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2章
第19話 決まりました、がんばります!
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あれから数日がたった。
大学からアパートの帰り道。
さっきまでいっしょに歩道を歩いていた友達、恵は電車通学。わたしは徒歩通学。
数分前に恵と別れたわたしは頭の中でいろいろ考えながら、1人、大通りを歩いている。
バイトを探していたわたしに耳よりな情報を教えてくれた恵。
彼女はいつもわたしに親身になってくれる、よき友だ。
(……そういえば恵は――、わたしが暮らすことになるアパートが、いわくありげな物件だって知ったときも、すぐにわたしに教えてくれたな。結局、そのアパートで平和に暮らしてるわたしだけど、恵からの事前情報がなければ、引っ越し当日のわたしはもっとパニックになってたかもしれない。わたしだって恵が困ったときは力になりたいって思ってるからね。何かあったら、どんどん頼ってね。何事もないのが一番いいとは思うけど……)
この4月から1人暮らしする予定だったわたしは、とある事情ゆえ、現在アパート沢樫荘で共同生活を送っている。
比較的なごやかな日々をすごしているとはいえ……、わたしと同居している者たちは、あやかしと呼ばれる、人とは異なる存在。
妖狐とよばれるキツネのあやかし興恒さんと燐火とよばれる青い火の玉のリンちゃん。
興恒さんは人間の姿にもキツネの姿にもなれる。リンちゃんが変身した姿はわたしはみたことないけれど……リンちゃんは人の言葉を話すから、わたしと会話によるコミュニケーションは成立する。
いまでは(……って言っても沢樫荘に引っ越してきてから、まだ1ヶ月たってないけど……)彼らとアパートでいっしょに食事する時間が、わたしにとって楽しい日常の一部になっている。
興恒さんがつくってくれる料理は、いつもとてもおいしい。
わたしの料理の腕は、今はまだまだだけど、大学で料理研究部に入ったし、そのうちわたしだっておいしい食事を興恒さんとリンちゃんにふるまえるはず!
問題はむしろ……。
食事にかかる費用――食費――の件だ。
彼ら(妖狐の興恒さんと燐火のリンちゃん)は、食生活に関していえば、人間とおなじ内容の食事をおなじくらいの量、たべる。
なので、わたし1人分の食費の仕送りでは、軽く予算オーバーしてしまう。
これ以上実家の家族に負担をかけちゃ悪い――となったら、やっぱり自分でお金を稼ぎましょう。
食費を確保するために。
……あの2人には食費を請求できないし。
だって、興恒さんは、わたしをとらえようとしている黒い霊体から、わたしのことを助けてくれるうえに、ちょっとした食材で日々、見事な料理をつくってふるまってくれる。
リンちゃんも、いまやわたしにとって大切な存在だ。リンちゃんが食べ物をおいしがる様子は、何度わたしの心をなごませてくれたことか。……しみじみ。
リンちゃんがとにかくよろこんでくれるものだから、わたしもおみやげのお菓子の選びがいがあるというもの。
だいたいリンちゃんは、(何百年も前から燐火として存在しているらしいとはいえ)人間でいえば、きっとまだまだお子様。
日本の労働法では児童労働にあたってしまうような年齢の子――なのだとわたしは思っている。
そんな子ども(だと思える相手)に、学生だからと家族から食費も仕送りしてもらっている20才のわたしが「仕送りだけじゃキツいの。リンちゃん、自分の食費は自分で稼いでね」なんて言えない。
もしかしたらお子様じゃないのかもしれないけど「リンちゃんって子どもなの? それとも子どもにみえる大人なの?」って質問もできないよ。なんか、失礼な気がして。
そもそも興恒さんとリンちゃんは、人間の通貨とか貨幣経済とか、そういうものとは別の次元で生きていそう。あやかしだし。
(そういうわけで、妖狐でも燐火でもないわたし、谷沼 紗季音がアルバイトに応募してみたのだけど――)
結果は、合格でした。……よ、よかったよぉ。
ただでさえ、今のわたしは、今後1年、ある事情のせいでできるバイトが限られてしまう、なんともはがゆい身の上。
(バイト自体は、実家暮らしのときはやってたけど、図書館でのバイトは初めて。よし、がんばるぞ!)
