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XXV EVIL CROW
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PM14:20 閉鎖区域B区 ビル屋上
「ギェェェェェッ!!」
カラスは低い音で鳴き声を鳴らしながらジュラを睨みつける。
(その目…どこまでも狩猟者として私の首を狩ろうというわけですか。)
カラスの不気味な鳴き声を聞きながらジュラが歩み寄る。
(あなたの縄張りに侵入したのは確かに私の方です。しかし、私には主人殿とその友人の皆様を守る使命がある…そのために、私はこの爪と嘴を全力で振るわせてもらいます…!)
(フン、貴様のような獣が人間如きに尽くすとは、くだらんことをするものだ。)
(…ん?)
その低い声にジュラは目を丸くする。
(しかし良いだろう。貴様のような狩りがいのあるヤツは久々だ…私も全力で行こう。)
カラスが笑うように鳴き声を漏らした。
(…あなた、会話できたのですね。)
(あぁ?鳥同士だぞ、当たり前だろうが。)
(いえ、先程まで一度も言葉を交わして下さらなかったので…てっきり会話できないのかと。)
(獲物といちいち会話する狩猟者がどこにいる?貴様がベラベラと戯言を抜かしてうるさいから返してやっただけだ。)
(……そうですか。これはご丁寧に、どうも。)
(…貴様を見ていると、心底気分を害する。人間という愚かな生き物の下につき、その人間のために命をかけて戦うなど…実に、愚の骨頂だ。)
カラスは低い声を上げながらジュラを見つめる。その目は明らかな軽蔑の視線を放っていた。
(下につく…ですか。)
そう呟いたジュラの体が、少しずつ肥大化する。
(貴様のその力…自らの肉体を強化する力のようだな。)
肉体が肥大化したジュラがコンクリートの床を踏み締める。爪が食い込み深くヒビが入った。
(一つ、訂正させていただきましょう。)
(…?)
(私は確かに主人殿の下についています。しかし…あの方は私を部下と思ってはいません、彼にとって私は…私にとって彼は。)
カラスをジュラの瞳が睨みつける。その目からは猛禽類としての、狩猟者としての力強いひかりが放たれていた。
(相棒です。)
その視線を受けたカラスは、全身の筋肉や翼が躍動するのを感じた。
(……。くくくくく…ははは…っ!!ならば貴様のそのくだらないこだわりがどれほど無意味か教えてやろう!貴様の死を持ってな!!)
カラスは翼を広げ飛び上がる。同時にジュラも飛び上がり、空中で目を合わせる。
(もはやここから交わす言葉は不要!貴様のその気高い眼を私は今から…貴様自身の血で赤く染めてやろう!!)
(やってみろっ!!)
2匹が空中で爪をぶつけ合う。ジュラの爪はカラスのものより強靭かつ巨大になっていたが、カラスはソレに臆することなくつかみかかる。ジュラがカラスの足を掴み遠くに放り投げる。碧射達のいる方角から遠く離れた方へ投げ飛ばされたカラスは空中で姿勢を整える。眼前までジュラの嘴が迫るが、空間が歪み寸前でジュラの動きが遅くなる。
(く…っ!!)
カラスはその先に旋回して嘴の軌道から避ける。魔法解除されたジュラの嘴は空を切った。
「ギァァァァァァァッ!!」
カラスが雄叫びを上げる。その姿を見ていると、先ほどまで言葉を交わしていたのが嘘のようである。
もはや言葉を交わす必要はない。
お前は俺を狩るだけ。俺はお前を狩るだけ。
互いの関係はたったそれだけだ。
もっとも…。
(私が勝つがな!))
ジュラからは、カラスが笑ったように見えた。
「ギュァァァッ!!」
「キュィァァッ!!」
互いに雄叫びを上げて放った最初の一撃は、頭突きだった。互いの額を全速力でぶつけ合った。ジュラの一撃は重く、カラスの額から血を吹き出させた。
「ギュィ…ッ。」
カラスが離れた瞬間、周りの空間が歪みジュラの動きが鈍くなる。
「ッ!」
しかしジュラは鈍い動きのままでも上方に強く羽ばたいた。
(鈍化したところで、解除された際に働いている力の強さと角度は変わらない…ならばこのまま上に…っ!)
