草履とヒール

九条 いち

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最終話

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 八章  数年後



 民家の新築作業現場で指示を出していく。万屋の店主から依頼された物件だ。赤煉瓦をアクセントに用いた木造の邸宅を建てたいという要望に応えるために一ヶ月練りにねった物件だ。
「土台は檜でお願いします。造作の棚が欅{けやき}です」
「了解! 的確な指示のおかげで予定通り午前中で済みそうだな」
 手拭いをくるくると丸めて頭に巻いている大工のおじちゃんがニカっと太陽似のように笑う。私は用済みになった図面を丸めて厚紙でできた筒の中に入れていく。
「そんなっ。皆さんの作業が早いおかげです。施主さんも予定より早く家ができると聞いて喜んでました」
「家が完成するまでの間借り代も馬鹿にならんからなあ。まあ万屋の旦那なら屁でもないかもしれんがな」
「それはありますね」
 万屋はここらで一番大きな店だ。そこの家主ということもあって普通の家を建てる五倍の資金を用意していた。最初は素晴らしい建物が設計できるという喜びが強かった。しかし、通常の何倍もの広さを設計するにあたって勝手のわからないことがたくさん出てきて戸惑うことも多かった。深夜に図面を描き直したり、寸法の再計算が必要になったりで忙しい時は通政さんが側にいて支えてくれた。彼のおかげでここまで漕ぎつけられたと思う。
「まあよかったよかった。あそこの土台が一通り組み終わったら帰るな」
「わかりました」
「よっしゃ。あとちょっとや」
 大工のおじちゃんは首を回してコキコキと鳴らすと、作業をしている若い衆の元に歩いて行った。
 今日は私も帰ろうかな。通政さんもお仕事お休みだし。
 あれから目まぐるしい早さで明治維新が起こり、町を歩く人の服は着物から洋装に変わった。男性は帽子を被るようになり、女性は袴にブーツを合わせるようになった。通政さんは海外から入ってきた洋服を日本人に広めるショーモデルの仕事をしながら、自分の道場で子ども達に剣道を教えている。
「椿」
 聴きなれた心地いい声。
「通政さん! 家でゆっくりしているのかと」
「椿に見せたい物があってな。仕事は終わりそうか?」
「あそこの作業だけなので、私の仕事はもう終わりましたよ」
「そうか。ならよかった。来てくれ」
 通政さんが私の腕を引いて城に歩いていく。いつもは歩幅を合わせて歩いてくれる彼が珍しく急いでいる。私は小走りで彼について行った。
「黒雲。久しぶりだね」
 城の門前で黒雲が待っていた。最後に会ってから一年ぶりだろうか。久しぶりにあった黒雲は相変わらず元気で逞しかった。首筋を撫でると彼が嬉しそうに目を細めた。通政さんが言っていたのって黒雲のことだったのか。
「会わせてくれてありがとうございます」
「ああ。だが、まだある」
「えっ?」
 通政さんは黒雲に乗ると、私に手を差し伸べた。
「行くぞ」

 黒雲に乗り、彼の背中に掴まっていると彼らは森の中に入って行った。全く知らない道だったが、次第に見覚えのある景色が出てきた。
「ここって……」
「ああ」
 黒雲が足を止める。通政さんが先に降りて両手を広げて待っていてくれる。私は通政さんに抱きつくように黒雲から降りた。
 ここは転移してきた時に初めにいた場所だ。ブーツの下で乾燥した落ち葉が割れる音がする。
「実は見せたい物じゃなくて、会わせたい人がいるんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ」
 こんな所まで来るなんて誰だろう。ここにはあまりいい思い出がない。今でもあの時の賊達の姿が思い浮かぶ。何人もの人が動き周り、そこら中で音がしていた。 それに比べて今はとても静かだ。過去の記憶が強いからか、私と通政さん以外誰もいないのが不思議に思える。
「それで、会わせたいっていうのは? ここはあんまり好きじゃなくて……」
 通政さんが目配せをして私に後ろを振り向くように促した。私が後ろを向くと同時に落ち葉を踏む複数の足音が聞こえた。

 次の瞬間、この場所が私の好きな場所になった。
『姉ちゃん!』
『椿っ!』
 目の前には学生服を着た将暉と少し背の縮んだ母の姿があった。彼らの温かい眼差しに視界が滲んでいく。
「将暉っ、お母さんっ!」
 私は二人の元に駆け寄り、思いっきり抱きついた。

 
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