この愛を思い知れ

我利我利亡者

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「嫌だ、エリック。やだぁ……!」
 涙を零しながらユージーンは拒絶の言葉を口にする。その表情は苦痛に歪み、声は悲しみで震えていた。しかしエリックはそんなユージーンを意に介した様子もなく、ジュッとユージーンの首筋に吸い付いてもう何個目か分からない痕を残し、後孔にグップリと咥え込ませた指を動かしてユージーンを甘く苛んだ。新しく生まれた快感に白い喉から甲高い悲鳴を絞り出し、ユージーンは眉を顰めてまた涙を零した。
 エリックに散々弄ばれたユージーンの体は、もうとっくの昔に力が入らなくなっている。拘束は解かれていても逃げるどころか指先を動かすのが精一杯な有様だ。それをいい事にエリックはさっきからユージーンを相手にヤりたい放題である。とは言ってもユージーンはエリックに痛い事や血の出るような事は一切されていない。辛い事や苦しい事も……という訳ではないが、少なくとも死に瀕する様な事は一切されていなかった。
 しかし、その分あの手この手で全身の性感帯を刺激されて泣きが入るまで責め立てられているのだから、堪ったものじゃない。エリックの手で快楽を積み重ねられる度に、ユージーンは体を跳ねさせか細い鳴き声を上げた。
「さっきから嫌だ、嫌だと言ってばかりの癖して、体はこんなに喜んでいるじゃねぇか。この淫乱め」
「ち、違」
「どこが違うんだ? えぇ?」
「んぁっ!」
 乱暴な言葉とは裏腹にエリックが丁寧な手付きでユージーンの後ろに差し込んだ指を動かせば、ユージーンは甘苦しい声を上げて身悶えする。その様子をエリックは満足そうに、しかしどこか傷付いたような仄暗い瞳で見ていた。
「おい、へばってんじゃねぇぞ。本番はこれからなんだからな」
 そう言うとエリックは差し込んでいた指を引き抜き体を起こす。そして最早意識朦朧としているユージーンの目の前で、ズボンの前を寛げ始めた。ユージーンはそんなエリックの一挙手一投足をボーッと無感情に眺める事しかできない。
 エリックと体を重ねる時は必ず、いつでも痛いくらいにユージーンの胸は高鳴っていた。それは性的な快楽からの興奮のせいではなく、好きな相手に見かけ上だけでも求められているのだという充足感からの事象だ。しかし、今は不思議な程に心身は芯から冷えきっている。無理もない。だってユージーンは分かっていた。今からエリックが自分を抱こうとしているのは手元から逃げようとした所有物に対する単なる怒りの発散と、執着心を爆発させたからであって、この行為には仕置以外の意味は微塵も含まれていないと。
 ユージーンは思考がボヤける頭で考える。自分はどこで間違ってしまったのだろうかと。ただ、エリックと幸せになりたい。それが無理ならエリックだけでも幸せになってもらいたかった。それだけだったのに。たったそれだけの願いすら叶わない。自分の願いはそんなにも度が過ぎたものなのだろうか? 胸が苦しくて堪らない。最早ユージーンの心を支配するのは、絶望の一色だけだ。
 全ての準備を終えたエリックが、自らの切っ先を入口に添えながらキスをしようとユージーンの顔に自分の唇を寄せてくる。心は挫け、体は動けなくなったユージーンは、それを拒めない。ただ、虚ろな瞳で迫り来るエリックの顔を見詰める。焦点が合わなくなる程顔が近づき、互いの唇に息がかかり、そして。
「……クソッ! こんなの、止めだ、止め!」
 正に2人の唇が触れ合わんと言ったところで、エリックは忌々しげにそう吐き捨てて体の距離を離した。そのまま苛立ちを隠しもせず乱暴に自らの髪の毛を掻き上げ、ユージーンには背を向け荒々しくベットの縁に腰を下ろす。それから腹立たしげに項垂れ、大きな溜息を1つついた。
「畜生! こんな事がしたかった訳じゃないってのに、それなのに……! なあ、ジーン。お前はどうしたら俺のものになる? どうやったらお前の全てが手に入る? 俺には分からない。何をやっても、遠のくばかりだ……」
 エリックのその言葉が、ユージーンには不思議でならない。どうしたらも何も、とっくの昔にユージーンの全てはエリックのものだ。奴隷としての所有権は勿論、ユージーンの心までもがエリックに向いている事は、賢いエリックならとっくの昔に気がついているだろうに。ユージーンの全てはエリックのものなのに、エリックはどんなに僅かな一部だろうとユージーンのものにはならない。その癖まだ求めるなんて、エリックはこれ以上何が欲しいのだと言うのだろうか。何もかもが理解し難い。だからユージーンは思わずこう口を滑らせた。
「何を言っているの? 僕の全部は、あなたのものでしょう?」
 ユージーンからしてみれば本心からの偽らざる言葉だ。しかし、エリックはこの言葉が酷く気に入らなかったらしい。その台詞を聞くや否やガバリと勢いよく振り返ったかと思うと、まるで痛みを堪えているかのような苦しげな表情をしてユージーンを睨みつけ、殆ど叫ぶようにして言葉を投げつける。
「俺のもの? どこがだよ! 俺はお前が欲しくて……欲しくて欲しくて欲しくて、その為なら何だって捧げられると思ったし、実際捧げたんだ! その事に後悔はないし、結果としてこうしてお前との時間を手に入れられて良かったと思っている。でも、1番欲しいお前の心が、どうしても手に入らない。何度同じ食事を摂っても、何度同じ家で過ごしても、何度体を重ねても……どうしても、手に入らない……」
 最後の方は殆ど哀切極まりない絞り出すような響きの言葉だった。悲痛な表情で切々と訴えかけるエリックのその様子に、ユージーンは酷く混乱する。いつになく取り乱し感情を露わにするエリックの言葉が、ユージーンにはちっとも理解できない。まるでエリックがユージーンを、その心を、愛を切望するかのような言葉の数々。どうして? そんな筈ない。だって、エリックにとってユージーンはただの憎い復讐の対象で、心を捧げた相手は別に居て、最近ではもうすっかりその人と過ごす方に興味を奪われていた筈で……。
「何、それ……。まるで、あなたが僕の事を愛してるみたいな……」
「はぁ? 何言ってんだ? 惚けやがって、今更俺の気持ちを知らないだなんて言わせねぇぞ! 食事に生活その他全て、あれだけ散々尽くされておいて分からなかったとは言わさねぇからな!」
「えっ? そ、それは、全部復讐の為なんじゃ……」
「復讐? 何を訳の分からねぇ事言ってんだ! 復讐相手をあんな風に全身全霊で可愛がる訳ねぇだろうが! それとも何か? お前は憎い相手の面倒を見て持て成すのが復讐になると思ってんのか? 訳分かんねぇ! 頭可笑しいんじゃねぇのか!?」
「でも、憂さ晴らしと復讐の為にあんな……。その、み、淫らな事をしてたんじゃ……」
「はあぁ!? 何っじゃそりゃ!? 嫌いな奴相手に勃つ訳ねぇだろ! 気持ちがないのに抱けるかよ! それじゃあ何か!? ようやく据が消えてお互い自由の身になって、何も遠慮する必要が無くなったと思って俺が浮かれポンチになって体を重ねてただけで、お前は嫌々抱かれてたって訳かよ!?」
 エリックのこの明け透けな言葉にユージーンは返事ができず、思わず目を見開いて黙り込んでしまう。エリックの台詞は筋が通って至極真っ当に聞こえ、だからこそ自分が酷い思い違いをしていたのではないかという可能性を眼前に突き付けられたからだ。二の句を告げられずモゴモゴと口篭るユージーンに、エリックは混乱と激情を隠しもせずに叫ぶ。
「そもそも何を復讐するって言うんだよ! 俺はお前に大切に扱われた事はあっても、復讐したいと思うような酷い扱いを受けた覚えはねぇぞ!」
「で、でも……。屋敷にいた頃、僕なんかを嫌々抱かせちゃったじゃんか」
「だぁーかぁーらぁ! 嫌いな奴相手には勃たねぇつってんだろうが! 例え命じられたからって嫌ってる相手に勃つわきゃねぇ! 俺はこれまでお前に誘われて喜んでのしかかった事はあっても、嫌々抱いた事は1度もねぇよ!」
