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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-2 探偵と契約(3)

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 自ら自動車から降りたパーシィはこなれた足取りで人だかりをすり抜け、フォベトラ城へ続くアヴレンカ橋を迷いなく進んだ。まっすぐに天へ向かってそそり立つ巨塔が威圧的な城がどんどん近付こうとも臆すことはない。

「通行証を」

 橋を渡りきったところで、二人の衛兵に槍を重ねられ道を阻まれた。紳士が慣れた手つきで入城許可の証を見せると、顎を引いて厳しくしていた二人は、さっと親しみやすい笑顔を取りだし、あっさりとパーシィを通してくれた。探偵も目を細める。

「ロウ、コッツ、ご苦労様。もしかして、僕以外には最初からそうやって笑いかけているのか? 不公平じゃないか?」

 生まれてこの方、手入れをしたことがなさそうなチェリー色の太眉を持つ方が笑った。
 こっちがロウだ。

「来る人がみな女性なら、そうするんですがね!」

「グウェンドソンさんだったら、どうします?」

 相棒に同意する黒髪のコッツが悪ふざけに顔を歪めたのに、パーシィも乗った。

「子供には、特にふんぞり返ってやるかな」

 そう、笑い声を交換する三人は既知の仲だった。けれども、入城許可をいい加減に済ませたことはない。
 国家元首の住まいには通過儀礼が必要であると、探偵はよく理解していた。
 彼らが仕事をし、パーシィもまた礼節を欠かさない。こうした小さな事実の積み重ねが君主を、ひいては国を守るのだ。
 空と湖の青を渡る白き橋を悠々となぞった終点、フォベトラへ入城したパーシィは、柱の影の中に髪と同じ黒い髭を蓄えた男を見つけた。探偵がおもむろにシルクハットを脱いだのと、黒髪の男が両腕を広げて探偵を迎えたのはほとんど同時であった。

「やあ、ジャスティン」

「パーシィ。変わりないようだね」

「ありがたいことに」

 二人は固い握手を交わすと、並んで緋色の絨毯の上へ踏み出した。
 彼の名はジャスティン・クール・ド・ジェブラン。モルフェシア大公位を保持するジェブラン家の長男で、数年前に一線を退いた父チャリオットの跡を継いだ文明国家の若き君主、そしてパーシィの数少ない友人の一人であった。
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