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七章 祝賀
「今日も掃除するなんて真面目だねえ」
いつも忙しなく走っている豆腐屋のお兄さんの声が聞こえ顔を上げる。いつもの半被の下にふんどしの着こなしではなく、今日は緩やかにはだけた着流しを着ていた。
「今日は何かあるんですが?」
ここ一週間は町が心なしか落ち着きがないように思っていたが何が起こるのだろうか。
「おや、知らないのかい」
あんちゃんは私の背後を見てニタニタと笑う。
「旦那から教えてもらいな。旦那! またごひいきにー!」
手を大きく振って城の方に向かって行った。私は後ろを振り向きいてすぐ後ろにいる通政さんを見上げる。グレーの着流しに上品な濃紺の羽織を肩にかけて腕を組んでいた。
「このまま秘密にできると思ったんだが、惜しかったな」
「なんですか」
「すまない椿。今日の夕刻まで待ってくれないか。必ず教える」
「わかりました」
彼は腕を組んだまま上半身を倒し私の頬にくちづけを落とし、家に入っていった。
悪い話だろうか。先ほどのあんちゃんの表情を見る限りはいい話だと思う……。というか思いたい。家のことをしていたら夕刻まではあっという間だろう。考えることをやめて石畳を覆う砂を箒で履いていた。
夕飯を作ろうと着物の袖を結んでいると彼が土間にやってきた。
「書類仕事は終わったのですか?」
「ああ。今日は夕飯は作らなくていい」
「昨日も通政さんに作っていただいたんですから、今日は作らせてください」
「気持ちは嬉しいんだが、今日は外で食べる」
「そうでしたか。では自分用に簡単なものを作って食べておきますね」
「椿もだ」
「……今朝のことと関係があります?」
「そうだ。だから何も聞かずにこれを着てついてきてくれ」
彼の手元には鮮やかな紅色の着物があった。大きな朝顔の模様が美しく、控えめに金色の刺繍が施されていて一目で高級なものだとわかる。普段とは違うことがあるのだとわかる。高級料亭にでも行くのだろうか。それともお偉いさんと会う予定だろうか。
「お待たせしました」
彼は口元を綻ばせて目を細める。
「よく似合ってる」
自分の見立ては間違っていなかったとでも言うようなその自信満々の笑みに頬が赤く熱くなる。
「ただ、一つだけ」
彼は私の髪を結っている簪を抜く。胸まである長い髪がはらりと落ちていく。
「この方が椿の綺麗な髪が映える」
左耳に指が這わされ、髪を耳の後ろに掛けられる。くすぐったくてつぶっていた目を開けると通政さんの顔が目の前に来ていた。
「綺麗だ」
くちびるにキスをされ、ゆっくり彼の顔が離れていく。名残惜しくなる彼のくちびるを悟られないように笑顔を作る。
「ありがとうございます」
「ああ、行こうか」
城の正門を遠目から見た時には人がいっぱいいた。いつもはこんなに人が集まることはない。何かあるのだろうか。
「椿、こっちだ」
彼は裏口から城に入っていく。暗く見通しの悪い通路には蝋燭を持った案内人がいた。
「こちらへ」
少し明るくなったがまだ薄暗い部屋に通される。案内人が部屋の奥の戸を開けたので外が見える……と思ったのだが、赤い垂れ幕が下りていた。部屋の外の濡れ縁に出ると隣の部屋の濡れ縁と繋がっている。ここはきっと回廊だろう。それにしても何も見えない。
ここに立って十分ぐらい経つが何もない。辺りも段々暗くなってきた。通政さんは何も喋らない。
隣の部屋の戸が開く音がしてそちらを見ると沙理と五郎さんが出てきた。
いつぶりだろうか。沙理とは話したいことがいっぱいあるのに会えていなかった。
沙理は持ち前の明るさと好奇心で町の人と仲良くなり、私たちがいた現代の知識を教えていて忙しそうだった。
沙理は今からなにが起きるか知っているのだろうか。沙理もこちらに気づいて手を振ってくれる。顔は何かを企んでいるような笑みだった。
「そろそろ始まります故、ご準備を」
部屋の入り口で待機していた案内人が私たちにだけ聞こえる声で呼びかける。
通政さんを見ると、彼は私に目配せをしてから赤い幕をじっと見つめた。私も同じように彼の横に立ち、赤い幕を見つめる。
城内に法螺貝の大きな音が鳴り響いた。
『いくぞ野郎どもおおおおおお!!!!』
『うおおおおおおお!!!』
幕の向こうから男たちの声が聞こえる。戦を思い出し脚がすくむが、通政さんが肩を抱いてくれたおかげで安心できた。
微かに聞こえていた太鼓の音が次第に音が大きくなり、数も増えていく。
ズドドドドドドドドド……!!!!
