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8の扉 デヴァイ
乖離
しおりを挟むぐるぐる、ぐるぐるしている間に。
フリジアはお茶を淹れ直してくれた様だ。
「まあ、座りなさい。」
そう言われてやっと、顔を上げた私は再び部屋が明るくなっているのに気が付いた。
テーブルの上の白銀のカードは、しっかりと同じ色の箱に収まって「一緒に行く」と、言っている。
チラリと緑の瞳を確認すると、「それは持って行きな」と言ってくれた。
この人も、この、声が。
聞こえるのだろうか。
「あの、やっぱり作った人だと声が聞こえるんですか?」
「うん?何のだ?まさか、これかい?」
指されたそれを見て、コクリと頷く。
「………まあ、あんたのそういう所なんだろうね。まだ、繋がっているんだ。」
「既にスピリットが居なくなったこの場所では、まじないを込めたモノにお使いを頼んだりする。それも、できる者は僅かだけどね。スピリット同様、やはりそれらも意思疎通はできる筈なんだ。しかし、それすらも。普通に使う事は難しくなってしまった。」
再び私の事を、じっと見ながら話している。
やはり、金色が。
漏れているのだろうか。
さっき「金色?」って言われたしな………この人も目がいいのかな?
「お前さんは未だ沢山のものが残る世界から来たのだろうね。「虹」だって、勿論ここには無い。そう、昔は様々なものから貰えていた力が。誤ったやり方の所為で、力の源自体が存在しなくなった。やったとこさ、それに気が付いた時には時既に遅し、今はきっとグロッシュラーに夢中だろうよ。また争いが起こらないといいがね…。」
「え………まさか。」
「何処かで読んでこなかったかい?あそこは何度も失敗を繰り返している。そろそろ何も無くなり、ここと、同じ様に。闇に包まれるのも時間の問題だと、言われていた。予言の事も、あったしね。」
「………。でも。」
「そう、今は。あれも勿論、あんただろうね。まさか、私が生きているうちに「空」が拝めようとは。今度こっそり行くつもりだよ。」
「それは、いいですね………。」
グロッシュラーへ行くのなら、是非一緒に行きたい。
話の方向は明るくなってきたが、この先も明るいままではない事を流石の私も解っていた。
あそこには、元々「空」自体は、あった。
そう、雲に覆われ「青」が見えなかっただけで、「空」はあったのだ。
でも。
そう、ここには。
「空」も無いし、「外」すら。
無いと、言うみんな。
ダーダネルスは「美しい檻」とまで、言ったここデヴァイ。
ここで、私が光を?
祭祀の様に、降ろしたなら?
歪むって、いうこと…………??
自分の力がそう働くイメージが、全くできない。
でも。
なんとなくだけど、この人の言う「溝」みたいなものは私の中にも見えてきていた。
そう、なんとなく、だけど。
「変わりたくない」「本当のことなんて知りたくない」という、意味が分かったから。
多分、何も希望が持てなかったあの子達と。
同じだって、ことだよね………?
でも、じゃあ、どうする?
再びチラリと緑を確認すると。
さっきよりは明るい色に変化したその瞳は、私にお茶を飲む様促した。
きっとなにか、話してくれる。
それを見てそう感じた私は、頷いて再びカップを手に取ったのだった。
「お前さん、他人を、変える事は。できると思うかい?」
揺らめく灯りを見つめて、暫く。
フリジアは一頻りお茶を楽しむと、白の箱を弄びながら話し始めた。
揺らめく灯りの中の、白髪が。
キラリと反射してとても綺麗だ。
ロングウェーブを下ろしたままの、その髪はとても美しく「私も歳を取ったら白髪のロングにしよう」と思わせるには充分だ。
しかし、ふと気が付いたのだけど私の髪は既にほぼ白い。
「………」自分に呆れつつも、再び始まった彼女の質問に耳を傾けた。
「お前にとっての「善」は、他者にとっての「善」か。」
「変えることに何か意味が。あると、思うか。」
「変えたい者、変えたくない、変わりたくない者。その、どちらが。いいのか、正しいのか。」
「焦らなくて、いい。それをゆっくり考えるといい。私自身は。おまえが同調していき燻むことは、望まない。だがね、ここも大切なんだよ。どうしたって、変われない者は、いる。それを「悪」と、するならば。私とおまえは対立するだろうな。」
「えっ。」
「そう焦るな。私は本来、どちらでもない者。そうしてずっと、ここを保ってきた。もうここではまじないをこうして使う者も、いない。一人だけ教えている者はいるが、私が生きている間にどれだけ、伝えられるのか。そんな、程度だ。」
やはり。
この人は自分の死期を知っている。
急にどっと押し寄せる感情、涙が出そうになるが今、ここで。
私が。
泣くのは、違う。
そう思って、ぐっと我慢した。
「沢山、喋り過ぎたね。」
そう言って、奥へ何かを取りに行ったフリジア。
小さな袋を持って戻った彼女の気配で、そろそろこの空間が終わりなのだと分かる。
再び向かいに座った彼女は、小袋を私に渡しつつじっと目を見ながら諭す様に話し始めた。
一つ、一つをしっかりと、言い含める様に。
「なにしろ。お前さんは本当の自分で。あること。」
「迷わなくていい。自分の真ん中が分からなくなればそれに聞くと良い。」
「変えようと、思うな。おまえの本当であれば。それに惹かれる者は、自ずと変わる。」
言葉を切り、少し。
くるくると動かしていた瞳が止まり、これでメッセージは終わりの様だ。
最後にくしゃりと、微笑むと。
突然、「すまないね。」と、言ったフリジア。
私は何故だか。
その、「すまないね」の理由を訊けなかった。
多分、いや確実に。
私の涙腺君がどこかへ旅立つ話だろうと、解ったからだ。
いつか。
聞けたら、聞こう。
そう思って、示された小袋を開けるとそこには何かのハーブが入っていて。
再びの煌びやかな虹に誘われ、私は自分の魔女部屋へ戻ったのだった。
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