8 / 10
ある医者の秘密
しおりを挟む「女帝の御容態はどうなのだ?」
「ここだけの話だが、侍医の見立てでは三日も持たないらしい」
「無理もない。御年が御年だ」
「御年、八十五歳。もはや御快復は叶いますまい」
「世継ぎは如何するのだ?」
――女帝の寝所――
「衛、私はもうすぐ死ぬのだな」
「女帝陛下……そのようなことは…」
「ふふ。衛は嘘が下手だな。私はそなたを幼い時から知っているのだ。表情一つでなにを考えているのかもな。私の侍医になってからも同じだ」
「医者失格でございますね」
幼い頃から知っているせいか、幾つになっても陛下は私を子供扱いなさる。
それが些か恥ずかしくもあるが嬉しくもあった。
「自信を持て。私くらいしか分からぬのだからな。そなたにも世話になったな。いや、そなただけではない。そなたの母君にも世話に成りっぱなしであった。我が息子、徳寿皇子の乳母であったそなたの母君に私はよく助けられたものだ。息子が死んだ時は一緒に泣いてくれた。その乳母も私より先に逝ってしまったがな」
「陛下……」
「私の愛する者は、必ず私よりも先に逝ってしまう定めなのかもしれぬな」
私の母は女帝陛下の数少ない理解者だった。
「母は死の間際まで陛下の実を案じておりました」
「ふふふ。政敵を滅ぼし、逆らう者達を決して許さない『冷酷無慈悲な女帝』をか?」
「陛下はお優しい方。好き好んで処罰を厳しくしている訳ではない、と言っておりました。人の罰するたびに己も罰しているのだと。陛下の事をよく知らぬ者達に誤解されるのが悔しいと申しておりました」
「恨みも憎しみも嫌というほど買ってきたからな。私が死んで喜ぶ者達のなんと多い事か……。
だが、衛。私は悔いてはいない。己で選び取った一生だ。どれほど血で汚れようと後悔だけはしなかった。いや…一つだけ後悔いていることがある。
皇統を守るために、秩序を乱さないために、宝寿皇子を追い詰めて死なせたことだ。亡き姉の忘れ形見。私にとっても実の甥だ。可愛くないはずがない。才能あふれる闊達な子だった。明るく、人の愛される子でもあった。その反面、愛されることを当たり前だと思う傲慢さもあった。だが、それさえも宝寿の魅力だった……」
姿形は先の皇帝に瓜二つでありながら、中身は正反対であった徳寿皇子を先の皇帝は内心苦々しく思われていた事は周知の事であった。才気煥発な宝寿皇子を殊の外愛されていた事も皆が知っている。
「宝寿皇子は女帝陛下によく似ておられました」
「そうか?」
「はい、とてもよく……」
当時も陰で囁かれていた。
何故、宝寿皇子が皇后の息子ではないのかと。
「衛、そなた、なにか言いたそうだな」
「……」
「構わぬ。何でも言うがいい。特別だ」
「しかし……」
「私は明日をも知れぬ身だ。今更、なにを言われても驚きはせぬ」
「……確証のない事でございます。到底、信じられない馬鹿げた話でございます」
「どんな突飛な話でも構わぬぞ。冥途の土産に持って行ってやろう」
「母が…母が亡くなる前に、私に言い残した言葉がございます。この事を女帝陛下にお伝えするように言われながら、今の今まで伝える事が出来ずにおりました。あまりにも荒療治な…母の思い違いも甚だしい話でしたので…ずっと黙っていたのです」
「申すといい」
陛下の許しを得た。
これが最後の機会だ。
「私の母が『自身の乳を与えた皇子は宝寿皇子の方である。徳寿皇子ではない』と……」
「続けよ」
「徳寿皇子が生まれた時に耳の付け根に小さな三つの黒子があったそうです。それが、亡くなった徳寿皇子の亡骸にはそれがありませんでした。徳寿皇子妃に確認したところ、始めから黒子は無かったと言うのです」
「……成長して黒子が消える事はある」
「はい。母も一度はそう思いました。しかし、疑念が残ったのでしょう。白姫様に確認に参りました」
「……神殿に行ったのか」
「はい。白姫様曰く、宝寿皇子には黒子が亡くなるまであったそうです」
「……そうか。衛、良く申してくれた。礼を言う」
その日の夜、偉大な女帝陛下は亡くなられた。
女帝陛下は全てご存知だったのだろう。
私は、これから先も、この秘密を墓まで持っていく。
50
お気に入りに追加
191
あなたにおすすめの小説
辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる