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ある女教皇の想い
しおりを挟む「教皇様、女帝陛下が崩御なさったと知らせが入りました」
「そうですか。直ちに喪の準備に取り掛かりなさい」
「はい」
沙羅叔母上が亡くなった。
叔母は最後まで私の処遇を迷っていたけれど、神殿入りは叔母のせいではない。私自身が誰の元にも嫁がないと決めていた事なのだから。
私の父である皇帝は、正妃である母以外にも大勢の妃が後宮にいた。皇女でもあった母を大切にされていたけれど、父の心は常に母以外の女性の上にあったのも確かだった。
父と母の婚姻は政略である。
帝国のため、皇室のための婚姻。
母が父の元に嫁いだ時、父はまだ大公家の息子の身分であったけれど側妾がいた。
次期皇帝と謳われていたものの、母を正妃に迎えた事で父は漸く立太子出来た。そういった諸々の事もあり、母は父に大事に扱われていた。
正式に皇太子となった父の元には大勢の妃が迎え入れられたと聞いている。
後宮の主は母であけれど、権勢高かったのは梅賀妃だった。
梅賀妃は元々父の婚約者であったが、婚約期間に祖国が滅びてしまったため、婚約は白紙になったらしい。ただ、父は梅賀妃を大変愛していたので、亡国の王女になってしまった梅賀を側妾として帝国に留め置かれたのだ。
梅賀妃は、当代一の美貌と誉れ高い上に、詩人でもあったらしく、今でもその詩は読み継がれている。
父が梅賀妃を殊の外寵愛する事に苦言を呈する貴族も少なからずいたけれど、亡国に王女であり、後ろ盾もない妃など脅威とはみなされなかった。その境遇を見れば同情するに十分だった事もあるだろう。
世間も、相思相愛の皇子と亡国の姫君に起こった悲劇に同情していた位だ。
正妃であり皇女でもあった母は、皇宮の事も後宮の事も父以上に詳しかったのだろう。梅賀妃を特別扱いする父の態度を咎めることなく鷹揚にしていた。幼かった私は、夫婦とはそういったものだと勝手に思っていたほどに。
梅賀妃は私が幼い頃に亡くなった。
無惨な最後だった。
嘗ての民衆から凌辱の限りを尽くされ、躯を晒しものにされた。
けれど、その状況を作り上げたのが母であるを知ったのは直ぐのこと。母は決して鷹揚でもなければ心の広い女性ではないのだと初めて知った。
怒りの憎しみも「良妻賢母の正妃」という仮面で綺麗に覆い隠していた事を知った。
穏やかに微笑みながら女の戦いに身を投じていた事を。
私は母が怖かった。
母の重すぎる愛は、父と私たち姉弟に向けられていたのだから。
我が子の安全を守るためには、自分の息子と妹の息子の入れ替えを図る程に。
止める事は出来なかった。
異母弟が同母弟になったことを誰にも言えなかった。
言った処で、誰が信じてくれただろう。
母は、正妃として完璧だった。
疑う者など誰もいない。
私が口を閉じている間に、異母弟は謀反の罪を着せられて亡くなり、同母弟は狂って死んだ。
叔母上は何も言わないけれど、真実を知っているような気がする。
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