心臓に響いて身体が揺さぶられる。これ以上ないぐらいに太鼓のリズムが早まり大きくなったところで幕が下ろされた。
ドンッ!
『祭りだぁぁあああ!!!』
男たちの声が鳴り響くそこにはいくつもの神輿が所狭しと挙げられていた。神輿の上には巨大な神々を模したねぶたが乗っていた。夜の暗がりから浮かぶように出てきた豪華絢爛な神輿に皆の歓声が上がる。
『ワアアァアアアア!!』
次の瞬間、私たちの背後の戸が開かれ、中で灯されていた壁一面の提灯が一斉に姿を現す。真っ暗な世界を赤が取り囲み、太鼓が力強く打ち鳴らされる。尺八と笛の音が混ざり合い、せめぎあう。その中を甲高い音を響かせて摺り鉦が鳴り響く。
「……すごい」
それしか言えなかった。ただ、この一瞬一瞬を逃さないように耳を立て、目を凝らすしかできない。
「祭りだと知らない方が驚くと思ってな」
「確かに……」
でもこれは知っていても驚き、打ちのめされるだろう。こんな迫力のあるものは初めて見た。
「演出は私が提案したんだー」
いつ間にか沙理が隣に来ていた。
「すごいよ沙理! 普通のお祭りより音が派手でテンポが早いのは沙理の好みだよね!」
「そう! よくわかったね」
「めちゃくちゃ好きだもん! すごい、すごいよ!」
猩々緋の半被{はっぴ}を着た男たちが声を張り上げ神輿を持ち上げる熱気をここからでもひしひしと感じる。その周りを取り囲むように子連れの家族や仲睦まじい老夫婦が集まり太鼓の音に身を任せている。城壁に沿って色とりどりの出店が出ており、美味しそうな食べ物の香りもしてくる。
「すごく楽しそう……」
「行っちゃう?」
沙理の魅力的な提案に勢いよく首を縦に振る。
「私も連れて行きなさいよ」
振り向くとめぐさんが腕を組んで仁王立ちしていた。その横で丁寧にお辞儀をする桜さん。
「もちろん!」
めぐさんに近づいて腕に手を回す。
「やっ、やめなさいよ」
「ごめんなさいっ、つい……」
お祭りに気分が上がってしまって馴れ馴れしい事をしてしまった。さっと腕を引っ込めて彼女に謝った。
「そんなに簡単に離さなくたって……」
「えっ?」
小声でボソボソと話すものだから、うまく聞き取れない。
「だから、その……」
「めぐ様は本当に嫌という訳ではなかったようです」
桜さんが横から耳打ちをしてくれる。
「えっ、じゃあ、えっ? どういうこと?」
めぐさんが嫌じゃなかったにしても、さっき振り払われてしまった。もう一度手を回してもいいのだろうか。腕に手をまわされるのは嫌じゃないけど、私にされるのは嫌だという事?
