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XXVI 薔薇の芽神同盟

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「………。」
寂れた、しかし綺麗に掃除された教会の中で1人のシスター服を着た人物が祈りを捧げていた。十字架に近い形の巨大な三叉槍が飾られており、槍の中央には金色のバラが飾られており、茨が巻きついていた。
「…祈りの邪魔をすることは許されませんよ、魔神プレデター様。」
シスターが立ち上がり振り向くと、閉鎖区域で空達を苦しめたあの魔神が立っていた。
「邪魔であったか?すまんな。しかしここ一ヶ月ほどこの教会に閉じ込められているとなると、体は鈍るものでな。外に出たくなるのだ。もはや私用に用意してくれた部屋の天井のシミの数も完璧に覚えてしまうほどに退屈だ。」
シスターはアルコールティッシュで手を拭きながら魔神の前に立つ。
「それは失礼しました。しかしあなたの姿は獣に等しき造形フォルム…外の世界を歩くにはいささか異形が過ぎるのです。」
シスターは魔神が着ている黒いシャツのシワを手で直す。魔神はシスターをじっと見つめる。
「しかし君は不思議な存在だな。何故そのような格好をしている?」
「私は薔薇の芽神…我らの神に仕える存在。であれば修道女の姿というのは不思議ではない…むしろ普通のことでは?」
「そうではなく、私が言いたいのは君の─」
魔神の言葉は、シスターが人差し指を口に当てたことで塞がれた。
「…この姿が、今の私にとってのなのです。貴方には分からないでしょうが。」
シスターは優しく微笑むと、魔神の出てきた部屋の中に入っていき慣れた手つきでベッドのシーツを整え始める。
「…君たちは本当に不思議な者たちだな。。」
シスターはその言葉を聞いてチラリと魔神を見るが、すぐに笑顔に戻りシーツに視線を戻す。
「私たちは今の人類ではなく、薔薇の芽神様が作り出す新しい人類と新たな世界を観るために作られた組織です。貴方もその新たな未来のために生かされたんですよ、感謝してくださいね。」
「…一ヶ月近くも共に過ごせばなんとなくわかるが、君はあまり私を好きではないようだね。」
「……。」
シーツを取り替えたシスターが魔神と目を合わせた。口元は微笑んでいるが、細く閉じられた目の奥には一切の光が見えなかった。
姐様ねえさまの指示がなければ貴方の命など私にとってはどうでも良いことでしたからね。むしろ、姐様にどんな形であれ「手助けしてあげなければ」と大切なものとして扱われた貴方が…。」
シスターは魔神の部屋にあったカップを手に取ると、まるで紙切れを握り潰すかのように簡単にカップを破壊した。
「妬ましいんですよ。」
その囁くように呟いた言葉は、若い身であるシスターから出たものとは思えないほど、ドスの効いた声だった。
「…気分を害したのであれば謝罪するが、それよりも気になるのは君が何度も口にしている『姐様』という存在についてだ。」
魔神の言葉を聞き、シスターはカップの破片をゴミに捨てる。慣れた手つきでタオルを取り出し、手についた傷を止血し始める。
「姐様が何か?」
「私はここ一ヶ月この協会に軟禁されているのだが…君以外にあった人物は数人、その中に君があねと呼んだ人物は1人もいない。君がそこまで盲信する『姐様』と私はいつ顔合わせができるのだ?」
「顔合わせ、ですか?」
「ああ、不本意ではあったが助けられた礼を…。」
その瞬間、教会内に激しい突風が吹き荒れる。窓は閉められているし外は無風なはずなのに、魔神は突然発生した風により教会の椅子に勢いよく座らされた。
「ぬ…っ!」
シスターは風に乗って魔神の前に飛び、右手をあげる。すると、先ほどまで飾られていた槍が風によって浮き上がり、シスターの右手に掴まれる。
「お、おい…っ。」
明らかにその細腕からは想像もできないような力で巨大な槍を振るい、シスターは魔神の座る椅子の真横に槍を突き刺した。木の破片が周辺に飛び散る。
「姐様の善意を!不本意だと!?お前は口にしたのか?今!」
魔神が椅子から離れようとするが、体は突風の風圧で抑え込まれて動かなくなっていた。
「姐様が貴方に無償で向けた大いなる優しさをお前は!今ここで!不本意であると口にしたのか!?懺悔しろ!!今すぐ姐様のご厚意に対してこうべを…!」