 この言葉に今度こそユージーンは絶句した。嫌いな奴相手には勃たないし、嫌々抱いた事もない。むしろ話を聞く限りじゃ、エリックは喜んでユージーンを抱いていたと。それが意味するのはつまり、エリックはユージーンの事を嫌ってなんかいない。それどころか、エリックはユージーンの事を……。ようやく全てを理解したユージーンの顔に一気に血が昇り、ボンッと赤くなる。ユージーンはずっと、エリックに気持ちを向けてもらうなんて叶わない夢だと思っていた。それがまさか、こんな形で叶うなんて……。まだ問題は全て解決していないしそんな場合じゃないのは分かっていたが、ユージーンは顔に血が上って赤くなり火照らせてしまうのを止められなかった。そんなユージーンを訝しむように見ていたエリックだったが、元々賢い人間だ。急に照れてまごつき始めたユージーンを見て、全てを察したらしい。驚愕を如実に表し目を見開く。
「お、おい、ジーン。まさか……たった今、俺の気持ちに気が付いたなんてそんな事言わないよな……?」
「……その、まさかです……」
「なっ、そ……!」
 ユージーンの激白に、絶句して固まるエリック。信じられないものを見る目でユージーンを見ている。暫くお互い驚きを隠せず無言で見つめ合っていたが、いつでもそのままな訳もなく。先にエリックが我を取り戻し、震える舌を叱咤して疑問を口にした。
「そ、それじゃあ、あれか? 若しかしての話なんだが……。俺達が両思いで心が通じあっているってのも……?」
「両思いなのは確かだけど……。この様子を見た限りじゃ、心は通じあってなかったみたいだね」
 その台詞を受けて酷くショックを受けた様子を見せるエリック。心が通じあっていなかったという言葉に傷ついたのだろう。ユージーンはそんなエリックの様子になんだか申し訳なさを覚えたが、しかしこればかりはどうしようもない。話し合いもろくにせずにここまで来ておいて、お互い分かりあえていると思う方が無理な話ではないか。事実は事実として、潔く認めなくては。
「えっと……エリック? どうやら僕達、話し合いが必要なみたいだね」
「……そのようだな」
 エリックがユージーンの体に手を伸ばす。何をされるのかとユージーンが身を強ばらせる前にエリックは手早く彼の体を起こし、背中の後ろに枕を差し込んで座れるようにしてくれた。ユージーンの乱れた格好に一瞬気まずそうに視線をさ迷わせてから、掛け布団を引っ張ってその体にかける。それから自らもある程度服装を整え、ユージーンの方を向いて座り直した。ゴホンと1つ咳払いをしてから、エリックは口を開く。
「えっと、先ず……。ジーンは俺達の出会いから今までの経緯いきさつを、どう捉えているんだ? 言い難い事もあるかもしれないが、ここは率直に包み隠さず言ってくれ」
「うーん……最初は、エリックが僕の一族の悪事を摘発する為に、奴隷として僕の一族の屋敷に潜入したんだよね? エリックも捜査官なんでしょう?」
「ジーンの家族がやった悪事を捜査しようと潜入したのは合ってるが、俺は捜査官じゃない。今でこそ上げた手柄のお陰で市民権を得てるが、俺は奴隷階級の両親の元に生まれた家内奴隷だ。潜入は危険な任務だし、仕事の為とは言え一時的にでも奴隷の身分になるのを自由市民である本来の捜査官が嫌がったんだ。それで、そこら辺の奴隷市場で適当に買われた俺が、使い捨ての道具として潜入させられたんだ」
 この言葉にユージーンは驚いて目を見開く。牢に閉じ込められていた時に牢番からエリックは貧しい生まれだと聞いてはいたが、まさか奴隷だったとは。ユージーンの一族は敵や自らの利益を害する相手には情け容赦のない対応をしていた。その事を思えば奴隷として敵地に単身潜入する任務は、捜査機関に所属するからには市民階級の中でも恵まれた地位にいるであろう捜査官達には、とてもじゃないが耐えられなかったのだろう。その点奴隷なら命令されたら主人に逆らえないし、仮に任務が失敗しても買い換えればいい。そんなあんまりな理由の元、エリックは命のかかった命令を受けさせられたのだ。
