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第一章 ボクが軍人になる前のこと
崩れた風景の最中で
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九月三日、日没を過ぎた頃、ボクらの乗る八雲や他の艦隊は佐世保軍港に接岸した。
ボク達候補生は、陸岸に救援物資を持ち出す役割の人と、その救援物資を艦に搬送する二手に別れて作業を行った。
それと同時、艦が燃料となる石炭を満載にしている間に、ありったけの水や食料の補給をしていく。一刻も早くに向かわねば間に合わあないと、上官は言っていた。
正直に言って、ボクらだって被災地が心配だし、何よりも人の救助を最優先にして行いたい。終わったら父さんに手紙を認めるとしよう。なんて考えながら、ボクらは物資を運んでいた。
「なぁ、工藤」
近藤が物資を運びながら話しかけてくる。
「ん?」
「俺ら運悪いのかなぁ」
「そんなことはないよ。これは自然現象なんだから」
落ち着いた口調でボクが返答すると、「でもよ、やっぱ心配だよ……俺の家族だっているし……」と弱気な声を上げ、その顔は今にも泣きそうな顔になっていた。
「……大丈夫、近藤の家族は強い」
「そうだよな……泣いてたらまた母さんに怒られちまう」
ニッといつもの笑顔に戻った近藤を見て、ボクもつられて笑ってしまった。
「おう、余裕そうだな」
「あ、上官」
ボクらの横を歩きながら、上官が声を掛けてくる。
「俺らはまだいけますよ!」
「おっそうか……じゃあ」
上官は持っていた物資を近藤の持っている物資の上に積み上げる。
これはやばいと小声で言った近藤に「いけるんじゃなかったのか?」とキョトンとして近藤に問いかける。
「ちょ、冗談っすよ!」
「あはは……」
ボクは苦笑いをして、近藤より先に進んだ。
「待ってくれよ工藤!」
背後でヒーヒー情けない声を上げた近藤の声が、甲鈑に響いてなくなっていった。
それから午後八時半頃まで物資の運搬は続けられ、九時に練習艦隊は出港。外洋に出てから急にスピードが早くなり、相当急いでいるんだとボクも感じたし、も候補生のみんなも感じたと思う。
九州南端を回って、八雲は全速力で航行して行った。
***
九月六日午前十時、ようやく東京湾に到着した。既に連合艦隊主力が到着しており、物資を送り届けていた。
ボクらが来るやいなや、被災地の人々は「万歳」と口々にし、安心している様子が見えた。ボクもそれに安心して、近藤と顔を見合わせて笑った。
しかし、大地震によって崩れ落ちた瓦礫の山は惨憺たるもので、ボクも候補生の皆も思わず息を呑むほどだった。
ボクと近藤と大井の三人は、八日から避難民を清水まで運ぶために練習艦隊へと案内する役に回された。
「小さいのに、よく頑張ってるね」
避難民の一人のおばあさんに話しかけられ、ボクはもちろん困惑。
「今年、兵学校を卒業した人達でしょ? 若いのに大変じゃないの」
「いえ、ボクらも好きでやっていることですから。それに……」
「?」
「人を助けるお仕事、前からやってみたくて」
ボクがそう言うと「うんうん、あんたみたいな優しい男の子は、人の救助に向いているよ」と、頭を撫でられた。
そうして別れを告げて、そのおばあさんは艦内に入っていく。
ボクはさっきの言葉に酷く心を打たれた。向いていると言われたことが嬉しかったのも確かだ。しかし、ボクには人を救助するだけの力も無い。
あのおばあさんだって、家族を失ったはずなのに。どうしてあんなに強い言葉をかけられるんだろう。じっちゃが死んだ時と同様に、何も出来ない自分が悔しいと感じた。
「大丈夫だ」
隣にいる近藤は言う。
「お前はいつか、人を救助できるだけの大物になる」
その言葉が嬉しくて、ボクも目を輝かせて「うん!」とはにかんで笑った。
***
作業が一通り終わり、休憩時間になると、ボクは一人で陸岸へと訪れる。飛んでいるカモメの群れが一列に並列する光景を見ながら、ボクは去年の冬季休暇の時に遊んだ東京の光景を思い浮かべていた。