混乱する私の手を取ってめぐさんの腕に手を回させたのは沙理だった。
「きょっ、今日だけなんだから」
どこを見ているかわからないめぐさんの腕をぎゅっとする。
「はいっ!」
目を合わせようとしないめぐさんを連れて歩き出す。
「すぐに行くが、あまり遠くに行くなよ」
「わかった!」
通政さんに元気よく返事をして、四人で子どもの様に階段を駆け降りた。
****
興奮気味で下りていく椿を見て口元が緩む。いつもはしっかりしているのにこんなところは子供のように目を輝かせて楽しむ。そんな椿を隣で見ていたかった。しかし、上様が来るとあってはそれもお預けだ。
「二階の方が景色もよく、全体が見渡せるというのに……」
椿たちと入れ替わるようにして兄が後ろから現れた。全て終わった安堵からか疲労の滲む彼の顔は穏やかだった。
「下でしかわからないこともあるさ」
「現場の方が好きなのはお前と同じだな」
彼はこちらを向いて片目を閉じて合図を送る。俺は片方の口端を上げた。
椿と似ていると言われると悪い気はしない。
「そうかもな」
しばらくの間、兄と共に祭りを眺めていた。
****
「……何をしている?」
通政さんが片方の口端を上げて苦笑いをしている。
なんでそんな顔をしているんだろう?
「お祭りを楽しんでいるんですけど……」
出店の並ぶ人通りの多い道の真ん中。私の手元には苺飴、めぐさんと桜さんの手元にはお団子、沙理は寿司を食べていた。沙理はともかく、他の私達は普通に楽しんでいただけなはず……。
「じゃあそのお面はなんだ?」
(あっ、忘れてた)
「みんなめぐさんに気づいて遠慮しちゃうんです。それだとめぐさんが心から楽しめないから、めぐさんにお面を買って付けたんですけど……」
「私だけお面っておかしいじゃないの」
「ってことでみんなでつけておりました」
めぐさんと桜さんが話を付け加える。
「それにしてもなあ。流石に四人揃って面で顔を全て隠していると怪しすぎるぞ」
通政さんが私のお面を外す。
「あっ、それでみんなちょっと変な顔してたのか」
食べやすくなった苺飴を頬張った。
「ッ!! 嫌だ恥ずかしいわね」
「気付きませんでしたね」
「私は気づいてたけど、面白いから放っておいたー」
沙理が最後の一貫のいくら巻きを大きな口で食べた。
「言ってよ!」
「言いなさいよ!」
「言ってくださいよ!」
「えー楽しかったからいいじゃん」
沙理は空になった竹皮を畳みながら答える。
「確かに……まあいっか」
「顔はバレてないんでしょう? ならいいのよ」
「ですね」
「お母さーん!」
桜さんの子どもが桜さんの足に抱きつく。
「あら、思ったより早く来れたのね、よかった。お父さんは?」
男の子が指差す方向に男性が女の子を抱っこして立っていた。
「今日は終わりよ。家族で楽しみなさい」
めぐさんは桜さんのお面を上げる。
「ありがとうございます」
桜さんは人混みに消えていった。桜さんと入れ替わるようにして
忠さんがこちらに来る。
「通政様、本当に護衛は」
「いらない。今日くらい存分に楽しめ」
「ありがたきお言葉」
忠さんは通政さんに深く頭を下げる。
「忠っちじゃーん」
「沙理様、その呼び方は……」
「いいじゃん。うまい蕎麦屋知ってる?」
「ああ、それなら……ってお手元に竹皮が見えますが」
「祭りの準備で全然食べてなかったからさー。ね?」
「では、ご案内いたします」
「やったあ!」
スキップをする沙理を小走りで追いかける忠さんが小さくなっていく。
「あれは休暇になっているのだろうか」