「最初に命令の内容を聞いた時、俺はもう二度とまともには生きられないと思っていたんだ。任務は命の危険が伴う過酷なものだったし、ジーンの家族は残虐で冷酷無比な事で有名だったから、少しでも怪しい動きを見せればそれだけで直ぐ手足を落とされて、正体でもバレようものなら拷問を受けて殺されるのは確実だったからな。生きて無事に任務を達成できるなんて、周囲の人間は疎か俺自身だって思っていなかった。でも……俺が世話をするように言われたジーンは、音に聞こえた凶悪な一族の一員とは思えない程純粋で、俺がそれまで出会った誰よりも優しかった。奴隷の俺を買い替えのきく消耗品としてではなく1人の人として扱ってくれたのは、ジーンが初めてだった」
「……僕も、初めてだったよ。僕の事を能無しの屑とか、いいように使う為の道具とかではなく、一人の人として見て貰えたのは。エリックが初めて僕を人間扱いしてくれて、そこから僕の人生が始まったんだ。だからこそエリックが奴隷に身を落とした僕を所有するって聞いた時、今までいいように扱った分やり返されるんだとしても、君の為なら立派に務めて見せようって思ったんだし」
「……ん? いや、待て待て待て。だからさ、さっきからずっと疑問なんだが、どうしてジーンはそんな風に俺が嫌々お前に尽くしてたみたいに言うんだ?」
「だって僕、エリックに色々仕事させちゃったし。それに、か、下半身の面倒だってみさせて……」
 ユージーンがこう言うとエリックは何とも言えない表情を作ってハァーッと大きく溜息を着く。どうしたというのだろう? ユージーンには訳が分からなかった。だって、普通に考えたら身分が奴隷だからって、ユージーンのように無駄に懐いて纏わりつく子供の世話なんてやりたくないに決まってる。どこをどう間違えてエリックがユージーンの事を好きになってくれたのか知らないが、好意を抱いたのはきっと主人と奴隷の立場が逆転してからに違いない。ユージーンはそう考えたのだ。
「ジーン、お前はなんにも分かっちゃいない。考えても見ろ? 死を覚悟して行った先で夢みたいに綺麗な人に慕われて、年頃の男が相手を意識しないでいられると思うか? 初めての顔合わせでこちらに向かっておずおずと優しく笑うお前に、俺は一目で夢中になったんだぜ? それに、嫌じゃなかったか聞きたいのはこっちの方だ。お前の知識が乏しいのをいい事にまんまと付けこんで、どうせいつ死ぬか分からないんだからと言い訳して、俺はお前に無体を働いたんだぞ?」
「無体なんてただの1度も働かれてないよ! 僕はエリックから望んだ以上に素晴らしい事を体験させてもらった事はあるけど、嫌な事は全くされてないもん!」
「なら、俺達はお互いに相手に対して一切の無理強いはせず、自ら望んで体を繋げたと考えていいな?」
 質問しながら頬を撫でてくるエリックに、ユージーンはコクリと大きく頷く。その事を素直に認めるのは少し恥ずかしかったが、紛れもない事実だし変に躊躇ったり誤魔化すべきではないと判断したからだ。それを受けてエリックはホッと安心したように小さく息を吐く。その大きな手がユージーンの肌の上を滑って、頬から後頭部に移動し後ろ髪を優しく梳いた。
「なんにせよ、ジーンは自分が俺に好かれてないと勘違いをして、俺が復讐の為にお前を所有したと思ったのか」
「だって、僕の頭ではそうとしか考えられなくて……。本当はどうしてなの?」
「普段の態度でジーンが俺の事を好いてくれてるのは分かり切ってたからな。潜入捜査の終わりがけに『今まで以上に頑張って情報を渡す代わりに、この一族の1人であるユージーンという子供を将来的に俺の所有物にしたい』って交渉したんだ。どの道ユージーンが他所の汚ぇオッサンの所に婿入りしちまう前に、決着をつけねぇといけないってのもあって急いでいたから、ついでにそこに理由をこじつけて手柄にしちまえば一石二鳥だろ? それで褒美に犯罪奴隷にされてしまうジーンの所有権を貰えれば、万々歳だ。事は上手く運んで、多少時間はかかったが目論見通りユージーンは手に入ったし恩赦ももぎ取れて肉刑もなしになった。働きぶりを見込まれて市民権を得ると共に捜査官の職にもありつけたし、俺としては両思いのお前と悠々自適に暮らすつもりだったのに……。まさかジーンが俺の気持ちに気がついていなかったとは。これは大きな誤算だった」