シスターが言葉をそこまで口にした瞬間、シスターの体に何かが巻き付いた。それは黒い鞭のようなものであった。
「リーダーから様子を見に行ってくださいと指示を受けて来てみれば…貴方は何をしているんですか!オリエルさん!」
その黒い鞭は、教会の入り口に立っていた青年の手の平から伸びていた。オリエルと呼ばれたシスターは、その叫んでいる青年を見てため息をつく。
緑希つなき…お前何故ここにいる?邪魔をするな、私は姐様のご厚意に対し失礼を働いた愚者おろかものを…!」
緑希と呼ばれた青年が右手の平を開き地面に向ける。すると、青年の手の平から光が発生し、彼の足元を照らす。すると青年の前腕についた箱のようなものから、白く薄い紙に黒く絵の描かれたものが取り出された。
蛇影拘束サーペント・バインド!」
その紙に描かれた3匹の蛇の絵が、手の平から放たれた光によってとなって地面に映し出された。すると、地面の影絵がゆっくりと動き出し、彼のもう片手から出ている鞭の代わりにシスターの体を拘束した。
「ぐ…っ!」
シスターは影絵の蛇に縛られ地面に倒れる。
「貴様ぁぁ!!」
「はぁ…全く。貴方はリーダーのことになると猪突猛進になるのを自覚してください。」
「そうだぞ、オリエル。お前はリーダーのことになるとすぐに暴走するんだからな。」
緑希の後ろから、1人の少女が姿を現す。
「君は確か…オレの縄張りに現れた鬼面の娘か。そのような素顔をしていたのだな。」
「まあね…ところで貴方、オレだったり私だったり一人称がバラバラすぎない?」
個性キャラというものが定まっていないのだ。どちらの方がより自分らしいのかよく分からなくてな。」
「まあ、どちらでも良いけど。」
2人のやりとりを見ながら、オリエルと呼ばれたシスターは起き上がり、風を巻き起こして槍を教会の台に戻した。自身も風で背中を押して立ち上がる。
「分かった、冷静になったからこの拘束を解け。」
緑希は怪しむ視線を向けるが、このままでは話が進まないと少女に肩を叩かれて解除をした。
「…それで、貴方達は第二アジトで待機との指示を受けていたはずなのに何故ここに?ここは第一アジトです、漢字の一と二の区別もつかないのでしょうか?恵夢えむ。」
オリエルの嫌味な言い方に恵夢と呼ばれた少女が怪訝そうな顔をする。
「お前は相変わらず口が悪いな、オリエル。リーダーからの指示だ、『魔神を第三アジトに案内しろ』『オリエルは第一アジトの食料の調達をせよ』とな。」
オリエルはその言葉を聞き、首を傾げる。
「は?なんで私は姐様との合流指示が出ていない?私はこんなにも姐様に会いたいのに!?」
オリエルは教会の椅子に頭を打ちつけた。そのまま腕をジタバタと暴れさせ始めた。
「姐様……あぁ姐様ぁ……。」
「アンタ以外がここで待機指示が出るまではアンタが担当でしょ、文句言うな。」
「がぁぁ……っ。」
まるで禁断症状の患者のような唸り声をあげてシスターが項垂れる。
「面白いものだな人間とは。ここまで自身の欲に素直な反応をするとは。」
「コイツが特別変なやつなだけですよ。アタシたちもイマイチコイツのことは理解できないですし。」
「そういうものか、やはり人間のことは知れば知るほど不思議なことが増える。楽しいものだ。」
魔神は自身の尾の根元をさする。そこは鱗が薄く、杏奈によって引きちぎられた傷跡が残っていた。
「…流石の再生力ですね。ちぎれた腕ももはや元通りになっている。」
「ふはは、この傷は奴らとの再戦する約束の傷と捉えている…その為、あえて傷が残るように強引に再生した。再び会うのが楽しみだ。」
「我々にとっても貴方は大切な戦力です、自らの命を軽んじた行動は避けてください。」
恵夢と魔神がそんなやりとりをしていると、オリエルがいつの間にか自室で服を着替えて戻ってきていた。薄いピンクのブラウスにフリルのような黒いスカートを履いていた。
「…アンタはまた派手な格好してるわね。」
「可愛いと思いますよ、オリエルさん。」
「お前に褒められたくて着ているわけではない。」
オリエルは右のもみあげのあたりを三つ編みにしてリボンで結ぶ。
「今日の夕飯は麻婆豆腐にでもしようかな。」
「なんとなくだが服装に合わないチョイスだな。」
オリエルは服装を整えると、カバンを持って恵夢達に向き直る。
