蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ

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第一章 ボクが軍人になる前のこと

九月一日

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 それから二ヶ月の月日が経った、九月一日のこと。
 時は十五時半を迎える五分前のこと。昼頃に、佐世保に向けて、ボクらの乗る八雲や他の艦隊が出航して三時間程経過していた。
 訓練の途中、やけに教官らが騒がしいと思っていた。波の音がうるさいのはいつもの事だ。だけども、そうじゃない。波じゃなくて、この艦隊にいる教官ら全員が騒がしく感じたんだ。
「なぁ、どうしたんだろうな」
 ボソッと、隣にいる近藤が話しかけてくる。
「……ボクにも分からない。何かあったのかな。終わったら聞いてみる?」
「そうするか」
 時間にして十五時半。訓練が終わり、ボクと近藤、あと何故か一緒についてきた大井と三人で、二階にある通信指揮室へと向かった。
 行く途中で一人の教官とすれ違い、「何かあったのですか?」と試しにボクが聞いてみた。
「関東で大地震が起きたんだと。さっき緊急で電報が入ってきて、俺ら大慌てだ」
「地震……?」
「マグニチュード七・九だとよ。俺の家族もいるし、心配で仕方ねぇ」
 地震が起きたのは、ボクらが佐世保に向けて航行を開始した丁度その頃。それは昼頃だったはずだ。波の揺れが半端じゃなかったことは覚えている。
「これからどうするんですか?」
 近藤がすかさず声をあげる。
 そこが気になる。救助に向かわなければいけないのではないかという考えを持っていたからだ。
「東京湾に急遽引き返して救助活動をする。もちろん、お前らも手伝ってもらう」
「ボクらはそのためにいますから。手伝いますよ」
「それでこそだ」
 教官の焦り顔から一変、少しだけ笑みが零れボクは安心した。
「とりあえずお前らは部屋に戻ってろ、いいな?」
「分かりました。あまり急がず、お怪我をなさらないように」
 ボクら三人は敬礼をして、一階の部屋へと引き返す。
 と、その時。
 八雲が大きく揺れる。きっと方向転換をしているのだろう。相当焦っているのが伝わってくる。
「おわっとと……」
 小さいボクは当たり前のごとくバランスを崩し、その場に転倒してしまう。
「おっ大丈夫か工藤、俺が背負ったるわ」
 偶然隣に居合わせた大井に抱えられて移動した。
「よっしゃ! このまま移動すっぞ!」
「えぇ~……」
 呆れ混じりに小さく呟いたボクの声は、どうやら聞こえていないようだ。
 なんだかボク、子供扱いされている気がする。ボクだって、もう二十三歳になるんだけどなぁ……。
 
***

 九月二日午前八時半、ボクら候補生は甲板に集められ、救助の説明を受けていた。
 兵学校での訓練で救助活動などは既に学んでいるし、言われるまでもないけれどしっかりと聞いておかねば最悪命を取ることにもなりかねない。そう教官は口にした。
 人の救助は、これが初めてのこと。訓練を受けていたとしても、ボクらが常日頃行う『人助け』とはレベルが違うのだ。
「明日には東京湾に着いている。何度も言うが、我々は明日から人を『救助』する。人が死ぬ瞬間を見たくなかったら、全力で救助しろ。いいな!」
 その声に、ボクらは一斉に敬礼をした。

「人を救助……か」
 明日に向けて身体を休めておけと言われてもなぁと、ボクは独り言をこぼす。
「工藤、お前は人を助けたことあるか?」
 ふと、二段ベッドの下にいる大井に話しかけられる。
「救助ねぇ……ちっちゃい猫とか、お婆さんなら助けたことあるよ」
「紳士かよお前」
「紳士って何……?」
 気を引き締めないと、命を取ってしまうし取られもする。常にピリピリしている艦内は一層それを増していた。
 ボクらは、こんなたわいもない話で紛らわせることしか出来なかった。今教官らに話しかけたら、確実に怒られる。怒られるどころじゃ済まないかもしれない。もしかしたら海に投げ出されるかもしれない。
 そう思うと怖くて、ボクは小刻みに動く候補生室で、一人で身震いをしていた。
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