空間の歪みが解かれ、ジュラが急激に上昇する…と、カラスはすでにジュラの頭上に移動して首に掴みかかっていた。
(ソレすらも計算のうちか…!)
カラスが嘴をジュラの左側の首筋に突き刺す。ジュラは唸り声を上げながらがむしゃらに飛び回る。
「ギィィィィィッ!!」
カラスはさらに嘴で肉をちぎろうと啄む。魔法により強化された皮膚は硬いが、何度も啄まれた皮膚からは血が吹き出していた。
「キュイイイイッ!!」
ジュラが大きく左へ軌道を逸らす。すると、カラスはビルのガラスに叩きつけられた。ガラスに蜘蛛の巣状にヒビが入る。
「ガ…ッ!!」
そのままジュラはまっすぐ飛行しガラスの壁にカラスの肉体を擦り付ける。
「ギギギ…ッ!」
カラスの嘴が離され、ジュラは壁から離れた。カラスは体勢を立て直して飛行を続ける。
「ギュィァァァァッ!!」
「キュイイイ!」
カラスは飛行しながら空間を歪めて急接近し、ジュラはそれを瞬時に回避して距離を取る。
(後一撃でも入れば…互いに相手を逃そうとはしないだろう…距離をとる機会はもうない…!)
「キュイイァァッ!!」
ジュラはカラスの攻撃を避けながら地面のマンホールに着地する。
「ガァァァッ!」
カラスが甲高い鳴き声を上げながら迫る。それをジュラはマンホールを力一杯持ち上げ、盾のようにして防いだ。
「ギ……ッ!!」
カラスの嘴が鈍い音を立てる。鉄の塊に追突した嘴のダメージは相当なものであろう。カラスが怯んでいる間にジュラはマンホールの蓋を置いて下水道に入って行った。
「ガァァッ!」
カラスはすぐに開いたままのマンホールの穴へ飛び込む。下水道は光も少なくて薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。しかしその空間で最も不気味であるのは確実に、舞い降りたカラスが放つ威圧感だった。
「……。」
カラスは目を見開き周りを見渡す。下水の中…天井…壁…床…全ての中にある赤い痕跡を目で辿る。
「ギィィ…ッ。」
カラスは笑うように声を漏らす。ジュラの首から溢れる血は簡単に止血できるものではなく、飛んだ道の上には血が痕跡として残っていた。
「ギュイィィッ!!」
カラスは甲高い鳴き声を上げて飛行を始めた。
───────────────────
「………。」
下水道の入り組んだ道を飛び回りながらカラスは周りを見渡す。確実に獲物は大量の出血を止めずに飛んでいるはずだが、痕跡の感覚などを見るに飛ぶ速度は落ちることなく一定を保っていた。
「イィィ…。」
そしてさらに違和感を感じるのは、道中にあったマンホールの蓋が全て開かれていたことだった。ジュラの魔法を使ったパワーなら内側からこじ開けることは可能だろうが、わざわざそんなことをしても飛んだ痕跡は引き続き下水道の中にある。誤魔化しようがないというのに…カラスは理解ができなかった。
「ギュァッ?」
カラスは血の痕跡が途切れたことに気づきその場で止まる。
「……?」
そこにはいくつかマンホールの蓋が置かれていた。地面にそのまま置かれているものや壁に立てかけてあるもの、水の中に沈められているものもあった。数はさほど多くなかったが、一つだけ違和感のあるものがあった。