「では私は出かけますから、魔神この人をよろしくお願いしますね、姐様のために。」
オリエルが背を向けて扉の方に歩いていくが、立ち止まり再び振り向く。
「姐様のために。」
「二回も言うな、分かってるから。」
2人のやりとりを聞きながら緑希が優しく微笑む。
「ふふふ、やっぱりそうしていると、オリエルさんは女性にしか見えませんね…」
そこまで言った瞬間、緑希の背後から風が吹き、オリエルの目の前まで飛ばされると同時にオリエルが首を片手で掴んで強く締める。
「うぐっ!?」
「何か言ったか?」
「な、なんでもないです…。」
魔神は同じことを考えていたが、口を滑らせなかったことを心の中で安堵していた。
「一応言っておきますけど、私は好きでこの格好をしているだけですから。」
「わ、分かってます…すいません…。」
ため息をついたオリエルは緑希の首を離して扉に向かって歩く。
「風を操るシスター…私と戦ったあの娘達と言い、君たちが魔法と呼ぶものは種類が多くて見てて飽きることがないな。」
「貴方の魔法もなかなか危険ではありますけどね。」
恵夢の呟きを聞いてチラリと魔神が見る。恵夢と目が合った。
(この娘の魔法は一体なんなのか…気になるところだが、変に確かめようとすれば警戒されるか?)
「そんな心配はしなくても、私は貴方を敵としては見ません。リーダーの指示ですし。」
「…ほう?なるほど…そんな魔法もあるとはな。実に面白い。」
そんなやりとりをしていると、教会の扉が開き少女が顔を覗かせた。扉に手をかけようとしたオリエルが軽く驚いた。
「おっと…あなたも来ていたんですか?」
「うん!僕も魔神に会いたかったし!」
「今日はずいぶん客が多いな、君は?」
その少女は黒いパーカーを着ていたがフードを被らず、猫耳のような形のニット帽を被っていた。金色の髪を揺らしながらニコニコと微笑んでた。
「僕来流くるるが増えたって聞いて楽しみだったんだー!」
魔神が来流の顔をじっと見つめる。来流は微笑んだまま赤い瞳で見つめ返す。その瞳を見つめ、魔神は小さく微笑んだ。
「なるほど、確かにだな。」
すると、外からもう1人、青い長髪の大人びた女性が顔を出した。
「早く帰還するわよ、私の時間を無駄に消費させないでちょうだい。」
「…ふむ、君たちに保護されたことを余計なことと思っていたが、訂正しよう。」
「ん?」
「君たちと共に行動すればいずれあの時の少女達ともまた戦える。そう考えれば君たちと手を組むことは悪い選択ではないのかもしれないな。」
その言葉を聞き、オリエルは小さく微笑んだ。
「我ら同盟の目的のために、あなたの求める結果のために。互いに手を取り合う選択は正しいですよ、神様。」
「ふはは、心にもない言葉を。」

───────────────────

「シスターから連絡。魔神がこっちに向かってるってさ。」
民家から小さな男性が現れる。
「あら、たいくん。報告ありがとね。じゃ、私達も迎える準備を始めましょうか。」
民家の外で風を受けながら空を見ていた人物が振り向き建物に向かう。黒いコートに身を包んだそのは、桃色の長髪を風でなびかせながら歩く。
「…ねぇベディ?」
「あら、どうしたの?」
その小さな体躯の男性はその人物の隣を歩きながら顔を見上げる。
「‥あの魔神って危険じゃないの?僕たちの『芽神』に危害を加える可能性あると思うんだけど。前に言ってたじゃん、って。」
ベディと呼ばれた男性は、彼の頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。私たちの芽神はそう簡単に喰われたりしないし…彼は私たちの計画に必ず大きな影響を与えてくれるわ。」
「でももしベディに逆らったら?」
建物の中に入った桃色の髪の男は、テーブルの上に置いてあった紅茶入りのカップを手に取り口に運ぶ。
「大丈夫よぉ。私強いもの。」
「でも…」
不安そうな顔をする小さな友人の頭を、男は優しく撫でる。
「心配ないわ、あなた達を置いて死ぬわけないでしょう?」
「…分かった、親友の言葉を信じるよ。」
「ありがと、たいくん。さてと…。」
男は窓を開き、空を見上げる。
「芽神様へ挨拶もしないとね。」
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