「うっ、鈍くてごめんなさい……」
「謝らなくていい。両思いに胡座をかいてきちんと気持ちを通じ合わせる努力を怠ったのは俺の落ち度だ。それに、今はこうして分かり合えたんだから、それでよしとしよう」
 ショボンと落ち込んで項垂れたユージーンを、エリックは優しく抱き寄せる。ユージーンがその筋肉の盛り上がった肩に頭を預けると、エリックは優しく彼の頭を撫でてくれた。その事に嬉しくなってユージーンが頬を擦り寄せれば、エリックはこめかみの上に柔らかくキスを落としてくれる。たったそれだけの事で、ユージーンは胸の内に堪らない程の幸福感が込み上げてくるのをありありと感じた。
「あ、でも……。それなら、最近帰りが遅いのはどうして? あなたの気持ちを疑う訳じゃないけど……ただの仕事じゃないよね? この間遅く帰った時、香水の香りがしてたし……」
「あー……それは……」
 エリックは気まずそうに口篭り、モゴモゴと言葉を口内で転がす。ユージーンのエリックを疑う訳ではないという台詞は本心からのものだったが、だからってこんな曖昧な煮え切らない態度を取られて不安にならない訳ではない。途端に不安で表情を曇らせたユージーンに、エリックは慌てて弁明を始める。
「待て! 勘違いしないでくれ! あれは断じて浮気とかじゃないんだ! ただ、その……。先ずは最近俺の帰りが遅かった理由から話させてくれるか?」
「それは、お仕事があったからじゃないの?」
「確かに、帰りが遅かったのは仕事だからだ。だが、ただの仕事じゃない。を押し通す為に、上に無茶な願いを飲ませる引き換えとして難しい仕事を沢山させられていたんだ」
「ある、要望……?」
 コテン、と首を傾げたユージーンにエリックはああそうだ、と頷く。まだ少し不安に揺れるユージーンの瞳を至近距離から覗き込み、髪を指でゆっくりと梳きながら、エリックはユージーンに語りかけ続けた。
「その……。ジーンは家族が犯した罪の割を食って、身分が奴隷階級に落ちちまったろ? だから、もう一度市民階級に戻して、今度こそ自由にできないか上に掛け合ったんだ。自由市民なら男同士でも結婚できるしな。最初は犯罪奴隷だからって渋られたが、俺が難しい仕事をいくつもこなして、更には大金でジーンの市民権を国から買い上げれば、ユージーンを奴隷身分から永久に解放して貰えると最終的には確約して貰えた。向こうはどうせ途中で音を上げると思ってたみたいだが、俺は必死になってジーンの市民権を買い取ろうと頑張ったんだ」
「そ、そうだったんだ……。あ、ま、まさか、エリックが僕なんかを解放する為に一生懸命なのが面白くなくて、色仕掛けみたいな任務をさせられたの? それで、香水の香りが体に付いたんじゃ……」
「あー、確かに上から嫌がらせの一環としてそういった類の任務は受けさせられた。でも、俺が好きなのはあくまでもジーンだけだからな。全部上手くあしらって決定的な事は一切していない。誓ってもいいぞ」
「でも、それならどうして香水の香りが付いたの? あれ、明らかに女物の香りだったよ?」
「あれは、外で汗だくになって働いた日の事で、本当なら家に帰る余裕があるくらいなら職場に泊まって少しでも休憩をしなきゃいけないくらい疲れてたんだが、もう何日もジーンに会ってなくて色々と限界で……。それで無理してでもお前の顔を見に家に帰ることにしたんだが、さっきも言った通り汗だくで全身汚れていてな。本当ならシャワーを浴びてから帰るべきだったんだが、そんな余裕もなくて。でもお前の前に酷い匂いで出ていく訳にも行かないしと思って、苦肉の策で変装用に用意されてる備品の香水を拝借して自分にかけたんだ。あの時はもう、香水が男用か女用か気にする余裕もなかった」
 エリックのこの言葉に、ユージーンは成程と納得をする。女物の香水の香りはエリックが疲れた頭で何とか捻り出したなるだけ早く家に帰る為の策。体を押しのけられたのは、香水をかけただけで汚れは落とせていない体を触れられたくなかったから。決してエリックがユージーンを嫌っていたからではなく、それどころかむしろ好きでいてくれたからこそ、あんな事になったのだ。そうと分かれば、ユージーンの中にあったエリックに対する疑念はあっという間に氷解していった。