「ギィィィ…。」
壁に立てかけてあるわけでもなく、床に直置きされているはずなのに不自然に地面との隙間がある、何かが隠れていそうなマンホールを見つめる。
「………。」
ガタン
「!!」
そのマンホールの蓋がかすかに動いたのを見て、カラスはすぐにソレに向けて鈍化する空間を発動する。
「ガァァァァッ!!」
カラスが甲高い雄叫びを上げながら裏に回り込む。
「…!?」
しかしそこにあったのは、ずぶ濡れのカラスの死骸だった。下水で濡れた死体は時間が経って蓋がずれ、動いたように見えただけだった。
(釣られてくれてありがとうございます。)
カラスは声を聞き周りを見渡す。しかしジュラの姿はどこにもなかった。
「キュィィィ!!」
甲高い鳴き声を上げながら、地面に置かれたマンホール蓋が吹っ飛び、裏から大鷹が姿を現しカラスの首を嘴で掴む。
「ギィ…っ!?」
マンホールの蓋が置かれた地面には、砕かれてちょうど魔法を解除して肉体のサイズが元に戻ったジュラ1匹なら入れそうな空間ができていた。
「ガァァァッ!!」
攻撃を防ごうとカラスは鈍化する空間を発動させた。
「ギ…ッ!?」
しかし、一瞬早く動いたジュラの嘴は、カラスの首の右側を貫いた。空間の歪みにより遅くなった一撃はゆっくりとカラスの首を貫き、そのゆっくりと襲いかかる痛みにカラスは目を見開いて悲鳴を上げる。
「アアァァァァァァァァァァッ!?」
空間の歪みが解かれ、ジュラはカラスの肉を啄んだまま飛行し近くのマンホールの入り口から飛び出した。カラスは首から鮮血をこぼしながら暴れもがく。
「ギ…ギギギ…ッ!!」
ジュラの嘴が刺さったまま上空に上がると、カラスはジュラの体を足で掴み、自身の首から嘴を引き抜いた。
「キュイイ…ッ!!」
ジュラは血まみれの嘴で再び攻撃しようとしたが、カラスはそれを寸前でかわしジュラの体を足で掴む。
「ガァァァ!」
「キュイィィ!」
カラスはジュラの体を蹴り飛ばし下に向けて落とす。ジュラは姿勢を変えようと翼を動かすが…。
(まずい…上手く翼を動かせない…!)
ジュラは数分の戦いの中で大量の出血が起きており、すでに意識は朦朧となっていた。
(が…っ!)
ジュラは姿勢を変えられず地面に激突する。寸前で魔法を使い肉体を強化することで衝撃を微かに緩和した。
「ガァァァッ!!」
上空からカラスが鳴き声を上げながら迫る。
(このままでは…っ!)
「ん?この子は…。」
「ッ!?」
ジュラのそばに何者かが歩み寄ってくる。
(この人は…いや、人ではない…か…。)
そこに立っていたのはイプシロンだった。イプシロンはジュラを抱き上げる。
「おい、何があった?」
走り寄ってくる碧射にぐったりとしたジュラを渡す。
「ノツミチ・アオイ。この子は…。」
「ジュラ!」
(主人…殿…。なぜこんなところ…に?)
「んっ!?」
碧射が上空を見上げる。先ほどまで襲いかかって来ていたカラスは上空で翼を羽ばたかせてこちらを見つめる。
(……この状態で武装した人間を相手するのは骨が折れるな。)
(アイツ…諦めたの…か?)
