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XXVII 同盟加入試験

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(……。)
青い長髪の女性が車を走らせる。座席が運転席含めて3列あるタイプの車の後方の座席に座る魔神は窓の外をじっと見つめ、街を歩く人たちを見つめる。
(人間は…日々何を思い生きているんだろうか。法律という枷に縛られ、職務という枷に縛られ…縛れるだけの生き方で何を感じるのだろうか。幸せとは、枷からの解放なのだろうか。)
魔神プレデター、あんまり窓の外をじっと眺めないで下さい。万が一監視カメラなどに映り込めば、我々全体の身が危うくなります。」
「……君は他のものと違い、私に対して礼儀を欠いているな。先ほど名乗ってくれたな…かえでと言ったか?」
楓と呼ばれた青髪の女性は一瞬振り向くと、小さく舌打ちをして前に向き直る。
「私はリーダーの命令を受けて貴方を安全にアジトに連れて行こうとしていますが、リーダーが何故貴方を受け入れようとしたのか理解はできていません。」
「まぁ、僕の魔法で作ったローブを羽織っていれば外からは見えないと思うので大丈夫だとは思いますけど…。」
助手席に座っている緑希が笑顔で振り向く。魔神は彼から渡された黒いローブを手で触る。
「とても助かる。しかしこれは…君の手元にある絵から生まれたように見えたが?」
魔神は緑希が手に持っている紙を見る。それには魔神が今羽織っているローブによく似た形の絵が真っ黒に塗りつぶされて描かれていた。
「僕の魔法…『影絵シャドウプレイ』っていうんですけど…この絵の影の形を具現化してそのローブを作りました。お気に召しませんでしたか…?」
「いや、そんなことはない。感謝する。」
「緑希、よそ見ばかりするな。周りを見ておきなさいと言ったでしょう?」
「す、すいません楓さん。」
そこからしばらく、車に乗っている全員が無言のまま車は走っていた。
「…先ほどの来流と言ったか、あの娘はどこだ?そういえば姿が見えないが。」
「大丈夫よ。ちゃんと乗ってるから。アジトに着いたら出てくるわ。」
楓の返事を最後に、再び静寂が訪れる。前の席に座る恵夢は魔神の方にも振り向かず、窓の外をじっと見つめていた。
「…お前たちに一つ問いたいことがあるのだが。」
「どうぞ。」
楓はそっけない態度で返事を返した。
「君たちのいる同盟という組織は…簡単に言葉にするのであれば反社会組織だ。いや…反組織と言っても過言ではない。人類の滅亡と共に魔人による新たなる繁栄を望む。そんな組織に属した君たちの動機が知りたい。」
「動機…というと、同盟に所属した理由ですか?」
「そうだ。見れば君たちはかなり若い。こんな組織に属するよりも幸せな道があるとは思わないのか?」
何度目かの沈黙が訪れる。答えにくい質問をしてしまったのだろうかと魔神が首を傾げる。
「私はこの魔法を得てから、周りの心が読めるようになっていった。」
「…恵夢。」
窓の外を眺めながら恵夢は魔神の質問に答える。
「表でどんなに取り繕ったところで、目を合わせれば分かる。心を無断で見られることへの嫌悪。心を見る私の目への恐れ…それは私の友達も、家族ですらそうだった。それまで私を愛してくれていた親も、信頼していた友達も…私のこの力を前にして裏切った。」
「……。」
魔神は恵夢の話をただ無言で聞いていた。
「すぐに裏返って真逆の考えに変わって、簡単に人の心は変わる。でも…魔人はそんなことはない。人類を滅ぼしこの世界を手に入れるその野心が、心変わりすることはない。」
「…それだけが理由か?」
恵夢は魔神をチラリと見ると、小さくため息をつく。
「…一部の理由としては、リーダーだな。」
「ほう?」
「あの人は珍しい人だ。魔人に人類を滅亡させるなんてとんでもないことを考えているにも関わらず、心に裏表が無さすぎる。何より仲間との絆を大切にしているし、私たちを全員「家族」と評するような人だ。その歪んでいるようで真っ直ぐな不思議な心の形に私は不思議な感覚を覚えている。」
「私はリーダーしか理由にないわ。あの人のために尽くし、あの人のために戦う。あの人に必要とされることを私は最大の喜びとして同盟ここにいる。」
楓が話に割り込んで入ると、恵夢は楓を物言いたげな視線を見せるが、諦めたように小さくため息をついた。