「僕の為にそこまで頑張ってくれてたなんて……。凄く嬉しいよ、エリック」
「そうだよ。俺、頑張ったんだ。それなのにジーンってば人が忘れ物取りに帰ってきたら家を出ていこうとしてるし……。本当に肝が冷えた」
「ご、ごめん……。香水の件でエリックに他に好い人ができたと思って、奴隷でしかない僕は身を引こうと思ったんだ」
「駄目。謝っても許さない。折角苦労してようやくジーンの市民権を買う目処がついたから、引き継ぎが終わり次第今の仕事を辞めて2人で田舎に引っ越そうと思ってたのに、肝心の愛しい人に逃げられそうになるなんて……」
 そう言ってユージーンの目の前で態とらしい程にしょげてみせるエリック。これにユージーンはタジタジだ。その純粋さ故にエリックが本心から落ち込んでいるのだと疑いもせず、どうしたものかとオロオロしている。
「うぅ、本当に、どう償えばいいか」
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「勿論! 当たり前じゃないか! エリック、償いになるなら僕に何でも言ってくれ。君が望むなら、僕は何だってするよ」
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「ジーン……ああ、ジーン……。愛してる、愛してる……」
「ん。僕も、愛してるよ、リック……」
 唇を合わせ、舌を絡め、吐息の合間に愛を囁き合う。エリックはユージーンの体を掻き抱き、ユージーンはエリックの背中に夢中になって縋った。自然と深くなる触れ合いに、2人分の鼓動がどんどんと高鳴っていく。中途半端にはだけていた自分の服を、エリックがもどかしそうに取り払った。目顔でその先に進む許可を求めるエリックに、ユージーンは悠然と微笑む。たったそれだけで、2人の気持ちは通じ合い、行為は先へと進んでいく。
 先程十二分に解したユージーンのアナルは、とても柔らかくなっている。それこそ、今直ぐにくらいには。先程は気持ちよさの中に悲しみと苦痛を感じた行為だったが、気持ちが通じあった後にそこから生まれるのは底知れぬ多幸感と快感だけだ。まるで早く早くと強請るかのように腰を振り小さく身悶えするユージーンの中に、エリックは細心の注意の元自らを挿入した。
「くぅ、ん……。ふあ、ぁ……リ、ック……!」
「ジーン……、ほら、手を外せよ。こっち来な」
 喘ぎ声を抑えようと口元をに当てたユージーンの手をエリックは優しく外させる。彼が腰をユッタリと動かせば、エリックのペニスを下で咥えこんでいるユージーンは喉を晒して甲高い嬌声を上げかぶりを振った。何度も快感を極めたせいで息も絶え絶え、焦点の合わない虚ろな目からユージーンがポロポロ零す涙を舐め取り、エリックは喉を鳴らして低く笑う。
 ユージーンの尻に入れたままエリックは自分の股間をグリグリと押し付けた。長い時間をかけてエリックに愛され続けたユージーンの後ろは、もうすっかりエリックの形を覚えている。エリックの長くて太いペニスを余す事なく全て受け入れ、今では結腸のその先まで許していた。グップリと根元まで己の分身を後ろに咥えこんだ愛しい相手の卑猥な艶姿に、エリックは興奮が止まらない。
「ジーン、ここが気持ちいいのか? それともこっち?」
「う、ぁ! リック、そ、それ……! あっ、んんっ!」
「おいおい、ずっと喘いでちゃ分かんねぇよ」
 ユージーンのいい所なんてもう知り尽くしているだろうに、エリックは態とここがいいのか、それともこっちか、とユージーンの性感帯を1つずつ刺激していく。エリックに感じる箇所を撫でたり擦られたり抉られたりする度に、ユージーンは体を大きく跳ねさせて断続的に嬌声を上げた。エリックはそんなユージーンを獣欲を全身に滾らせたまま、つぶさに観察して益々ペニスを硬くする。
