蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ

文字の大きさ
上 下
3 / 7
第一章 ボクが軍人になる前のこと

小さな争い

しおりを挟む
 この時のみんなは本当にピリピリしていた。寝る環境の悪いこの状況で短気にならない人なんて、大体は喧嘩をしない平和的な人だったりとか、中性的な人だったりとかだと思っていた。
 ボクらが練習艦隊に乗っている時にいつも寝泊まりする候補生室で、喧嘩早い連中らがこんな事をした。
『喧嘩』だ。寝て朝になるとその話題でもちきりで、中には負傷者も出た、なんて言う噂まで立った。
「工藤、お前はやらないのか?」
 近藤にそんなことを聞かれた。見慣れない絆創膏を頬に貼り付けている近藤を見るに、昨夜喧嘩をしたのだろう。
「ボクはいいや、くだらないし」
「大仏かよ」
「喧嘩をしたかったら受けては立つけど、手加減するだろうなぁ」
 ボクは小柄な身体故に体力も筋力も無いだろうと馬鹿にされていたが、兵学校の授業で見せた柔道技でたちまちその話をする者はいなくなった。
 なんでって、その時対戦したボクよりも確実に大柄で、身長が一七○センチにも及ぶ同期を投げ飛ばしたんだから。これには近藤も大井も「すまん、お前強すぎ」とボクの肩を掴んで言ってくるほど。
 格別、そんな大層なことをした自覚は無かった。ただ見返してやろうと思ってやっただけの事なんだ。それが逆に裏目に出て、ボクに喧嘩を売る人など誰もいなかった。
 だけど、一人だけいた。候補生の一人が「相手してやるよ」となめた口調で言ってきた。その後に、あの時の柔道の授業のことを、「相手は手加減しただけだ」と言ってきたのだ。
 時刻は午後二十一時。そろそろ就寝の時だ。
「うーん……そっか、じゃあ負けたらボクに話しかけないでね」
 腹は立たなかった。だけど、売られたなら買うしかないと腹を括り、ボクはその喧嘩を買うことにした。
「正気かよ工藤! 大仏の綽名を破るつもりか!?」
「いやいやそんなことないって……ただ売られたのを買っただけだから、大丈夫だよ」
 怖いと思うことはあまりなくて、ただくだらないと思った。どう言った傾向でこのような事をやっているのかが、とても不思議で仕方が無かった。
「そっちこそ。負けたら俺に話しかけるなよ」
 鋭い眼光で睨まれたあと、その人は候補生室を出ていってしまった。
 初めての宣戦布告だった。ボクも同期にあんなことを言ったのは初めて。普段おしとやかに過ごしてたのになぁ……なんて思いながら、ボクはその時を待った。

***

「……来たな」
 深夜頃、候補生室前。
 ドアを開けた先にそいつはいた。ボクに気づいて、声をあげる。
「ひとつ聞きたいんだけどいい?」
「なんだよ」
「どうしてこんな事をするんだい? キミたちにメリットがあったとしても、やらないボクらにとってはとてもじゃないけど迷惑なんだけど……」
 数時間前に思ったことを口にしてみた。するとそいつは笑いだし、「そんな当たり前のこと聞くなよ」と笑い混じりに答える。
「ここでは強い者が上に行ける。違うか?」
「ボクはそうは思わない」
「いいや違わなくねぇな、所詮俺らは後にスクールカーストで分けられる。いい成績を残すための『訓練』なんだよ」
 この喧嘩を訓練と思ってやっている。なるほど、それなら気軽に出来るし集中も出来る。
 やんちゃ者だなぁ……。
 そう思いながらボクは「じゃ、いつでもいいから」と投げやりに返答した。最初からやる気なんてなかったし、何回も言ってるけど『くだらない』って感じているから。
「後悔させてやらぁ……!」
 そいつは突進してくる。
 柔道の授業の時、担当の教師に言われたの『相手を目で追って、次に来そうな攻撃は予測するな』ってこと。
 守らなかった人はことごとく負けたし、守った人はのし上がった……そんな授業だったのを覚えている。
 まず右手でパンチが飛んでくる。左手で掴んだ時に見えたのは『次の攻撃が用意されていない』っていうこと。
 そうなればあとは簡単だ。掴んだ相手の右手を手前に引っ張り、右足で相手の片足を踏みつけながら残った足でもう片足を引っ掛けて、自分の右手を相手の顎に押し出す。要約すれば『首返し』だ。
 一瞬柔道技でもやろうかと思ったが、ボクもボクで流石にやめた。
「ぐえっ」なんて情けない声をあげながら、相手は床に倒れ込む。近くでいつの間に見ていた同期が「おぉ……」と声を上げたのを、確かに聞いていた。
「いててて……」
「大丈夫? ちょっと強くやりすぎたかな」
「え? あぁ、いや、大丈夫。大丈夫だけど……」
 よそよそしい態度に疑問を持ち、その人に手を差し伸べたボクは首をかしげる。
「い、いや……どうしてそんな、優しくしてくれんのかなって思って」
「だって、楽しかったんだもん」
「は? だって、俺が喧嘩ふっかけたのに……」
 素っ頓狂な声をあげるその人に、ボクはさらに言葉を繋げる。
「ボクも久々に身体を動かせて楽しかったんだ。だから、別に気にしてないよ? 怒ってもいないし」
 ボクの話を聞いていたその人は無言でボクの手を取り立ち上がる。
 ボクに背を向けたかと思うと、「また明日」と言い残し、そのまま自分のベッドへと戻っていってしまった。
 ボクはぽかんとしてその場に立ち竦んだ。
「なんだ、いい人じゃん。変なの」
 少し笑い混じりに、ボクは呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

永艦の戦い

みたろ
歴史・時代
時に1936年。日本はロンドン海軍軍縮条約の失効を2年後を控え、対英米海軍が建造するであろう新型戦艦に対抗するために50cm砲の戦艦と45cm砲のW超巨大戦艦を作ろうとした。その設計を担当した話である。 (フィクションです。)

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

風を翔る

ypaaaaaaa
歴史・時代
彼の大戦争から80年近くが経ち、ミニオタであった高萩蒼(たかはぎ あおい)はある戦闘機について興味本位で調べることになる。二式艦上戦闘機、またの名を風翔。調べていく過程で、当時の凄惨な戦争についても知り高萩は現状を深く考えていくことになる。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

処理中です...