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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-2 探偵と契約(5)

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「マナの導きのもとに」

 石造りの会議室へ厳かに響いたモルフェシア大公のその一声を、いったいどれだけ待ちわびていたことだろう。
 今日のモルフェシア議会も実に冗長で、あくびをかみ殺し続けねばならなかった。毎度のことだが、こんなことならば晴れた天気の誘うまま公園で昼寝をした方が有意義だとさえ思う。だからパーシィは細長い窓の外へぼんやり青い視線を放り投げていた。そうでもしなければ舟を漕ぎかねなかった。いや、訂正しよう。何度かうつらうつらとした覚えがある。
 定例議会は要点を絞られ最適化、簡略化されている。それは仕方が無いのだが、わざわざ足を運ぶ価値があるものだろうか。
 それにパーシィの真の目的は、会議後にジャスティンを捕まえることだった。
 鬨の声と共に数名の議員が立ち上がり、若き大公にいとまを告げて去ってゆく。
 パーシィは、ゆっくりと帰り支度をしているそぶりをしながら肩書きを持つ議員たちが全員はけるのを虎視眈々と狙う。
 だが、今日は探偵に先んずる人物がいた。女だ。彼女は誰に見せるというのか、若々しさを演出するような派手なドレスで装い、編んでなお長い赤毛を惜しげもなく披露している。名は確か、ベラドンナといった。ジャスティンの父親にして先代の大公チャリオットの愛人であり、彼が担うべき議会の席を独占した新人議員。彼女の存在は記憶に新しかった。

「ごきげんよう、ジャスティン。今日もなあんにもなくて平和でなによりだわね」

 女の香水と同じく、その声はいやにねっとりとしていて甚だしく鼻につく。円卓を挟み距離のあるパーシィのところにまで、その両方が届くほどだ。青年は、顔を突き合わされた友人に、小さく同情を寄せた。

「ジャスティン。あなたにだけ言うけれど、女神フォルトゥーネ様が本当に存在するのかって、みんな疑ってるのよ。天空城にしてもそう。本当にこの国の天上に存在しているのか。だってどっちも誰も見たことが無いんだもの。あなたやあの人の――チャリオットの妄想の産物なんじゃないかって、あたしもなんだかわからなくなっちゃって。不安だわ。だから、ねえ、ひと目会わせてもらえないかしら。永遠を生きる女神様にご加護を賜りたいの」
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