「…イプシロン。可能な限り早く管理局に戻ってくれ。ジュラも含めて全員が満身創痍だ。俺は助手席に乗ってジュラを抱えててもいいか?」
「了解しました。助手席へどうぞ、急いで管理局に向かいます。」
碧射はカラスをちらりと見上げたが、すぐに助手席に乗り込んだ。同時にジュラもカラスを見上げる。
(今回はここまでにしておこう…互いにこのまま死ななければ、今度こそ貴様のその命を狩ってやろう。)
カラスはトラックが走り去るのを見送った後、不気味な唸り声をあげて飛び去っていった。
PM 14:50 ジュラ対カラス 戦闘終了
───────────────────
PM 15:20 閉鎖区域管理局
「そういやさ~。」
「ん?どうしたの凛泉ちゃん。」
管理局にたどり着いた空たちはすぐさま怪我人を運び出し、医務室にて治療を行なった。凛泉はすぐに止血を行ったため大事には至らなかった。
(リノっちの回復力というか生命力は凄まじいな、普通の人の何倍くらいなのだろうか。)
「一応一般的だと思うよ…人より我は強いけど。」
「おーい空ちゃん。アンタそいつと何の話してんの。私なんか馬鹿にされてない?」
「し、してないよっ!それでどうしたの?」
「いやさぁ…。」
凛泉は右手の包帯を軽くさすりながら杏奈を見る。
「ん…私が何?」
「いやさ、杏奈ちゃんって首にゴーグルかけてるじゃん?」
「あぁ、これね。」
杏奈が自分の首にかかったゴーグルを触って見せる。
「これがどうかしたの?」
「いやさ…あの魔神野郎と戦ってた時、私たちアイツの魔法で目とか開けてらんなかったじゃん。」
「うん。」
「なんで杏奈ちゃんそれつけてなかったん?それつけたら防げたくね?」
「あ……。」
医務室に沈黙が訪れる。
「今あって言った?」
「いや、コレは昔の友達の形見だから…あんまり危険な状況ではつけないだけよ。壊れても困るし。」
「なぁーんだぁー。テッキリ戦いに集中しててつけるの忘れてただけかと思ってたわ。」
再び沈黙が訪れる。
「…あれ、もしやほんとに忘れてた?」
凛泉達から目を逸らしたまま、杏奈は顔を赤く染めていた。
「案外、うっかりさんだねぇ~アンタ。」
「うるさいな…別に忘れてないし…。」
「か、形見大切にするのは良いことだと思いますよ!」
「やめて。逆に虚しくなるから…!」
3人のやり取りを扉越しに碧射が見つめる。
「…まぁ、全員無事に帰還できて何よりだな…。」
碧射はそう呟くと、手のひらに乗せられた小型カメラを見つめる。
「……。」
ジュラの首元の羽毛に埋めるようにつけた、飛行時に何か発見した時のための撮影カメラだった。
「ジュラ、お前に何があったかはしっかり確認してやる。お前は回復に努めてくれ…。」
「ギェェェェェッ!!」
カラスは低い音で鳴き声を鳴らしながらジュラを睨みつける。
(その目…どこまでも狩猟者として私の首を狩ろうというわけですか。)
カラスの不気味な鳴き声を聞きながらジュラが歩み寄る。
(あなたの縄張りに侵入したのは確かに私の方です。しかし、私には主人殿とその友人の皆様を守る使命がある…そのために、私はこの爪と嘴を全力で振るわせてもらいます…!)
(フン、貴様のような獣が人間如きに尽くすとは、くだらんことをするものだ。)
(…ん?)
その低い声にジュラは目を丸くする。
(しかし良いだろう。貴様のような狩りがいのあるヤツは久々だ…私も全力で行こう。)
カラスが笑うように鳴き声を漏らした。
(…あなた、会話できたのですね。)
(あぁ?鳥同士だぞ、当たり前だろうが。)
(いえ、先程まで一度も言葉を交わして下さらなかったので…てっきり会話できないのかと。)
(獲物といちいち会話する狩猟者がどこにいる?貴様がベラベラと戯言を抜かしてうるさいから返してやっただけだ。)
(……そうですか。これはご丁寧に、どうも。)
(…貴様を見ていると、心底気分を害する。人間という愚かな生き物の下につき、その人間のために命をかけて戦うなど…実に、愚の骨頂だ。)
カラスは低い声を上げながらジュラを見つめる。その目は明らかな軽蔑の視線を放っていた。
(下につく…ですか。)
そう呟いたジュラの体が、少しずつ肥大化する。
(貴様のその力…自らの肉体を強化する力のようだな。)
肉体が肥大化したジュラがコンクリートの床を踏み締める。爪が食い込み深くヒビが入った。
(一つ、訂正させていただきましょう。)
(…?)
