愛などもう求めない

白兪

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遺愛

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「ソリテール様、お待ちください!」
「やだよー!俺、婚約者なんかいらない!剣があれば十分だ!」


あぁ、これは懐かしい記憶だ。


「もう!お待ちください!なんと落ち着きのない暴れん坊であられるのでしょう!貴方様は将来この国の皇帝となられる方なのですよ!」
「うわー!パッセが怒った~!」
「この老人の体をお労りくださいませ!」
「1時間以内には戻ってくるよ!」
「絶対ですよ!婚約者様との面会の時間には間に合わなくてはダメですからね!」
「はーい!」

いつものように中庭を駆け巡る。

「え?うわぁぁ!」

突然現れた大きな石に思わず転んでしまう。
「誰だよ!こんなところに大きな石…ん?女の子?」
「うぐっ…ぐずっ…うわぁぁん!」
「え、えっと、ごめん!わざとじゃないんだ!気づかなくて!本当にごめん!」
少年は急いで頭を下げる。
綺麗な銀髪がさらさらと額を流れ落ちた。
女の子は泣き止まない。
「ぐずっ…ぐずっ」
「ごめんね。」
少年は女の子が泣き止むまでそばに居続けた。

「…ごめんなさい。迷惑をおかけしました。実は迷子になっていて困っていたんです。」
「いや!大丈夫だよ!」
少年はその少女の美しさに思わず見惚れる。
美しい金髪はまるで金糸のよう。菫色の瞳は暖かな雰囲気を纏っていた。

「私はタンドレッスと申します。」
他国訛りのイントネーション。タンドレッスという聞き馴染みのある名前。
「君が俺の婚約者か!他国から来るという!
俺はソリテール!この国の王太子だ!」
「貴方が私の婚約者様なのですね…!
とてもお優しい方で嬉しい!これからよろしくお願いしますね。」
彼女がふわりと微笑んだ。
胸がドクンと高鳴った。


タンドレッス、今でも君のことを鮮明に思い出せる。


「あと何日で生まれるんだ?」
「そんなにすぐは生まれませんよ。」
タンドレッスがクスクス笑う。

人々は皆、ソリテールのことを婚約者ができて変わったと言った。
暴れん坊だった彼は落ち着いて、勉学にも精を出すようになった。

「明日だろうか。」
「もう、あと5ヶ月は待っていただかないと。」
「君と俺の子なら可愛いに決まっている。待ち遠しいよ。」

それでもタンドレッスの前ではまだまだ甘えん坊だ。

「フロワ、お兄様になるんだよ。」
「早く僕の弟に会いたい!」
「弟が妹かはまだわからないわ。」
「ううん!弟だよ!僕はわかるもん!」
「フロワはきっと立派なお兄様になるわ。」
「うん!なる!だって僕、もう4歳だもん!」

愛する息子と妻と、そしてお腹の子と、幸せな日々を過ごしていた。

そんな日々は突如として崩れていく。

「陛下!大変でございます!出産中の皇后様のご様態が悪くなられました!」
「何!?今すぐ向かう!」

「タンドレッス!」
「ソリテール…。」
「タンドレッス!大丈夫か?」

タンドレッスの腕の中には髪の毛も生えていない、目も開かない、赤ん坊がいた。

「ソリテール、私、この子の名前を前々から決めていたんです…。」
「名前なんて後でいい!今は喋らず楽にしてくれ!」

タンドレッスは首を横に振った。

「ヴェリテ。この子の名はヴェリテです。」
タンドレッスは赤ん坊を抱きしめ、キスを落とす。

「ソリテール、この子のこと私の分までたくさん愛してあげてくださいね。」
「どうしてそんなことを言う?一緒に愛すればいいではないか。
お願いだ。俺を置いて行かないでくれ。
俺はタンドレッスがいなきゃダメなんだ。」
「フロワにも、この子の立派な兄になれるよう努力してと伝えてください。あと、世界で1番愛しているとも。」
「タンドレッス、嫌だ…!!
愛しているんだ!そばに居てくれ」
「ソリテール、私と出会ってくれてありがとう。
どうか、どうかこの子の未来が明るく素晴らしいものになりますように。」

タンドレッスは、静かに息を引きとった。

その後、三日三晩の葬式があったが、何も覚えていない。
その日から執務室に篭った。執務室以外の場所はタンドレッスとの思い出が詰まりすぎて辛かった。
初めて出会った中庭ーー。
一緒に食事をした部屋ーー。
一緒に楽器を演奏したテラスーー。

仕事をしていればタンドレッスのことを忘れられた。

ヴェリテには十分な量の金額が出されていたから務めは果たしていると思い込んでいた。

ヴェリテを纏う雰囲気が急に変わり、冷たい態度を取られるまで、自分がいかに酷いことをしていたのかも分かっていなかったのだ。


「なに?ヴェリテが熱を?」
ヴェリテは今までに一度も熱を出したことがない。
最近、突如として大人びたヴェリテは気を張りすぎたのかもしれない。
「今すぐ見舞いに行かなくては。」

ヴェリテの部屋の前に着くと赤毛の侍女が立っていた。
「ヴェリテ様はお一人で過ごしたいようです。部屋には誰も通すなと言われております。」
「そうなのか…、では、この花だけでも渡してくれ。」

ヴェリテの部屋から戻る時、フロワに会った。

「お父様もヴェリテのお見舞いですか?」
「ああ、しかし会えなかった。今は1人になりたいそうだ。」
「そうですか…。」

しょんぼりとする息子を眺める。
しばらく見ない間に随分と大きくなった。

「フロワ、大きくなったな。」
フロワは目を見開き、微笑んだ。
「俺はもう11歳ですから。」
自慢げに答えるフロワには申し訳ないが、思っていた以上に幼いと思った。
俺が11歳の頃はもっと奔放だった。色んな人に迷惑をかけた。お父様にも沢山叱られた。

そこでハッとした。
自分が蔑ろにしていたのは、ヴェリテだけではない。フロワもだ。

「フロワ、今まですまなかった。お前との時間を十分にとってやることができなかった。」
フロワは労るように自分を見た。

「お母様を失った苦しみは俺も理解しています。
これからを見ましょう、お父様。
これからは楽しい時間が過ごせると信じています。」
「フロワ…、ありがとう…。」


あぁ、タンドレッス
君の遺言を守れなかった愚かな俺を許してくれ。
これからは子供達を守ると誓う。
だから、どうか。
どうかタンドレッス、願わくば、もう一度君に会いたい。


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