「うーん、あやしいですね」
でも忠さんも何となく楽しそうにしているような気も……。真面目だから沙理に無理やり合わせている気もするし……。
「本人のみぞ知るってやつですかね」
「考えるの面倒になっただろ」
「あっ、バレました?」
通政さんと顔を見合わせて笑う。
「見せつけないでくれる?」
めぐさんがむすっとした顔で私達を睨んでいた。
「あっ、ごめんなさい」
「可愛い弟とそのお嫁さんをいじめないでくれるかな」
「兄貴」
「っなによ!」
完全に孤立させられてしまっためぐさんは口を尖らせた。
「ほら、めぐ。行くよ。一番いい景色で花火を見よう」
「いやっ!」
「じゃあこれはどうだろう。ここにある屋台の内、めぐの望むもの全てを少しずつ持って来させよう。それを食べながら花火を見るんだ。もちろん風通しのいい天守閣で。どうだ?」
「……行く」
「よし、行くぞ」
「うん……」
めぐさんは通政さんのお兄さんに手を引かれていく。
「めぐさん!」
名前を呼ばれた彼女はこちらに振り向く。
「またね!」
手を大きく振ると、彼女は目を泳がせた後、小さく手を振ってくれた。めぐさんの微かに上がった口角に私も嬉しくなる。
みんな行っちゃったなあと一息ついていると、通政さんが私の手を握った。
「二人きりになったな」
「そうですね」
ぎゅうっと力を入れられて、彼はずっと手を繋ぎたかったのかなと考えてしまう。それなら、私も同じ気持ちだということを伝えたくて、彼の手を握り返した。
「ここから見えるんですか?」
「そうだ。誰もいないし、花火も大きく見える」
私達は城の裏側に位置する大砲台の設置場に来ていた。少し前までは大砲が三十台ほど所狭しと並べられていたが、今は最低限の数である二台になっていた。
向こうの端まで行き石の手摺りに手をついて深呼吸をする。先ほどいた出店とは打って変わって静まりかえっていて、空気も澄んでいた。私達の住んでいる町の近くを流れる川が月明かりに照らされてきらきらと輝いている。
後ろから来た通政さんも同じように手摺に手をつくと同時に最初の花火が上がった。
「わあ!」
一番初めに相応しい、満開の花のように大きな花火が広がっていく。
「綺麗……」
そう呟いた私を通政さんが見た。
「椿の方が綺麗だ……っていうのは月並か?」
「月並みですね」
おかしくて笑った私の後頭部に通政さんの手が回り、彼の元に引き寄せられる。
「ならいっそ、それで行こう」
「そうですね」
通政さんと私は花火の開いては散っていく中、深い口づけを交わした。
「今日も掃除するなんて真面目だねえ」
いつも忙しなく走っている豆腐屋のお兄さんの声が聞こえ顔を上げる。いつもの半被の下にふんどしの着こなしではなく、今日は緩やかにはだけた着流しを着ていた。
「今日は何かあるんですが?」
ここ一週間は町が心なしか落ち着きがないように思っていたが何が起こるのだろうか。
「おや、知らないのかい」
あんちゃんは私の背後を見てニタニタと笑う。
「旦那から教えてもらいな。旦那! またごひいきにー!」
手を大きく振って城の方に向かって行った。私は後ろを振り向きいてすぐ後ろにいる通政さんを見上げる。グレーの着流しに上品な濃紺の羽織を肩にかけて腕を組んでいた。
「このまま秘密にできると思ったんだが、惜しかったな」
「なんですか」
「すまない椿。今日の夕刻まで待ってくれないか。必ず教える」
「わかりました」
彼は腕を組んだまま上半身を倒し私の頬にくちづけを落とし、家に入っていった。