あれからもう一年経つ。その頃は、こんなことになるだなんて思ってもいなかったものだ。
「お、俊! 俊やん!」
後ろから聞こえたその声に振り返ると、そこには譲が腰に手を当てて立っていた。
「ゆず! ボクはただここの景色を見てただけなんだけど!」
「俊こそなんでここにいるのー! あたしもここの景色拝みたかったんだぞー!」
歯を見せて笑う譲に、ボクもつられて笑ってしまう。
二人隣同士で座り、寄せては返すさざ波をじっと見つめる。
「俊、あんた船酔い大丈夫だった?」
「え? うん、三日で慣れたけど」
「早くない? あたしまだ慣れないよ……酔い止め持参しといてよかった……」
「ゆず、昔から乗り物には弱いもんねぇ」
左側で肩を落とす譲に、ボクは彼女の肩をポンポンと左手で叩く。
一度だけ、夏季休暇の時にボクは譲と二人で大阪へと出向いて遊んだことがある。譲は色んな店を知っていて、たこ焼き屋さんの二人席でたこ焼きを食べている時に、どうして知っているのかを聞くと「親父と母さんが教えてくれたんだ。小さい頃にも遊びに来たことあるしなぁ」なんて言いながらケラケラ笑っていた。
「俊はさ、やっぱり艦に乗りたいの?」
「もちろん、ボクだってそれくらいは乗りたいよ」
「あたしも乗りたいなぁ、雷」
「雷に乗りたいの?」
雷は、昭和五年に作られた吹雪型駆逐艦の一つ。
二〇〇人以上もの乗員が乗れる大型の艦で、魚雷発射管が三基もありかなり優れている。
「そうさ、雷の乗組員になりたいの」
「ボクは艦長になりたいなぁ」
海軍に入る前から見ていた夢だ。しかし、艦長になるには試験も受けなきゃならないし、それなりに知識も必要だ。
「いいじゃん艦長! あたしあんたが艦長なったら一緒についてくわ!」
「変な冗談を言わさんなって……」
呆れ顔でボクが言うと「あっはは!」と高笑いをする譲。
「でも、あたしは本気であんたについて行きたい。あんたの目からはなりたいっていう気があるんやもん?」
「そう言われてもなぁ……」
「ま、この訓練が終わって、またしばらくしたらこうして話そーな! あたしはそろそろ戻るわ!」
そう言って立ち上がった譲を見ながら、「じゃあボクからも一つ」と、同じく立ち上がり譲に言う。
「?」
「靖国で会おう」
「定番の名台詞やな! よし!」
拳をぶつけ合い、ボクと譲はそれぞれの作業する方向へ向けて走っていった。
ボク達候補生は、陸岸に救援物資を持ち出す役割の人と、その救援物資を艦に搬送する二手に別れて作業を行った。
それと同時、艦が燃料となる石炭を満載にしている間に、ありったけの水や食料の補給をしていく。一刻も早くに向かわねば間に合わあないと、上官は言っていた。
正直に言って、ボクらだって被災地が心配だし、何よりも人の救助を最優先にして行いたい。終わったら父さんに手紙を認めるとしよう。なんて考えながら、ボクらは物資を運んでいた。
「なぁ、工藤」
近藤が物資を運びながら話しかけてくる。
「ん?」
「俺ら運悪いのかなぁ」
「そんなことはないよ。これは自然現象なんだから」
落ち着いた口調でボクが返答すると、「でもよ、やっぱ心配だよ……俺の家族だっているし……」と弱気な声を上げ、その顔は今にも泣きそうな顔になっていた。
「……大丈夫、近藤の家族は強い」
「そうだよな……泣いてたらまた母さんに怒られちまう」
ニッといつもの笑顔に戻った近藤を見て、ボクもつられて笑ってしまった。
「おう、余裕そうだな」
「あ、上官」
ボクらの横を歩きながら、上官が声を掛けてくる。
「俺らはまだいけますよ!」
「おっそうか……じゃあ」
上官は持っていた物資を近藤の持っている物資の上に積み上げる。
これはやばいと小声で言った近藤に「いけるんじゃなかったのか?」とキョトンとして近藤に問いかける。
「ちょ、冗談っすよ!」
「あはは……」
ボクは苦笑いをして、近藤より先に進んだ。
「待ってくれよ工藤!」
背後でヒーヒー情けない声を上げた近藤の声が、甲鈑に響いてなくなっていった。
