蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ

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第一章 ボクが軍人になる前のこと

小さな争い

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 この時のみんなは本当にピリピリしていた。寝る環境の悪いこの状況で短気にならない人なんて、大体は喧嘩をしない平和的な人だったりとか、中性的な人だったりとかだと思っていた。
 ボクらが練習艦隊に乗っている時にいつも寝泊まりする候補生室で、喧嘩早い連中らがこんな事をした。
『喧嘩』だ。寝て朝になるとその話題でもちきりで、中には負傷者も出た、なんて言う噂まで立った。
「工藤、お前はやらないのか?」
 近藤にそんなことを聞かれた。見慣れない絆創膏を頬に貼り付けている近藤を見るに、昨夜喧嘩をしたのだろう。
「ボクはいいや、くだらないし」
「大仏かよ」
「喧嘩をしたかったら受けては立つけど、手加減するだろうなぁ」
 ボクは小柄な身体故に体力も筋力も無いだろうと馬鹿にされていたが、兵学校の授業で見せた柔道技でたちまちその話をする者はいなくなった。
 なんでって、その時対戦したボクよりも確実に大柄で、身長が一七○センチにも及ぶ同期を投げ飛ばしたんだから。これには近藤も大井も「すまん、お前強すぎ」とボクの肩を掴んで言ってくるほど。
 格別、そんな大層なことをした自覚は無かった。ただ見返してやろうと思ってやっただけの事なんだ。それが逆に裏目に出て、ボクに喧嘩を売る人など誰もいなかった。
 だけど、一人だけいた。候補生の一人が「相手してやるよ」となめた口調で言ってきた。その後に、あの時の柔道の授業のことを、「相手は手加減しただけだ」と言ってきたのだ。
 時刻は午後二十一時。そろそろ就寝の時だ。
「うーん……そっか、じゃあ負けたらボクに話しかけないでね」
 腹は立たなかった。だけど、売られたなら買うしかないと腹を括り、ボクはその喧嘩を買うことにした。
「正気かよ工藤! 大仏の綽名を破るつもりか!?」
「いやいやそんなことないって……ただ売られたのを買っただけだから、大丈夫だよ」
 怖いと思うことはあまりなくて、ただくだらないと思った。どう言った傾向でこのような事をやっているのかが、とても不思議で仕方が無かった。
「そっちこそ。負けたら俺に話しかけるなよ」
 鋭い眼光で睨まれたあと、その人は候補生室を出ていってしまった。
 初めての宣戦布告だった。ボクも同期にあんなことを言ったのは初めて。普段おしとやかに過ごしてたのになぁ……なんて思いながら、ボクはその時を待った。

***

「……来たな」
 深夜頃、候補生室前。
 ドアを開けた先にそいつはいた。ボクに気づいて、声をあげる。
「ひとつ聞きたいんだけどいい?」
「なんだよ」
「どうしてこんな事をするんだい? キミたちにメリットがあったとしても、やらないボクらにとってはとてもじゃないけど迷惑なんだけど……」
 数時間前に思ったことを口にしてみた。するとそいつは笑いだし、「そんな当たり前のこと聞くなよ」と笑い混じりに答える。
「ここでは強い者が上に行ける。違うか?」
「ボクはそうは思わない」
「いいや違わなくねぇな、所詮俺らは後にスクールカーストで分けられる。いい成績を残すための『訓練』なんだよ」
 この喧嘩を訓練と思ってやっている。なるほど、それなら気軽に出来るし集中も出来る。
 やんちゃ者だなぁ……。
 そう思いながらボクは「じゃ、いつでもいいから」と投げやりに返答した。最初からやる気なんてなかったし、何回も言ってるけど『くだらない』って感じているから。
「後悔させてやらぁ……!」
 そいつは突進してくる。
 柔道の授業の時、担当の教師に言われたの『相手を目で追って、次に来そうな攻撃は予測するな』ってこと。
 守らなかった人はことごとく負けたし、守った人はのし上がった……そんな授業だったのを覚えている。
 まず右手でパンチが飛んでくる。左手で掴んだ時に見えたのは『次の攻撃が用意されていない』っていうこと。
 そうなればあとは簡単だ。掴んだ相手の右手を手前に引っ張り、右足で相手の片足を踏みつけながら残った足でもう片足を引っ掛けて、自分の右手を相手の顎に押し出す。要約すれば『首返し』だ。
 一瞬柔道技でもやろうかと思ったが、ボクもボクで流石にやめた。
「ぐえっ」なんて情けない声をあげながら、相手は床に倒れ込む。近くでいつの間に見ていた同期が「おぉ……」と声を上げたのを、確かに聞いていた。
「いててて……」
「大丈夫? ちょっと強くやりすぎたかな」
「え? あぁ、いや、大丈夫。大丈夫だけど……」
 よそよそしい態度に疑問を持ち、その人に手を差し伸べたボクは首をかしげる。
「い、いや……どうしてそんな、優しくしてくれんのかなって思って」
「だって、楽しかったんだもん」
「は? だって、俺が喧嘩ふっかけたのに……」
 素っ頓狂な声をあげるその人に、ボクはさらに言葉を繋げる。
「ボクも久々に身体を動かせて楽しかったんだ。だから、別に気にしてないよ? 怒ってもいないし」
 ボクの話を聞いていたその人は無言でボクの手を取り立ち上がる。
 ボクに背を向けたかと思うと、「また明日」と言い残し、そのまま自分のベッドへと戻っていってしまった。
 ボクはぽかんとしてその場に立ち竦んだ。
「なんだ、いい人じゃん。変なの」
 少し笑い混じりに、ボクは呟いた。
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