悪い話だろうか。先ほどのあんちゃんの表情を見る限りはいい話だと思う……。というか思いたい。家のことをしていたら夕刻まではあっという間だろう。考えることをやめて石畳を覆う砂を箒で履いていた。
夕飯を作ろうと着物の袖を結んでいると彼が土間にやってきた。
「書類仕事は終わったのですか?」
「ああ。今日は夕飯は作らなくていい」
「昨日も通政さんに作っていただいたんですから、今日は作らせてください」
「気持ちは嬉しいんだが、今日は外で食べる」
「そうでしたか。では自分用に簡単なものを作って食べておきますね」
「椿もだ」
「……今朝のことと関係があります?」
「そうだ。だから何も聞かずにこれを着てついてきてくれ」
彼の手元には鮮やかな紅色の着物があった。大きな朝顔の模様が美しく、控えめに金色の刺繍が施されていて一目で高級なものだとわかる。普段とは違うことがあるのだとわかる。高級料亭にでも行くのだろうか。それともお偉いさんと会う予定だろうか。
「お待たせしました」
彼は口元を綻ばせて目を細める。
「よく似合ってる」
自分の見立ては間違っていなかったとでも言うようなその自信満々の笑みに頬が赤く熱くなる。
「ただ、一つだけ」
彼は私の髪を結っている簪を抜く。胸まである長い髪がはらりと落ちていく。
「この方が椿の綺麗な髪が映える」
左耳に指が這わされ、髪を耳の後ろに掛けられる。くすぐったくてつぶっていた目を開けると通政さんの顔が目の前に来ていた。
「綺麗だ」
くちびるにキスをされ、ゆっくり彼の顔が離れていく。名残惜しくなる彼のくちびるを悟られないように笑顔を作る。
「ありがとうございます」
「ああ、行こうか」
城の正門を遠目から見た時には人がいっぱいいた。いつもはこんなに人が集まることはない。何かあるのだろうか。
「椿、こっちだ」
彼は裏口から城に入っていく。暗く見通しの悪い通路には蝋燭を持った案内人がいた。
「こちらへ」
少し明るくなったがまだ薄暗い部屋に通される。案内人が部屋の奥の戸を開けたので外が見える……と思ったのだが、赤い垂れ幕が下りていた。部屋の外の濡れ縁に出ると隣の部屋の濡れ縁と繋がっている。ここはきっと回廊だろう。それにしても何も見えない。
ここに立って十分ぐらい経つが何もない。辺りも段々暗くなってきた。通政さんは何も喋らない。
隣の部屋の戸が開く音がしてそちらを見ると沙理と五郎さんが出てきた。
いつぶりだろうか。沙理とは話したいことがいっぱいあるのに会えていなかった。
沙理は持ち前の明るさと好奇心で町の人と仲良くなり、私たちがいた現代の知識を教えていて忙しそうだった。
沙理は今からなにが起きるか知っているのだろうか。沙理もこちらに気づいて手を振ってくれる。顔は何かを企んでいるような笑みだった。
「そろそろ始まります故、ご準備を」
部屋の入り口で待機していた案内人が私たちにだけ聞こえる声で呼びかける。
通政さんを見ると、彼は私に目配せをしてから赤い幕をじっと見つめた。私も同じように彼の横に立ち、赤い幕を見つめる。
城内に法螺貝の大きな音が鳴り響いた。
『いくぞ野郎どもおおおおおお!!!!』
『うおおおおおおお!!!』
幕の向こうから男たちの声が聞こえる。戦を思い出し脚がすくむが、通政さんが肩を抱いてくれたおかげで安心できた。
微かに聞こえていた太鼓の音が次第に音が大きくなり、数も増えていく。
ズドドドドドドドドド……!!!!
心臓に響いて身体が揺さぶられる。これ以上ないぐらいに太鼓のリズムが早まり大きくなったところで幕が下ろされた。
ドンッ!