「ゃあ……! い、意地悪、しな、いでぇ……!」
「フッ、悪い悪い。むずかるお前が可愛くて、つい、な。……俺もそろそろ限界だ。一緒にイこう」
 そう言ったエリックはユージーンの腰を抱え直し、次の瞬間一際強く腰を叩きつけた。この衝撃にユージーンは堪らず大きく弓形に背をしならせ、エリックの背中に爪を立てる。背中にピリッと痛みを感じながらもエリックは唇に笑みを浮かべ、尚も強く、何度も腰を打ちつけ続けた。
 その度ユージーンの中で生まれる激しい快感。ユージーンが悦べば悦ぶ程、腸壁はキュウキュウとエリックのペニスに絡みつき搾り取るように動く。ユージーンの中に入れているだけでもう堪らない気持ちにさせられていたのに、そこに肉体的な快感も加われば、もう駄目だ。エリックはギリッと強く歯軋りをして、ユージーンの肉付きの悪い薄く小さな腰に指を食い込ませて強く掴むと、思うがままに己のペニスをユージーンの腸壁のただ中にあるに引っ掛けるようにして強く抉った。
「あっ、あっ、んんぅ──!」
「くぅっ──!」
 前立腺を何度も強く刺激され、そこから生まれる途方もない快感に、堪らずユージーンはシーツに頭を擦り付けるようにして仰け反り、爪先を丸め勢いよく吐精する。同時にキツく締まった熱くうねる腸壁に食いつかれ、エリックにも我慢の限界が来た。グッと強くユージーンを抱き締めながら、ブルリと大きく身体を震わせ断続的に背中を跳ねさせながら射精をする。肌に感じるお互いの痙攣する振動すら拾い上げて快感に変え、2人は暫しそのまま余韻に浸っていた。
「……ジーン、生きてる?」
「気持ち良過ぎて、死んだかと思った……」
「まだ死なれちゃ困る。お前には贖罪が終わるまで、いいやその後もずっと、俺の隣に居てもらわないと」
「フフッ。そうだね、リック。……取り敢えず、少し休んだらもう1回しない?」
「望むところだ」
 2人はシーツの上に並んで寝転びながら、気怠い笑みを向け合う。指を絡めあって繋いだ手は、もう二度と離れないという同じ気持ちを示しているかのようだ。ユージーンは確かな幸せに目を細め、エリックは天にも登るような気持ちで目の前の愛しい人を見つめ続けた。そして、息が整ったか整っていないかのうちに我慢ができなくなった2人は、またお互いの体に手を伸ばして気持ちの通じあった性行為に溺れていく。
 その数週間後、1日無断欠勤をした事で些か嫌味を言われたもののそんな遅れなど感じさせることなく、当初の予定通りエリックは仕事を辞めた。元々たった一度の功績を元に取り立てられただけの仕事だったし、同僚は元奴隷の彼を見下していて更にはそれを態度に示していた為、職場環境は最悪だったので辞める事に未練はない。そもそも仕事を続ける当初の目的はもう果たしていたし、なんなら次の目標の邪魔になる仕事は、いくら待遇がよくとも続ける意味がなかった。
 トランクを片手に旅装のエリックは駅に向かって歩き出す。目指すは国の果て、都会から遠く離れた片田舎だ。もうその土地での次の食い扶持の宛は見つけてあるし、住む家だって用意してある。エリックはそこで死ぬまでのんびり暮らす計画を立てていた。
 持っていくものは少なくていい。大きなトランクを1つと、荷物を持つのとは反対の手に握った、ほっそりとした白い手の持ち主。その人さえ居てくれれば、心身共に十分に満たされて本当はこの荷物だって要らないくらいだ。エリックは自分の目線より下にあるセレストブルーの美しく輝く瞳を見下ろし、ようやく手に入れたかけがえのない宝物を前に確かな幸せを噛み締める。そしてニッコリ笑うその人に自分からも微笑み返して、そのままこの場所を2人並んで立ち去り、二度と戻る事はなかった。
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 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

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