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家族のような何か
しおりを挟む恐らく、ヴィランは「スタンリー公爵家が自分の家族」と思っていたんでしょうね。
本人に確かめた事はないけれど、きっと間違いないでしょう。
本当の家族以上に近い存在ではあったから……あながちヴィランの「思い違い」という訳でもなかったのです。何しろ、結婚すれば本物の家族になるのですから。それまでは飽く迄も「ヴィランは家族に近い存在」でしかありませんでした。結婚して本当の家族になるまでは「疑似家族」に過ぎません。
教育に関してもそうです。
ヴィランに最低限の教育しか施さなかったのは何もヤルコポル伯爵家の体面を気遣っての事ではありません。本人の気質の問題でした。スタンリー公爵家としても婿になるヴィランには、私の補佐役をして欲しいという狙いがありました。
最初の頃はヴィランも素直に机に向かっていたのです。
ただ、どう教えても頭に入らない様子でした。
「ヤル気が欠けているせいです」
担当していた教育係の言葉は正しかった。
勉強よりも遊びを優先させるヴィランに失望を覚えるのに時間は掛かりませんでした。これには両親も首を捻るしかありません。
両親もお兄様達も優秀な方々なのです。何故、三男のヴィランだけが出来が悪いのか……と。
ですが、物は考えよう。優秀過ぎる婿よりも「スタンリー公爵家の運営の邪魔をしない婿」の方が全体的にメリットがあると判断したのです。
とどのつまり、ヴィラン本人に価値はなくとも彼の実家である伯爵家とその家族には多大な価値があると公爵家が判断した故に婚約が継続し続けたといっても過言ではありません。
法務大臣の父君、王妃殿下の腹心と名高い女官長の母君、王太子殿下の側近の双子の兄君、将来有望な弟君。
ヴィランを除いた優秀な家族のお陰で、彼は、スタンリー公爵家で何一つ気に病む事なく自由気ままに日常を送れていたのです。
将来有望な家族の存在に守られて生きているというのに、それを彼は理解できなかった事が非情に残念でなりません。
結果として実の御両親と御兄弟が積み上げてきた実績と信頼と信用、その全てを犠牲にしたのです。
愛人候補を公爵家に連れ込もうとしたのは結果論に過ぎませんが、伯爵家が何れ近いうちに排除されていた事は間違いないでしょう。
彼らは敵が多過ぎた。
伯爵一家を妬む者達は数多くいました。
彼らが今まで何事もなく過ごせていたのは王家とスタンリー公爵の庇護の元にあったからです。もっと言うなら、おじい様である先代公爵。宰相閣下が目を光らせていたからとも言えます。
だからこそ、あれだけの事を仕出かしておきながら命だけは助かったのです。
今まで忠義を尽くして国家と王家に仕えていた情けで「死罪」は免れた。もっとも伯爵夫妻にとっては死んだ方が遥かにマシかもしれませんね。
特に伯爵夫人は一生病棟から出られません。
彼女もそのことを理解しているはずです。
王妃殿下の腹心という立場は「王家の秘密を知り過ぎている」という事です。
伯爵夫人は大変頭の良い方。「夫を立てる事が出来る賢い女性」です。そしてとても用心深い方とも言えます。自分に何かあった場合の事もあらかじめ予想を立てていた事でしょう。惜しむべきは三男の教育を怠った事。王家は伯爵夫人が生きている間はその家族を生かし続けてくれるでしょう。
ですから、伯爵夫人。
長生きしてください。
狂ったフリをしながら……。
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