33 / 203
【第1部】7.誘惑
1
しおりを挟む
「最近、あの人来ないね」
先輩ホステスのレイナが言う。
彼女はこの店で一番人気のある女性だ。キャバクラではないので、人気を競うことはしていないが、ヘルプについていると一番人気なのは誰なのかがよくわかる。レイナはその称号に相応しい。客だけでなく、従業員たちにも慕われている。もちろん聡子も彼女に親しみを感じているのだ。
そのレイナは、よく人を見ているのだ。
「ミヅキ、あの人のこと気に入ってるでしょ」
「えっ!」
20時からの開店準備をしていると、レイナに言われ、大きな声を出してしまった。
「何動揺してるの? 誰とは言ってないよ」
「うえっ……そんなことはないですよ」
「ほんとに?」
「ほんとです」
「ふーん。あの神崎会長の部下の人。ミヅキしか指名しないし、ちょっといい雰囲気かなって思ってたんだけど」
「全然そんなことはないです。以前に何度か助けていただいたことがあったので」
「それで好きになっちゃった?」
「ちがっ……」
顔を赤らめる聡子に、レイナはくすくすと笑った。
「川村さんもさ、ミヅキにご執心だし。ガチ恋だと思うんだよね」
「知りませんよ、あくまでもお客様です」
「ねっ、今度聞かせてよ。恋バナ聞きたいんだよね」
「こっ恋バナだなんて、そんなものはしませんっ」
揶揄われてる、と聡子はレイナを適当に遇って準備を勧めた。
レイナの言うとおり、あの人──トモは来なくなっていた。
約二年前、高校三年生の二月の寒い日、忘れろ、と言ったくせに現れて。それだけでなく、トモのほうから近づいてきて。言ったことなんて忘れたかのように接してきて。
プレゼントまでくれて。
期待していたわけじゃない、特別になれるなんて思ってもいない。
(好きにさせといて……ううん、勝手に好きになったのはわたしのほうだけど)
また、いなくなってしまった。
(「妹」のことに触れたから)
ただ逢いたいだけなのに。
今まで恋愛をしたことがない聡子は、この気持ちをどうしたらよかったのかわからなかった。
(美弥ちゃんの言うとおり、誰かとつきあってたら、うまく消化できたのかな……。トモさんを好きにならずに済んだのかな……)
忘れよう、てかそのうち忘れる、と気を取り直して仕事に励むことにした。
(でも)
もしまた会えたなら、気持ちを伝えたい、そして終止符を打つんだ、と聡子は思った。
トモが来店しなくなってから、時折、酒造会社の専務だという川村光輝が足を運んでくるようになった。見習いだと言っているのに「ミヅキ」を指名してくる男だ。
まあ指名料ももらえるし、と聡子は割り切っている。
レイナは「川村専務のほうが玉の輿だよ、将来安泰」と揶揄うが、そんな気にはなれなかった。第一、この酒の場以外の川村を知らないし、知るつもりもないのだから。
(でも……トモさんのことも、知らないけど……)
先輩ホステスのレイナが言う。
彼女はこの店で一番人気のある女性だ。キャバクラではないので、人気を競うことはしていないが、ヘルプについていると一番人気なのは誰なのかがよくわかる。レイナはその称号に相応しい。客だけでなく、従業員たちにも慕われている。もちろん聡子も彼女に親しみを感じているのだ。
そのレイナは、よく人を見ているのだ。
「ミヅキ、あの人のこと気に入ってるでしょ」
「えっ!」
20時からの開店準備をしていると、レイナに言われ、大きな声を出してしまった。
「何動揺してるの? 誰とは言ってないよ」
「うえっ……そんなことはないですよ」
「ほんとに?」
「ほんとです」
「ふーん。あの神崎会長の部下の人。ミヅキしか指名しないし、ちょっといい雰囲気かなって思ってたんだけど」
「全然そんなことはないです。以前に何度か助けていただいたことがあったので」
「それで好きになっちゃった?」
「ちがっ……」
顔を赤らめる聡子に、レイナはくすくすと笑った。
「川村さんもさ、ミヅキにご執心だし。ガチ恋だと思うんだよね」
「知りませんよ、あくまでもお客様です」
「ねっ、今度聞かせてよ。恋バナ聞きたいんだよね」
「こっ恋バナだなんて、そんなものはしませんっ」
揶揄われてる、と聡子はレイナを適当に遇って準備を勧めた。
レイナの言うとおり、あの人──トモは来なくなっていた。
約二年前、高校三年生の二月の寒い日、忘れろ、と言ったくせに現れて。それだけでなく、トモのほうから近づいてきて。言ったことなんて忘れたかのように接してきて。
プレゼントまでくれて。
期待していたわけじゃない、特別になれるなんて思ってもいない。
(好きにさせといて……ううん、勝手に好きになったのはわたしのほうだけど)
また、いなくなってしまった。
(「妹」のことに触れたから)
ただ逢いたいだけなのに。
今まで恋愛をしたことがない聡子は、この気持ちをどうしたらよかったのかわからなかった。
(美弥ちゃんの言うとおり、誰かとつきあってたら、うまく消化できたのかな……。トモさんを好きにならずに済んだのかな……)
忘れよう、てかそのうち忘れる、と気を取り直して仕事に励むことにした。
(でも)
もしまた会えたなら、気持ちを伝えたい、そして終止符を打つんだ、と聡子は思った。
トモが来店しなくなってから、時折、酒造会社の専務だという川村光輝が足を運んでくるようになった。見習いだと言っているのに「ミヅキ」を指名してくる男だ。
まあ指名料ももらえるし、と聡子は割り切っている。
レイナは「川村専務のほうが玉の輿だよ、将来安泰」と揶揄うが、そんな気にはなれなかった。第一、この酒の場以外の川村を知らないし、知るつもりもないのだから。
(でも……トモさんのことも、知らないけど……)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる