愛などもう求めない

白兪

文字の大きさ
上 下
12 / 24

音色

しおりを挟む
「プレゼントだ。」
誕生日の次の日、親子3人で朝食をとっていた。
「お兄様から僕に?」
「ああ。今まで渡せなくてすまなかったな。」
美しくラッピングされたプレゼントを開く。
「これ…!ソーイングセットだ…!」
「刺繍が得意だと聞いたからな。気に入ってくれるといいのだが。」
ヴェリテは淡い黄色のポーチに入った美しいソーイングセットに目を輝かせる。
「この刺繍綺麗…。」
ポーチには美しい百合の刺繍が入っていた。
「ヴェリテは百合が好きだろう?」
兄は微笑んだ。
「嬉しいです!本当にありがとうございます!大事にします。」
ヴェリテはソーイングセットをギュッと抱きしめる。

あぁ、嫌だな。離れがたくなる。
でも、僕は偽物だから。離れなきゃいけないのに。

いつの日か、この日々がいい思い出だったと思える日が来るのだろうか。

「ヴェリテが頼んだ別荘への旅行は1週間後に決まった。」
「はい。ありがとうございます。」
「俺とフロワは行くのはもちろんだが、あとジュスティスも行きたいといっているのだがいいだろうか?」
ヴェリテは目を丸くした。あの時、ガルディエーヌと2人でとお願いしたはずだが、いつの間に父と兄も一緒に行くことが決まっていたのだろうか。それにジュスティスもだなんて。
「もちろん、構いませんよ。」
ヴェリテは戸惑いを隠して微笑んだ。


「わぁー!すっごく綺麗なところだ!」
「そうですね。こんな素敵な場所に連れてきてくださってありがとうございます。」
ガルディエーヌが嬉しそうに微笑む。
「ガルディエーヌにはいつもお世話になっているから、恩返しがしたかったんだ!」

都から馬車で2時間、船に乗って1時間。
美しい島の美しい別荘に着いた。

「懐かしいな。」
「お兄様は来たことがあるのですか?」
「母上と父上と3人で昔。その時、ヴェリテは母上のお腹にいたんだが、覚えているわけもないよな。」

何も感じられないのなんて当たり前だ。僕は本当の子供ではないのだから。

その言葉をグッと堪える。

「タンドレッスはここが大好きだった。」
父がしみじみと景色を眺める。

「夕飯までゆっくり過ごしなさい。疲れも溜まっているだろう。」

案内された部屋はとても可愛らしい部屋だった。淡い黄色の壁紙には百合の模様がついている。
「このデザイン、最近よく見るなぁ。」
「この淡い黄色と百合はタンドレッス様がお好きだったんですよ。」
「え?」
「ここもタンドレッス様用の部屋でした。親子はやはり似るものですね。ヴェリテ様も黄色と百合がお好きですもの。」
ガルディエーヌが懐かしそうに微笑む。
「似てない…。僕とお母様は似てないよ。」
「いいえ、似てますよ。私、昔はタンドレッス様付きの侍女だったのですよ。本を読んでおられる姿、笑顔、寝顔…。全てタンドレッス様に似ておられます。」
「きっと、気のせいだよ。」

そんなことはありえない。僕とお母様に血のつながりはないのだから。僕は偽物なのだから。

夕食を終えた後、ヴェリテは眠れずにいたので、この別荘を探検することにした。
南の方に位置するからか、火が沈むのが遅い。7時を回っていたが、まだほんのりと明るかった。

豪勢な扉が目に入り、そっと開けてみる。
「わぁ…!沢山の本だ…!」
そこは小さな図書室だった。
綺麗に本が並べられている。

「ん?なんだろうこれ。楽譜?」
本と本の間の隙間に紙が挟まっているのを見つけた。それはピアノの楽譜のようだった。

ヴェリテは楽譜にサッと目を通す。
「美しい旋律だな。弾いてみたい。」

この別荘にはピアノが置いてあったはずだ。少し弾いてみよう。

ヴェリテはピアノの置かれている部屋へと移動した。
この部屋は中庭と繋がっていて、薄暗い光が美しい花々を照らしている様子がよく見えた。

ヴェリテは旋律を奏でる。
読んだ通り、美しい曲だった。高音が優しいメロディを奏でる。弾いているうちに心が温かくなって、いつの間にか涙を流していた。
最後の章を弾き終わると、拍手の音が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには父がいた。

「ご就寝の邪魔をしてしまいましたか?すみません。」
「いや、素晴らしい演奏だった。」
薄暗くて気づかなかったが、父は泣いているようだった。

「この曲は、昔、タンドレッスに贈ったものだ。」
「え?陛下がお作りになったということですか?」
「そうだ。彼女を思って作曲した。」
父に音楽の才能もあったとは。ヴェリテは目を丸くする。
「タンドレッスは喜んでくれて、よくここで弾いて聞かせてくれた。」
「ここで、お母様が…。」
「弾いているお前を見て、タンドレッスのことを思い出した。彼女のピアノの音色が好きだった。」
父は目を細めて笑った。
ヴェリテは父のそんな表情を初めて見た。

「ごめんなさい。」
思わずヴェリテは謝った。

偽物なのに、2人の大事な曲を勝手に弾いてしまって、ごめんなさい。

「なぜ謝る?俺は感謝している。タンドレッスが死んでから悲しみに暮れるばかりだったが、最近になって気づいたのだ。彼女が死んでも思い出は消えないのだと。沢山あったと。彼女が残したものは沢山あったのだと。」
父は慈しむようにこちらを見た。

「その一つがお前だよ。ヴェリテ。」

ヴェリテは思わず部屋から飛び出していた。

本当は偽物なんです。本当は血のつながりなんてないんです。僕は皆んなを騙しているんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ヴェリテの頭の中にはまだ、あの優しい旋律が流れていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

僕の大好きな旦那様は後悔する

小町
BL
バッドエンドです! 攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!! 暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【番】の意味を考えるべきである

ゆい
BL
「貴方は私の番だ!」 獣人はそう言って、旦那様を後ろからギュッと抱きしめる。 「ああ!旦那様を離してください!」 私は慌ててそう言った。 【番】がテーマですが、オメガバースの話ではありません。 男女いる世界です。獣人が出てきます。同性婚も認められています。 思いつきで書いておりますので、読みにくい部分があるかもしれません。 楽しんでいただけたら、幸いです。

記憶喪失の君と…

R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。 ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。 順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…! ハッピーエンド保証

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

恋人が本命の相手と結婚するので自殺したら、いつの間にか異世界にいました。

いちの瀬
BL
「 結婚するんだ。」 残されたのは、その言葉といつの間にか握らせられていた手切れ金の紙だけだった。

処理中です...