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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-2 探偵と契約(4)

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 あたりにはローブを羽織った人々がまばらにいる。彼らも今日ここに集められた同業者だ。

「聞いたぞ、パーシィ」

 ジャスティンが鼻の向きを変えずして声をひそめた。

「君のところに魔女が来たと。このフォべトラに居てまで聞こえた。噂は本当なのか?」

 探偵はうんともすんとも言わずに一つ二つまばたきをした。
 噂という言葉のなんと便利なことか。曖昧模糊ながら不安を簡単に煽る。己の秘密が漏れ出した、あるいは己が標的になっていると思いこんだ人間は、募らせた不安に任せてつい秘め事をぽろりとこぼしてしまうだろう。しかしパーシィにとっては大きな釣り針、見え透いた疑似餌であった。

「ただの噂だろう。新聞記事にもなっていない」

 噂の次に並んで有効なのは評判だ。そう思いながら、探偵は友人からの情報開示を待った。
 しかし十年来の友人であるジャスティンも、パーシィと同じ技術を体得している。

「もし噂が本当なら、あの伝説の魔女の村ダ・マスケから連れてきてくれたんじゃないだろうかと思ってね。違うか?」

 くれた? どこか引っかかる。

「ジャスティン。相当お疲れのようだ。誰も行ったことのない村からどうやって魔女を連れ出せる? 僕が誘拐をするようにみえるかい?」

 探偵もぼんやりした返答に捻りを加える。
 若き大公は頬に皺を寄せて笑顔を見せつけて来た。

「君の甘いマスクならば簡単なことだろう。どんなご婦人も、その涼しい口を目当てにふらふらとついてゆきそうだ、王子様」

「僕には人の心や恋で遊ぶ趣味はない。だがお望みとあらば、その時は喜んで我が秘密のハーレムにご招待しようじゃないか、モルフェシア卿。フィリナが喜ぶ。手伝いが増えた、とね」

「美しきご令嬢の為ならば、我が手も汚しましょうぞ。もちろん、我が女神の為にも」

 二人はおどけた礼を交わすと、肩をすくめあった。この勝負はパーシィの勝ちのようだ。
 糸口をほのめかしたのはジャスティンの方だったから。

「ところで、その女神からの御言葉はあったのかい?」

「あったから、定例会が開かれるのさ!」

 振り向いた先、ジャスティンの顔は窓からの逆光でよく見えなかったけれども、一段と明るくなったバリトンが明白な答えであった。
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