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42.辛い土木作業

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 その船は全長60メートルほど、3本のマストを持つガレオン船だ。
 船体は朱に塗られ、船首には美しい女神像がそびえ立つ。
 長い年月を経て全体的に色あせてはいるが、まだまだ現役で就航できそうな雰囲気はある。
 きっとコンラートさんたちが丁寧に手入れしてきたのだろう。

「我らの力及ばずビューティフルマリーベル号はこのように色あせてしまいましたが、造られた当時はそれはそれは美しい船であったそうです」

「いや、今でも十分美しいですよ」

 男爵の言うとおり、この船は今でも十分に美しい。
 今のほうが経てきた年月が染みこんで良い味になっているくらいだ。
 俺はコンラートさんに聞いてみる。

「この船はまだ就航できるのでしょうか」

「一番肝心な竜骨は幸いにも痛んでおりませんが、内部には腐食が見られる部分も多くあります。修理が必要ですな」

 しかし修理すればまだ乗れるということだ。
 男爵も同じことを思ったのか今度は男爵がコンラートさんに尋ねる。

「修理にはどのくらいの時間がかかりますか?」

「そうですね、大体ひと月あればできるでしょう」

「では、修理をお願いします」

「この船に、お乗りになるのですか?」

「ええ、この船はここで眠らせておくには惜しい船です」

 男爵領の沖合いは難所であるために今までこの船が日の目を見ることは無かった。
 しかし、これからこの港町は多くの船が集まる海運の要所になるだろう。
 俺はこの船に乗って大海原を旅することを少しだけ夢想した。
 なかなかに楽しそうだ。
 この船を無事就航させるためにも、とりあえず海の難所とやらを見に行ってみるとしようかな。






 男爵領の沖合はすごい荒れようだった。
 潮の流れが複雑で、試しに流してみた小船は岩礁にぶつかって大破した。
 地元の猟師であっても油断はできないというこの海の難所を越えることができなければ、連合国まで行くどころかこの海域から出ることすらできない。
 しかしこれは、ガレオン船で通るのは難しいかもしれないな。
 ガレオン船は速度が速い代わりに転覆しやすかったと聞いたことがある。
 船を改造したり魔法で運航したりとするよりも、やはり地形自体を変えてしまったほうがいいのかもしれない。
 しかし壁のときのように、俺だけでやるというのも少し男爵領のためには良くないことだな。
 一人の力に依存した領地経営というのは不健全だ。
 そもそも男爵領警備隊の面々の初級魔法が俺の神器によるものだが、それは仕方が無い。
 完全に俺だけの力というわけではないので、セーフだ。
 船の修理が完了するまでにまだ時間があることだし、明日から手の空いている人全員で土木工事だな。





「石球!」

「「「石球!」」」

 ブルーノさんの掛け声と共に、10人の兵士が海の中に腕を差し入れて岩を削りだす。
 珊瑚の生えた岩が変形し、バスケットボール大の石の玉となる。
 俺はブルーノさんの作り出した玉を含めて11個の石球を拾い、異空間に収納していく。
 浅い海の中に一列に並んだ兵士たちは、ブルーノさんの号令があるたびに腰を曲げ海の中の岩礁を削っていく。
 それを俺が拾い集める。
 そのループ。
 これはなかなか大変だ。
 いつまでかかるのかわかったものじゃない。
 深い場所はどうするのかという問題もある。
 潜って作業するしかないのかな。
 流れの速い場所は危ないしな。
 海中で安全に作業するためのアイテムでも作るかな。
 まあまずは、冷えた身体を温めたい。
 季節的にあまり長く海に入っていられる気温じゃない。
 30分ほどで作業を切り上げ、海岸に作った休憩所へと向かう。

「うぅ、さ、寒い……」

「おまえ唇が真っ青だぞ」

「おまえこそ」

 皆顔色が紙のように白くなり、唇は紫色だ。
 このままでは低体温症になってしまう。
 俺は休憩所の一角に作っておいた湯船に、熱めのお湯を張る。
 この量のお湯を一瞬で出せるのだから、魔法と言うのは本当に便利なものだ。

「おお、風呂ですか。いいですな。お前たち、早く風呂で温まれ!」

「「「いえーい!」」」

 警備隊のみんなは子供みたいにはしゃいですっぽんぽんになると、風呂に飛び込んだ。

「「「あちっ、あちいっ」」」

 すぐにぬるくなってしまうと思って熱めにしてあるからね。
 心臓が止まらないようにして欲しい。
 蘇生させてから神酒で回復させなければならないから少し手間だ。
 神酒は心臓が止まったものには効果が無いことが領民を使った実験、もとい治験によって判明している。
 俺も服を脱ぎ、かけ湯をしてから湯船に入る。
 かけ湯には汚れを落とすという目的があるけれど、心臓が止まらないように熱いお湯に身体を慣らすという効果もある。
 みんなにも真似してほしいものだ。
 真似してくれているのはブルーノさんだけ。
 ちょっと悲しい。
 ブルーノさんは足から順にお湯をかけてき、全身にかけ終わるとゆっくり湯船に浸かる。

「くぁぁっ、生き返りますね」

「ええ、身体の芯から温まります」

 ブルーノさんの隣でお湯に浸かると、少し俺の身体が貧相に見えるから少し離れて欲しい。
 ブルーノさんは警備隊隊長に相応しい肉体をしている。
 ぎゅっと筋繊維が凝縮したようなしなやかな筋肉の盛り上がる四肢に、彫像のような腹筋、腕を動かすたびに盛り上がる背筋。
 そして身体のあちこちにある歴戦の傷跡。
 青白くてひょろい俺の身体とは何もかもが正反対のような肉体だ。
 同じくらいの歳のはずなんだけどな。
 俺も神酒のおかげでぽっこりお腹は引っ込んだけれど、腕の太さとか倍くらい違いそうだもんな。
 やめやめ。
 人の身体と比べたって仕方が無い。
 俺はグラスを12個取り出し、神酒を注いでいく。

「みんな、魔力を消耗しただろうからこれで回復してくれ!」

「「「うぇーい!!」」」

 この仕事はこれからの男爵領にとってはとても重要な仕事なんだ。
 辛い仕事だから貧乏くじだと低い士気で仕事をされても困る。
 少し餌を撒いておくべきだろう。
 さて、自分にも餌をやるか。



 
 
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