『祭りだぁぁあああ!!!』
男たちの声が鳴り響くそこにはいくつもの神輿が所狭しと挙げられていた。神輿の上には巨大な神々を模したねぶたが乗っていた。夜の暗がりから浮かぶように出てきた豪華絢爛な神輿に皆の歓声が上がる。
『ワアアァアアアア!!』
次の瞬間、私たちの背後の戸が開かれ、中で灯されていた壁一面の提灯が一斉に姿を現す。真っ暗な世界を赤が取り囲み、太鼓が力強く打ち鳴らされる。尺八と笛の音が混ざり合い、せめぎあう。その中を甲高い音を響かせて摺り鉦が鳴り響く。
「……すごい」
それしか言えなかった。ただ、この一瞬一瞬を逃さないように耳を立て、目を凝らすしかできない。
「祭りだと知らない方が驚くと思ってな」
「確かに……」
でもこれは知っていても驚き、打ちのめされるだろう。こんな迫力のあるものは初めて見た。
「演出は私が提案したんだー」
いつ間にか沙理が隣に来ていた。
「すごいよ沙理! 普通のお祭りより音が派手でテンポが早いのは沙理の好みだよね!」
「そう! よくわかったね」
「めちゃくちゃ好きだもん! すごい、すごいよ!」
猩々緋の半被{はっぴ}を着た男たちが声を張り上げ神輿を持ち上げる熱気をここからでもひしひしと感じる。その周りを取り囲むように子連れの家族や仲睦まじい老夫婦が集まり太鼓の音に身を任せている。城壁に沿って色とりどりの出店が出ており、美味しそうな食べ物の香りもしてくる。
「すごく楽しそう……」
「行っちゃう?」
沙理の魅力的な提案に勢いよく首を縦に振る。
「私も連れて行きなさいよ」
振り向くとめぐさんが腕を組んで仁王立ちしていた。その横で丁寧にお辞儀をする桜さん。
「もちろん!」
めぐさんに近づいて腕に手を回す。
「やっ、やめなさいよ」
「ごめんなさいっ、つい……」
お祭りに気分が上がってしまって馴れ馴れしい事をしてしまった。さっと腕を引っ込めて彼女に謝った。
「そんなに簡単に離さなくたって……」
「えっ?」
小声でボソボソと話すものだから、うまく聞き取れない。
「だから、その……」
「めぐ様は本当に嫌という訳ではなかったようです」
桜さんが横から耳打ちをしてくれる。
「えっ、じゃあ、えっ? どういうこと?」
めぐさんが嫌じゃなかったにしても、さっき振り払われてしまった。もう一度手を回してもいいのだろうか。腕に手をまわされるのは嫌じゃないけど、私にされるのは嫌だという事?
混乱する私の手を取ってめぐさんの腕に手を回させたのは沙理だった。
「きょっ、今日だけなんだから」
どこを見ているかわからないめぐさんの腕をぎゅっとする。
「はいっ!」
目を合わせようとしないめぐさんを連れて歩き出す。
「すぐに行くが、あまり遠くに行くなよ」
「わかった!」
通政さんに元気よく返事をして、四人で子どもの様に階段を駆け降りた。
****
興奮気味で下りていく椿を見て口元が緩む。いつもはしっかりしているのにこんなところは子供のように目を輝かせて楽しむ。そんな椿を隣で見ていたかった。しかし、上様が来るとあってはそれもお預けだ。
「二階の方が景色もよく、全体が見渡せるというのに……」
椿たちと入れ替わるようにして兄が後ろから現れた。全て終わった安堵からか疲労の滲む彼の顔は穏やかだった。
「下でしかわからないこともあるさ」
「現場の方が好きなのはお前と同じだな」
彼はこちらを向いて片目を閉じて合図を送る。俺は片方の口端を上げた。
椿と似ていると言われると悪い気はしない。
「そうかもな」
しばらくの間、兄と共に祭りを眺めていた。
****
「……何をしている?」
通政さんが片方の口端を上げて苦笑いをしている。
なんでそんな顔をしているんだろう?