「あの人についていきたいという理由で同盟に所属した者は多くいる。オリエルの理由はそれが9割でしょう。」
「ふむ…緑希、お前は何故だ?お前はこの短時間でも優しく‥人類を滅ぼすような組織に属するような人間とは思えない。」
「え?ぼ、僕ですか?そうですね…。」
緑希はポケットから何か紙を取り出して見つめる。魔神の座る位置と角度からはそれが何かは見えなかった。
「僕の住んでいた街は魔人に襲撃されて滅ぼされました。僕の家族も、大切だった姉も─」
緑希がそこまで話した瞬間、車が乱暴に駐車場に駐車された。その反動とシートベルトによる固定で緑希の首がガクンっと激しく揺れる。
「ぐえっ!ちょ、ちょっと楓さん!?」
「悪いわね、なんかまた長話されると腹立つからいじめたくなったのよ。」
「またってなんですか、私の話そんな長くなかったでしょ。」
「うう…今日首がすごい酷い目にあってる気がする…厄日なのかなぁ。」
首をさすりながら緑希は車から降り、それに恵夢も続く。楓は肘をついてため息をついていた。
「む?もう目的地に着いたのか?」
「いえ、別の仲間を回収しにきたんです。すぐに戻りますので少しお待ちくださいね。」
緑希は魔神に向かって微笑みながらそういうと、駐車場の側にあるファミレスに向かって恵夢と共に歩いて行った。

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「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったですか?」
「あ、いえ友人を迎えにきたんです。」
店員にそう言って、緑希と恵夢はファミレスの中を見渡す。すると、一人で椅子に座った状態でいる少女を見つけてそこに向けて歩き出す。
「……。」
その少女は空になったジュースのコップを見つめながら耳を塞いで席に座っていた。恵夢達が近づくと、無言で振り向き立ち上がる。
千影ちかげ。情報の方はどうだ?」
「…特にめぼしい話は聞こえなかったわ。若者の噂話とか、社会人のぼやきとか。当たり前のような話ばかりで聞き疲れた。」
千影と呼ばれた少女はため息をつき、気だるげな表情で出口に向かって歩く。ジュース一杯分の会計を済ませると、三人は車に向かった。
「早かったな。」
魔神が後部座席から顔を覗かせる。その顔を見て千影は怪訝そうな顔をする。
「貴方が話に聞いた魔神ね。リーダーが引き入れた意味を全く理解できないけれど。」
「君は素直な子だな。明確に私に対して嫌悪のような視線を向けてきた。」
千影はため息をつきながら恵夢に続いて座席に着く。
「私は煌理きらり千影ちかげ。言っておくけれど私は他の連中みたいに快く貴方を迎え入れる気はないから。」
「冷たい娘だ。」
再び車が発進すると、魔神の隣から何か音が聞こえ始めた。
「ん?」
魔神は気になりそちらを振り向く。するとそこには、1匹の小さな猫が丸まって寝ていた。
「…このようなところになぜ猫が?」
「気にしなくて良いよソイツは。」
魔神がその猫に触れようとすると、楓が振り向きもせずにそう言った。
「…君達の飼い猫か?」
「当たらずも遠からずと言ったところかしら。まぁとにかく今は放っておいてあげなさい。」
魔神は猫の寝顔を見つめる。その顔は一切の害も感じず、危険な何かがある雰囲気もなかった。
「…そうか。ところで君たちのアジトというのはいつ辿り着くんだ?随分と長い時間走っているようだが。」
「そりゃあ何度か同じ道を走っているからね。もし誰かに追跡されていたら…それが分かるようにちゃんと計画して動いているのよ。こんな危険な生物を積んでる車だもの、それくらいの警戒は当然よ。」
「ふっ、その危険生物とは私のことか?」
魔神のその言葉を聞き、楓はチラリと魔神の方を見た。
「ま、そんなところね。」
前の車にぶつからぬように車を止める。よく見てみると何やら渋滞が起きていた。
「あら、何かしら?」
楓が窓から外を覗く。すると、助手席に座る緑希のポケットに入っていた携帯から着信音が鳴る。
「は、はいっ!もしもし…リーダー?」
緑希のリーダーという一言に、魔神以外の全員の体がピクリと反応した。
「ハイ…ハイ!楓さん!この先で新たな偽神フェイカーが出現して、現在避難が始まっているそうです!」
「…それで?リーダーの指示は?」
緑希は再び携帯に耳を当てて、小さく頷いて魔神に振り向いた。