(私は確かに主人殿の下についています。しかし…あの方は私を部下と思ってはいません、彼にとって私は…私にとって彼は。)
カラスをジュラの瞳が睨みつける。その目からは猛禽類としての、狩猟者としての力強いひかりが放たれていた。
(相棒です。)
その視線を受けたカラスは、全身の筋肉や翼が躍動するのを感じた。
(……。くくくくく…ははは…っ!!ならば貴様のそのくだらないこだわりがどれほど無意味か教えてやろう!貴様の死を持ってな!!)
カラスは翼を広げ飛び上がる。同時にジュラも飛び上がり、空中で目を合わせる。
(もはやここから交わす言葉は不要!貴様のその気高い眼を私は今から…貴様自身の血で赤く染めてやろう!!)
(やってみろっ!!)
2匹が空中で爪をぶつけ合う。ジュラの爪はカラスのものより強靭かつ巨大になっていたが、カラスはソレに臆することなくつかみかかる。ジュラがカラスの足を掴み遠くに放り投げる。碧射達のいる方角から遠く離れた方へ投げ飛ばされたカラスは空中で姿勢を整える。眼前までジュラの嘴が迫るが、空間が歪み寸前でジュラの動きが遅くなる。
(く…っ!!)
カラスはその先に旋回して嘴の軌道から避ける。魔法解除されたジュラの嘴は空を切った。
「ギァァァァァァァッ!!」
カラスが雄叫びを上げる。その姿を見ていると、先ほどまで言葉を交わしていたのが嘘のようである。
もはや言葉を交わす必要はない。
お前は俺を狩るだけ。俺はお前を狩るだけ。
互いの関係はたったそれだけだ。
もっとも…。
(私が勝つがな!))
ジュラからは、カラスが笑ったように見えた。
「ギュァァァッ!!」
「キュィァァッ!!」
互いに雄叫びを上げて放った最初の一撃は、頭突きだった。互いの額を全速力でぶつけ合った。ジュラの一撃は重く、カラスの額から血を吹き出させた。
「ギュィ…ッ。」
カラスが離れた瞬間、周りの空間が歪みジュラの動きが鈍くなる。
「ッ!」
しかしジュラは鈍い動きのままでも上方に強く羽ばたいた。
(鈍化したところで、解除された際に働いている力の強さと角度は変わらない…ならばこのまま上に…っ!)
空間の歪みが解かれ、ジュラが急激に上昇する…と、カラスはすでにジュラの頭上に移動して首に掴みかかっていた。
(ソレすらも計算のうちか…!)
カラスが嘴をジュラの左側の首筋に突き刺す。ジュラは唸り声を上げながらがむしゃらに飛び回る。
「ギィィィィィッ!!」
カラスはさらに嘴で肉をちぎろうと啄む。魔法により強化された皮膚は硬いが、何度も啄まれた皮膚からは血が吹き出していた。
「キュイイイイッ!!」
ジュラが大きく左へ軌道を逸らす。すると、カラスはビルのガラスに叩きつけられた。ガラスに蜘蛛の巣状にヒビが入る。
「ガ…ッ!!」
そのままジュラはまっすぐ飛行しガラスの壁にカラスの肉体を擦り付ける。
「ギギギ…ッ!」
カラスの嘴が離され、ジュラは壁から離れた。カラスは体勢を立て直して飛行を続ける。
「ギュィァァァァッ!!」
「キュイイイ!」
カラスは飛行しながら空間を歪めて急接近し、ジュラはそれを瞬時に回避して距離を取る。
(後一撃でも入れば…互いに相手を逃そうとはしないだろう…距離をとる機会はもうない…!)