「お祭りを楽しんでいるんですけど……」
出店の並ぶ人通りの多い道の真ん中。私の手元には苺飴、めぐさんと桜さんの手元にはお団子、沙理は寿司を食べていた。沙理はともかく、他の私達は普通に楽しんでいただけなはず……。
「じゃあそのお面はなんだ?」
(あっ、忘れてた)
「みんなめぐさんに気づいて遠慮しちゃうんです。それだとめぐさんが心から楽しめないから、めぐさんにお面を買って付けたんですけど……」
「私だけお面っておかしいじゃないの」
「ってことでみんなでつけておりました」
めぐさんと桜さんが話を付け加える。
「それにしてもなあ。流石に四人揃って面で顔を全て隠していると怪しすぎるぞ」
通政さんが私のお面を外す。
「あっ、それでみんなちょっと変な顔してたのか」
食べやすくなった苺飴を頬張った。
「ッ!! 嫌だ恥ずかしいわね」
「気付きませんでしたね」
「私は気づいてたけど、面白いから放っておいたー」
沙理が最後の一貫のいくら巻きを大きな口で食べた。
「言ってよ!」
「言いなさいよ!」
「言ってくださいよ!」
「えー楽しかったからいいじゃん」
沙理は空になった竹皮を畳みながら答える。
「確かに……まあいっか」
「顔はバレてないんでしょう? ならいいのよ」
「ですね」
「お母さーん!」
桜さんの子どもが桜さんの足に抱きつく。
「あら、思ったより早く来れたのね、よかった。お父さんは?」
男の子が指差す方向に男性が女の子を抱っこして立っていた。
「今日は終わりよ。家族で楽しみなさい」
めぐさんは桜さんのお面を上げる。
「ありがとうございます」
桜さんは人混みに消えていった。桜さんと入れ替わるようにして
忠さんがこちらに来る。
「通政様、本当に護衛は」
「いらない。今日くらい存分に楽しめ」
「ありがたきお言葉」
忠さんは通政さんに深く頭を下げる。
「忠っちじゃーん」
「沙理様、その呼び方は……」
「いいじゃん。うまい蕎麦屋知ってる?」
「ああ、それなら……ってお手元に竹皮が見えますが」
「祭りの準備で全然食べてなかったからさー。ね?」
「では、ご案内いたします」
「やったあ!」
スキップをする沙理を小走りで追いかける忠さんが小さくなっていく。
「あれは休暇になっているのだろうか」
「うーん、あやしいですね」
でも忠さんも何となく楽しそうにしているような気も……。真面目だから沙理に無理やり合わせている気もするし……。
「本人のみぞ知るってやつですかね」
「考えるの面倒になっただろ」
「あっ、バレました?」
通政さんと顔を見合わせて笑う。
「見せつけないでくれる?」
めぐさんがむすっとした顔で私達を睨んでいた。
「あっ、ごめんなさい」
「可愛い弟とそのお嫁さんをいじめないでくれるかな」
「兄貴」
「っなによ!」
完全に孤立させられてしまっためぐさんは口を尖らせた。
「ほら、めぐ。行くよ。一番いい景色で花火を見よう」
「いやっ!」
「じゃあこれはどうだろう。ここにある屋台の内、めぐの望むもの全てを少しずつ持って来させよう。それを食べながら花火を見るんだ。もちろん風通しのいい天守閣で。どうだ?」
「……行く」
「よし、行くぞ」
「うん……」
めぐさんは通政さんのお兄さんに手を引かれていく。
「めぐさん!」
名前を呼ばれた彼女はこちらに振り向く。
「またね!」
手を大きく振ると、彼女は目を泳がせた後、小さく手を振ってくれた。めぐさんの微かに上がった口角に私も嬉しくなる。
みんな行っちゃったなあと一息ついていると、通政さんが私の手を握った。
「二人きりになったな」
「そうですね」
ぎゅうっと力を入れられて、彼はずっと手を繋ぎたかったのかなと考えてしまう。それなら、私も同じ気持ちだということを伝えたくて、彼の手を握り返した。
「ここから見えるんですか?」
「そうだ。誰もいないし、花火も大きく見える」
私達は城の裏側に位置する大砲台の設置場に来ていた。少し前までは大砲が三十台ほど所狭しと並べられていたが、今は最低限の数である二台になっていた。
向こうの端まで行き石の手摺りに手をついて深呼吸をする。先ほどいた出店とは打って変わって静まりかえっていて、空気も澄んでいた。私達の住んでいる町の近くを流れる川が月明かりに照らされてきらきらと輝いている。
後ろから来た通政さんも同じように手摺に手をつくと同時に最初の花火が上がった。
「わあ!」
一番初めに相応しい、満開の花のように大きな花火が広がっていく。
「綺麗……」
そう呟いた私を通政さんが見た。
「椿の方が綺麗だ……っていうのは月並か?」
「月並みですね」
おかしくて笑った私の後頭部に通政さんの手が回り、彼の元に引き寄せられる。
「ならいっそ、それで行こう」
「そうですね」
通政さんと私は花火の開いては散っていく中、深い口づけを交わした。
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