愛などもう求めない

白兪

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「プレゼントだ。」
誕生日の次の日、親子3人で朝食をとっていた。
「お兄様から僕に?」
「ああ。今まで渡せなくてすまなかったな。」
美しくラッピングされたプレゼントを開く。
「これ…!ソーイングセットだ…!」
「刺繍が得意だと聞いたからな。気に入ってくれるといいのだが。」
ヴェリテは淡い黄色のポーチに入った美しいソーイングセットに目を輝かせる。
「この刺繍綺麗…。」
ポーチには美しい百合の刺繍が入っていた。
「ヴェリテは百合が好きだろう?」
兄は微笑んだ。
「嬉しいです!本当にありがとうございます!大事にします。」
ヴェリテはソーイングセットをギュッと抱きしめる。

あぁ、嫌だな。離れがたくなる。
でも、僕は偽物だから。離れなきゃいけないのに。

いつの日か、この日々がいい思い出だったと思える日が来るのだろうか。

「ヴェリテが頼んだ別荘への旅行は1週間後に決まった。」
「はい。ありがとうございます。」
「俺とフロワは行くのはもちろんだが、あとジュスティスも行きたいといっているのだがいいだろうか?」
ヴェリテは目を丸くした。あの時、ガルディエーヌと2人でとお願いしたはずだが、いつの間に父と兄も一緒に行くことが決まっていたのだろうか。それにジュスティスもだなんて。
「もちろん、構いませんよ。」
ヴェリテは戸惑いを隠して微笑んだ。


「わぁー!すっごく綺麗なところだ!」
「そうですね。こんな素敵な場所に連れてきてくださってありがとうございます。」
ガルディエーヌが嬉しそうに微笑む。
「ガルディエーヌにはいつもお世話になっているから、恩返しがしたかったんだ!」

都から馬車で2時間、船に乗って1時間。
美しい島の美しい別荘に着いた。

「懐かしいな。」
「お兄様は来たことがあるのですか?」
「母上と父上と3人で昔。その時、ヴェリテは母上のお腹にいたんだが、覚えているわけもないよな。」

何も感じられないのなんて当たり前だ。僕は本当の子供ではないのだから。

その言葉をグッと堪える。

「タンドレッスはここが大好きだった。」
父がしみじみと景色を眺める。

「夕飯までゆっくり過ごしなさい。疲れも溜まっているだろう。」

案内された部屋はとても可愛らしい部屋だった。淡い黄色の壁紙には百合の模様がついている。
「このデザイン、最近よく見るなぁ。」
「この淡い黄色と百合はタンドレッス様がお好きだったんですよ。」
「え?」
「ここもタンドレッス様用の部屋でした。親子はやはり似るものですね。ヴェリテ様も黄色と百合がお好きですもの。」
ガルディエーヌが懐かしそうに微笑む。
「似てない…。僕とお母様は似てないよ。」
「いいえ、似てますよ。私、昔はタンドレッス様付きの侍女だったのですよ。本を読んでおられる姿、笑顔、寝顔…。全てタンドレッス様に似ておられます。」
「きっと、気のせいだよ。」

そんなことはありえない。僕とお母様に血のつながりはないのだから。僕は偽物なのだから。

夕食を終えた後、ヴェリテは眠れずにいたので、この別荘を探検することにした。
南の方に位置するからか、火が沈むのが遅い。7時を回っていたが、まだほんのりと明るかった。

豪勢な扉が目に入り、そっと開けてみる。
「わぁ…!沢山の本だ…!」
そこは小さな図書室だった。
綺麗に本が並べられている。

「ん?なんだろうこれ。楽譜?」
本と本の間の隙間に紙が挟まっているのを見つけた。それはピアノの楽譜のようだった。

ヴェリテは楽譜にサッと目を通す。
「美しい旋律だな。弾いてみたい。」

この別荘にはピアノが置いてあったはずだ。少し弾いてみよう。

ヴェリテはピアノの置かれている部屋へと移動した。
この部屋は中庭と繋がっていて、薄暗い光が美しい花々を照らしている様子がよく見えた。

ヴェリテは旋律を奏でる。
読んだ通り、美しい曲だった。高音が優しいメロディを奏でる。弾いているうちに心が温かくなって、いつの間にか涙を流していた。
最後の章を弾き終わると、拍手の音が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには父がいた。

「ご就寝の邪魔をしてしまいましたか?すみません。」
「いや、素晴らしい演奏だった。」
薄暗くて気づかなかったが、父は泣いているようだった。

「この曲は、昔、タンドレッスに贈ったものだ。」
「え?陛下がお作りになったということですか?」
「そうだ。彼女を思って作曲した。」
父に音楽の才能もあったとは。ヴェリテは目を丸くする。
「タンドレッスは喜んでくれて、よくここで弾いて聞かせてくれた。」
「ここで、お母様が…。」
「弾いているお前を見て、タンドレッスのことを思い出した。彼女のピアノの音色が好きだった。」
父は目を細めて笑った。
ヴェリテは父のそんな表情を初めて見た。

「ごめんなさい。」
思わずヴェリテは謝った。

偽物なのに、2人の大事な曲を勝手に弾いてしまって、ごめんなさい。

「なぜ謝る?俺は感謝している。タンドレッスが死んでから悲しみに暮れるばかりだったが、最近になって気づいたのだ。彼女が死んでも思い出は消えないのだと。沢山あったと。彼女が残したものは沢山あったのだと。」
父は慈しむようにこちらを見た。

「その一つがお前だよ。ヴェリテ。」

ヴェリテは思わず部屋から飛び出していた。

本当は偽物なんです。本当は血のつながりなんてないんです。僕は皆んなを騙しているんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ヴェリテの頭の中にはまだ、あの優しい旋律が流れていた。



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