「キュイイァァッ!!」
ジュラはカラスの攻撃を避けながら地面のマンホールに着地する。
「ガァァァッ!」
カラスが甲高い鳴き声を上げながら迫る。それをジュラはマンホールを力一杯持ち上げ、盾のようにして防いだ。
「ギ……ッ!!」
カラスの嘴が鈍い音を立てる。鉄の塊に追突した嘴のダメージは相当なものであろう。カラスが怯んでいる間にジュラはマンホールの蓋を置いて下水道に入って行った。
「ガァァッ!」
カラスはすぐに開いたままのマンホールの穴へ飛び込む。下水道は光も少なくて薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。しかしその空間で最も不気味であるのは確実に、舞い降りたカラスが放つ威圧感だった。
「……。」
カラスは目を見開き周りを見渡す。下水の中…天井…壁…床…全ての中にある赤い痕跡を目で辿る。
「ギィィ…ッ。」
カラスは笑うように声を漏らす。ジュラの首から溢れる血は簡単に止血できるものではなく、飛んだ道の上には血が痕跡として残っていた。
「ギュイィィッ!!」
カラスは甲高い鳴き声を上げて飛行を始めた。
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「………。」
下水道の入り組んだ道を飛び回りながらカラスは周りを見渡す。確実に獲物は大量の出血を止めずに飛んでいるはずだが、痕跡の感覚などを見るに飛ぶ速度は落ちることなく一定を保っていた。
「イィィ…。」
そしてさらに違和感を感じるのは、道中にあったマンホールの蓋が全て開かれていたことだった。ジュラの魔法を使ったパワーなら内側からこじ開けることは可能だろうが、わざわざそんなことをしても飛んだ痕跡は引き続き下水道の中にある。誤魔化しようがないというのに…カラスは理解ができなかった。
「ギュァッ?」
カラスは血の痕跡が途切れたことに気づきその場で止まる。
「……?」
そこにはいくつかマンホールの蓋が置かれていた。地面にそのまま置かれているものや壁に立てかけてあるもの、水の中に沈められているものもあった。数はさほど多くなかったが、一つだけ違和感のあるものがあった。
「ギィィィ…。」
壁に立てかけてあるわけでもなく、床に直置きされているはずなのに不自然に地面との隙間がある、何かが隠れていそうなマンホールを見つめる。
「………。」
ガタン
「!!」
そのマンホールの蓋がかすかに動いたのを見て、カラスはすぐにソレに向けて鈍化する空間を発動する。
「ガァァァァッ!!」
カラスが甲高い雄叫びを上げながら裏に回り込む。
「…!?」
しかしそこにあったのは、ずぶ濡れのカラスの死骸だった。下水で濡れた死体は時間が経って蓋がずれ、動いたように見えただけだった。
(釣られてくれてありがとうございます。)
カラスは声を聞き周りを見渡す。しかしジュラの姿はどこにもなかった。
「キュィィィ!!」
甲高い鳴き声を上げながら、地面に置かれたマンホール蓋が吹っ飛び、裏から大鷹が姿を現しカラスの首を嘴で掴む。
「ギィ…っ!?」
マンホールの蓋が置かれた地面には、砕かれてちょうど魔法を解除して肉体のサイズが元に戻ったジュラ1匹なら入れそうな空間ができていた。
「ガァァァッ!!」
攻撃を防ごうとカラスは鈍化する空間を発動させた。
「ギ…ッ!?」
しかし、一瞬早く動いたジュラの嘴は、カラスの首の右側を貫いた。空間の歪みにより遅くなった一撃はゆっくりとカラスの首を貫き、そのゆっくりと襲いかかる痛みにカラスは目を見開いて悲鳴を上げる。
「アアァァァァァァァァァァッ!?」
空間の歪みが解かれ、ジュラはカラスの肉を啄んだまま飛行し近くのマンホールの入り口から飛び出した。カラスは首から鮮血をこぼしながら暴れもがく。
「ギ…ギギギ…ッ!!」
ジュラの嘴が刺さったまま上空に上がると、カラスはジュラの体を足で掴み、自身の首から嘴を引き抜いた。
「キュイイ…ッ!!」
ジュラは血まみれの嘴で再び攻撃しようとしたが、カラスはそれを寸前でかわしジュラの体を足で掴む。
「ガァァァ!」
「キュイィィ!」
カラスはジュラの体を蹴り飛ばし下に向けて落とす。ジュラは姿勢を変えようと翼を動かすが…。
(まずい…上手く翼を動かせない…!)