「…魔神さん!」
「ん?」
緑希は恵夢に携帯を手渡し、次に魔神に回した。魔神は恐る恐る携帯を横顔に当てる。
「…君が彼らのボスか?」
『初めまして、魔神様。おっしゃる通り、私が彼らのリーダーです。』
その声はとても落ち着いた声だった。声は低かったが口調は女性のものだった。
「君もあのシスターのようなものか。変わった人間が多いんだな?」
『ふふ。私もあの子も、ただありたい自分のあり方で生きているだけですよ。あの子は可愛い服装が好き、私はこの口調が好き。ただそれだけですわ。』
魔神は声を聞きながらもリーダーを名乗る人物の本質を探ろうとしていた。
(私のような怪物を組織に引き入れるために部下を寄越すような存在だ。一体何を考えているのかはわからんが…)
「あの男の考えてることなんて誰もわからないわよ。私だって理解できない。」
魔神の心の声に応えるように千影が呟いた。魔神は返答に驚いたが、すぐに不敵な笑いを浮かべて携帯を再び耳に当てる。
「リーダー。お前が何を企んでいるのかは知らんが…わざわざ私に変わってもらったということは何か用なのだろう?」
携帯越しに、微かな笑い声が聞こえてきた。
『察しが良くて助かるわ。じゃあ単刀直入に言うけれど…今出現している偽神、いるでしょう?』
「あぁ、それがどうした?」
『そこには確実にイザード財閥の魔法少女達がいる…その子達と戦って欲しいの。貴方の力を私たちに見せて頂戴。』
その言葉を聞き、魔神が不敵に微笑む。
「殺してしまう可能性もあるが?」
『そう簡単に殺せるなら私たちも苦労しないわ。力を見せてくれればそれで良いのよ。』
魔神は携帯を閉じると、顔を手で覆い肩を震わせる。
「はははは…なるほど、同盟に入る試験とでも言いたいのか?面白い…訛った体を動かす良い機会だ!」
魔神が笑っていると、楓のいる運転席の窓を警官が叩き始めた。
「皆さん大丈夫ですか!?ここは危険です、今すぐ避難を…。」
楓が車の窓をゆっくりと開く。警察と楓の目があった。
「え?」
楓の顔には薔薇の装飾が施されたアイマスクが装着されていた。楓は優しく微笑むと、警官の首を刺々しいイバラの鞭で縛り上げた。警官の皮膚に刺が食い込み、皮膚を裂き血を流させる。
「い…いで…な、なにを…っ!?」
「口答えしないで頂戴。ブタは大人しく養豚場でおねんねしてなさい!」
楓は大きく鞭を振るい、警官を投げ飛ばして隣の乗用車の窓に叩きつけた。
「なんだ!?何があった!」
そう叫んで近づいてきた別の警官がいたが、車に近づく寸前で足が止まった。
「な…っ!?」
「すいません、ご迷惑かもしれませんが、少し眠っていてください。」
車から降りた緑希の手の平からは光が発せられており、照らされたの影が本人の足を立体的に出現した腕で掴んでいた。
「はっ!」
その瞬間、脇差を引き抜いた恵夢が警官の脳天に打撃を与える。警官は白目を剥いてその場で倒れた。
「…貴様のその剣は刃が潰れているのか?」
「これは逆刃刀さかばとうです。刃が逆に付いているだけですよ。」
魔神の疑問に答えた恵夢は、車から布に包まれた物を取り出す。それは120cmほどの長さの長刀が仕舞い込まれていた。
「魔人の世界になれば今の人類はすでに死んでいることになるでしょう?であれば、私の手をわざわざ汚す必要はない。」
魔神は歩く恵夢の背中を見つめる。
「…甘いのか、先を見据えての考えか。やはり人間とは見ていて飽きないな。」
恵夢と緑希は車の中からそれぞれの仮面を取り出す。緑希は鳥の嘴のような仮面を、恵夢は閉鎖区域でもつけていた鬼のようなマスクを着用した。
「千影、貴方はマスク持ってきてないんでしょう?今日は一般人に紛れて避難しておきなさい。」
「…ええ、わかったわ。」
千影は返事を返すと、背を向けて走り出した。
「よっし!僕も久々に体動かしたいから暴れるよーっ!」
魔神がその声に反応して振り向くと、先ほどまでどこにも姿が見当たらなかった来流が隣に立っていた。
「む…お前、いったい今までどこに…?」
魔神の質問に対して、来流はいたずらな笑顔で魔神にウィンクする。すると、魔神の手の甲に何か柔らかいものが当たった。魔神がそれを見ると、来流の腰から猫の尻尾が生え、魔神の手の甲に触れていた。
「にゃはっ。」
「…実に興味深い。」
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