それから午後八時半頃まで物資の運搬は続けられ、九時に練習艦隊は出港。外洋に出てから急にスピードが早くなり、相当急いでいるんだとボクも感じたし、も候補生のみんなも感じたと思う。
九州南端を回って、八雲は全速力で航行して行った。
***
九月六日午前十時、ようやく東京湾に到着した。既に連合艦隊主力が到着しており、物資を送り届けていた。
ボクらが来るやいなや、被災地の人々は「万歳」と口々にし、安心している様子が見えた。ボクもそれに安心して、近藤と顔を見合わせて笑った。
しかし、大地震によって崩れ落ちた瓦礫の山は惨憺たるもので、ボクも候補生の皆も思わず息を呑むほどだった。
ボクと近藤と大井の三人は、八日から避難民を清水まで運ぶために練習艦隊へと案内する役に回された。
「小さいのに、よく頑張ってるね」
避難民の一人のおばあさんに話しかけられ、ボクはもちろん困惑。
「今年、兵学校を卒業した人達でしょ? 若いのに大変じゃないの」
「いえ、ボクらも好きでやっていることですから。それに……」
「?」
「人を助けるお仕事、前からやってみたくて」
ボクがそう言うと「うんうん、あんたみたいな優しい男の子は、人の救助に向いているよ」と、頭を撫でられた。
そうして別れを告げて、そのおばあさんは艦内に入っていく。
ボクはさっきの言葉に酷く心を打たれた。向いていると言われたことが嬉しかったのも確かだ。しかし、ボクには人を救助するだけの力も無い。
あのおばあさんだって、家族を失ったはずなのに。どうしてあんなに強い言葉をかけられるんだろう。じっちゃが死んだ時と同様に、何も出来ない自分が悔しいと感じた。
「大丈夫だ」
隣にいる近藤は言う。
「お前はいつか、人を救助できるだけの大物になる」
その言葉が嬉しくて、ボクも目を輝かせて「うん!」とはにかんで笑った。
***
作業が一通り終わり、休憩時間になると、ボクは一人で陸岸へと訪れる。飛んでいるカモメの群れが一列に並列する光景を見ながら、ボクは去年の冬季休暇の時に遊んだ東京の光景を思い浮かべていた。
あれからもう一年経つ。その頃は、こんなことになるだなんて思ってもいなかったものだ。
「お、俊! 俊やん!」
後ろから聞こえたその声に振り返ると、そこには譲が腰に手を当てて立っていた。
「ゆず! ボクはただここの景色を見てただけなんだけど!」
「俊こそなんでここにいるのー! あたしもここの景色拝みたかったんだぞー!」
歯を見せて笑う譲に、ボクもつられて笑ってしまう。
二人隣同士で座り、寄せては返すさざ波をじっと見つめる。
「俊、あんた船酔い大丈夫だった?」
「え? うん、三日で慣れたけど」
「早くない? あたしまだ慣れないよ……酔い止め持参しといてよかった……」
「ゆず、昔から乗り物には弱いもんねぇ」
左側で肩を落とす譲に、ボクは彼女の肩をポンポンと左手で叩く。
一度だけ、夏季休暇の時にボクは譲と二人で大阪へと出向いて遊んだことがある。譲は色んな店を知っていて、たこ焼き屋さんの二人席でたこ焼きを食べている時に、どうして知っているのかを聞くと「親父と母さんが教えてくれたんだ。小さい頃にも遊びに来たことあるしなぁ」なんて言いながらケラケラ笑っていた。
「俊はさ、やっぱり艦に乗りたいの?」
「もちろん、ボクだってそれくらいは乗りたいよ」
「あたしも乗りたいなぁ、雷」
「雷に乗りたいの?」
雷は、昭和五年に作られた吹雪型駆逐艦の一つ。
二〇〇人以上もの乗員が乗れる大型の艦で、魚雷発射管が三基もありかなり優れている。
「そうさ、雷の乗組員になりたいの」
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「そう言われてもなぁ……」
「ま、この訓練が終わって、またしばらくしたらこうして話そーな! あたしはそろそろ戻るわ!」
そう言って立ち上がった譲を見ながら、「じゃあボクからも一つ」と、同じく立ち上がり譲に言う。
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