戸口にふくよかな女が立っていた。
秋色の縮れ毛を後ろへひっつめている彼女は、リシュナと妹セレスの乳母だった。
「モモ」
「リシュナ様。お仕度もしないままお祈りだなんて――」
「顔を洗って着替えるのだから、先にご挨拶したって変わらないわ」
乳母は痩せっぽちのリシュナを抱くようにして、少女の頭や手についた水分をタオルで丁寧にふき取った。
「室内履きもお履きにならないで」
リシュナにしてみれば、ごしごしと小言を擦りつけられているようでもあった。
だが、乳母がこうするのも、少女が笑って誤魔化すのもいつものことだった。
「だって、このほうが草花のスィエルを感じられるんですもの。朝日に、風に、空に、草に、花に、露に。もちろん、海や大地に。この世のすべてにスィエルがあるのよ。歌声に耳を澄ましてごらんなさいな。あなたも裸足で歩けば感じられるのに」
年の離れた二人がくちびるを尖らせあう傍を、真っ白なお仕着せの女中たちが膝を折りながら通り過ぎてゆく。
微笑みがさざめき押し寄せ、引いていった。
「スィエル教の誉れ高いヴァニアスの神子様としては、素晴らしいお言葉です。けれども、お姫様としては、いけません。おみ足が傷んでしまいます。お兄様がご覧になられたら悲しまれますよ」
「いらっしゃらないグレイ兄様を引き合いにして」
リシュナは、いつまでも、と強調したかったのをぐっとこらえた。
いけないわ、リシュナ、駄々をこねては。
大人の入り口――十二歳はとっくに過ぎたのよ。
「わたくしの気持ちも考えてちょうだい」
モモは少し目元に皺を寄せたが、すぐにタオルを畳みなおした。
「殿下こそ、今日一番にご挨拶したかったのに、お部屋に行ってみたらベッドがもぬけの殻だった、乳母の悲しい気持ちを想像なさってください」
リシュナは小さく悲鳴を上げると、詫びながら乳母に抱き着いた。
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