ジュラは数分の戦いの中で大量の出血が起きており、すでに意識は朦朧となっていた。
(が…っ!)
ジュラは姿勢を変えられず地面に激突する。寸前で魔法を使い肉体を強化することで衝撃を微かに緩和した。
「ガァァァッ!!」
上空からカラスが鳴き声を上げながら迫る。
(このままでは…っ!)
「ん?この子は…。」
「ッ!?」
ジュラのそばに何者かが歩み寄ってくる。
(この人は…いや、人ではない…か…。)
そこに立っていたのはイプシロンだった。イプシロンはジュラを抱き上げる。
「おい、何があった?」
走り寄ってくる碧射にぐったりとしたジュラを渡す。
「ノツミチ・アオイ。この子は…。」
「ジュラ!」
(主人…殿…。なぜこんなところ…に?)
「んっ!?」
碧射が上空を見上げる。先ほどまで襲いかかって来ていたカラスは上空で翼を羽ばたかせてこちらを見つめる。
(……この状態で武装した人間を相手するのは骨が折れるな。)
(アイツ…諦めたの…か?)
「…イプシロン。可能な限り早く管理局に戻ってくれ。ジュラも含めて全員が満身創痍だ。俺は助手席に乗ってジュラを抱えててもいいか?」
「了解しました。助手席へどうぞ、急いで管理局に向かいます。」
碧射はカラスをちらりと見上げたが、すぐに助手席に乗り込んだ。同時にジュラもカラスを見上げる。
(今回はここまでにしておこう…互いにこのまま死ななければ、今度こそ貴様のその命を狩ってやろう。)
カラスはトラックが走り去るのを見送った後、不気味な唸り声をあげて飛び去っていった。
PM 14:50 ジュラ対カラス 戦闘終了
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PM 15:20 閉鎖区域管理局
「そういやさ~。」
「ん?どうしたの凛泉ちゃん。」
管理局にたどり着いた空たちはすぐさま怪我人を運び出し、医務室にて治療を行なった。凛泉はすぐに止血を行ったため大事には至らなかった。
(リノっちの回復力というか生命力は凄まじいな、普通の人の何倍くらいなのだろうか。)
「一応一般的だと思うよ…人より我は強いけど。」
「おーい空ちゃん。アンタそいつと何の話してんの。私なんか馬鹿にされてない?」
「し、してないよっ!それでどうしたの?」
「いやさぁ…。」
凛泉は右手の包帯を軽くさすりながら杏奈を見る。
「ん…私が何?」
「いやさ、杏奈ちゃんって首にゴーグルかけてるじゃん?」
「あぁ、これね。」
杏奈が自分の首にかかったゴーグルを触って見せる。
「これがどうかしたの?」
「いやさ…あの魔神野郎と戦ってた時、私たちアイツの魔法で目とか開けてらんなかったじゃん。」
「うん。」
「なんで杏奈ちゃんそれつけてなかったん?それつけたら防げたくね?」
「あ……。」
医務室に沈黙が訪れる。
「今あって言った?」
「いや、コレは昔の友達の形見だから…あんまり危険な状況ではつけないだけよ。壊れても困るし。」
「なぁーんだぁー。テッキリ戦いに集中しててつけるの忘れてただけかと思ってたわ。」
再び沈黙が訪れる。
「…あれ、もしやほんとに忘れてた?」
凛泉達から目を逸らしたまま、杏奈は顔を赤く染めていた。
「案外、うっかりさんだねぇ~アンタ。」
「うるさいな…別に忘れてないし…。」
「か、形見大切にするのは良いことだと思いますよ!」
「やめて。逆に虚しくなるから…!」
3人のやり取りを扉越しに碧射が見つめる。
「…まぁ、全員無事に帰還できて何よりだな…。」
碧射はそう呟くと、手のひらに乗せられた小型カメラを見つめる。
「……。」
ジュラの首元の羽毛に埋めるようにつけた、飛行時に何か発見した時のための撮影カメラだった。
「ジュラ、お前に何があったかはしっかり確認してやる。お前は回復に努めてくれ…。」
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ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
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