採用の決まったバイトとは、わたしの通う大学のキャンパス内にある、図書館アルバイト。
今回募集してた学生アルバイトは、講義の空き時間にあわせてシフトを組んでもらえると説明された。
学生アルバイトの場合、司書資格などの資格や図書館でのアルバイト経験は、特に問わないとも。
(……採用担当の人には「そのかわり、募集要項のポスターにも書いておいたけど、最初のうちは返却された資料を書架にもどす作業がメインになるから、体力的に疲れる可能性はありますよ。分厚くて重量のある書籍も多いので」って言われたけど、わたし、重い物を運ぶの、そこまで苦手じゃないから「大丈夫です、まかせてください!」って力いっぱい答えちゃった……)
講義の空いた時間にキャンパス内でアルバイトができるのは、学生にとって、すごくうれしい。
せっかく採用してもらったんだ。せいいっぱいがんばろう。
バイトが決まってくれて気分が晴れやかになったこともあり、大通りを歩くわたしの足どりは軽かった。
大学からアパートの帰り道。
さっきまでいっしょに歩道を歩いていた友達、恵は電車通学。わたしは徒歩通学。
数分前に恵と別れたわたしは頭の中でいろいろ考えながら、1人、大通りを歩いている。
バイトを探していたわたしに耳よりな情報を教えてくれた恵。
彼女はいつもわたしに親身になってくれる、よき友だ。
(……そういえば恵は――、わたしが暮らすことになるアパートが、いわくありげな物件だって知ったときも、すぐにわたしに教えてくれたな。結局、そのアパートで平和に暮らしてるわたしだけど、恵からの事前情報がなければ、引っ越し当日のわたしはもっとパニックになってたかもしれない。わたしだって恵が困ったときは力になりたいって思ってるからね。何かあったら、どんどん頼ってね。何事もないのが一番いいとは思うけど……)
この4月から1人暮らしする予定だったわたしは、とある事情ゆえ、現在アパート沢樫荘で共同生活を送っている。
比較的なごやかな日々をすごしているとはいえ……、わたしと同居している者たちは、あやかしと呼ばれる、人とは異なる存在。
妖狐とよばれるキツネのあやかし興恒さんと燐火とよばれる青い火の玉のリンちゃん。
興恒さんは人間の姿にもキツネの姿にもなれる。リンちゃんが変身した姿はわたしはみたことないけれど……リンちゃんは人の言葉を話すから、わたしと会話によるコミュニケーションは成立する。
いまでは(……って言っても沢樫荘に引っ越してきてから、まだ1ヶ月たってないけど……)彼らとアパートでいっしょに食事する時間が、わたしにとって楽しい日常の一部になっている。
興恒さんがつくってくれる料理は、いつもとてもおいしい。
わたしの料理の腕は、今はまだまだだけど、大学で料理研究部に入ったし、そのうちわたしだっておいしい食事を興恒さんとリンちゃんにふるまえるはず!
問題はむしろ……。
食事にかかる費用――食費――の件だ。
彼ら(妖狐の興恒さんと燐火のリンちゃん)は、食生活に関していえば、人間とおなじ内容の食事をおなじくらいの量、たべる。
なので、わたし1人分の食費の仕送りでは、軽く予算オーバーしてしまう。
これ以上実家の家族に負担をかけちゃ悪い――となったら、やっぱり自分でお金を稼ぎましょう。
食費を確保するために。
……あの2人には食費を請求できないし。
だって、興恒さんは、わたしをとらえようとしている黒い霊体から、わたしのことを助けてくれるうえに、ちょっとした食材で日々、見事な料理をつくってふるまってくれる。
リンちゃんも、いまやわたしにとって大切な存在だ。リンちゃんが食べ物をおいしがる様子は、何度わたしの心をなごませてくれたことか。……しみじみ。
リンちゃんがとにかくよろこんでくれるものだから、わたしもおみやげのお菓子の選びがいがあるというもの。
だいたいリンちゃんは、(何百年も前から燐火として存在しているらしいとはいえ)人間でいえば、きっとまだまだお子様。
日本の労働法では児童労働にあたってしまうような年齢の子――なのだとわたしは思っている。
そんな子ども(だと思える相手)に、学生だからと家族から食費も仕送りしてもらっている20才のわたしが「仕送りだけじゃキツいの。リンちゃん、自分の食費は自分で稼いでね」なんて言えない。
もしかしたらお子様じゃないのかもしれないけど「リンちゃんって子どもなの? それとも子どもにみえる大人なの?」って質問もできないよ。なんか、失礼な気がして。
そもそも興恒さんとリンちゃんは、人間の通貨とか貨幣経済とか、そういうものとは別の次元で生きていそう。あやかしだし。
(そういうわけで、妖狐でも燐火でもないわたし、谷沼 紗季音がアルバイトに応募してみたのだけど――)
結果は、合格でした。……よ、よかったよぉ。
ただでさえ、今のわたしは、今後1年、ある事情のせいでできるバイトが限られてしまう、なんともはがゆい身の上。
(バイト自体は、実家暮らしのときはやってたけど、図書館でのバイトは初めて。よし、がんばるぞ!)
採用の決まったバイトとは、わたしの通う大学のキャンパス内にある、図書館アルバイト。
今回募集してた学生アルバイトは、講義の空き時間にあわせてシフトを組んでもらえると説明された。
学生アルバイトの場合、司書資格などの資格や図書館でのアルバイト経験は、特に問わないとも。
(……採用担当の人には「そのかわり、募集要項のポスターにも書いておいたけど、最初のうちは返却された資料を書架にもどす作業がメインになるから、体力的に疲れる可能性はありますよ。分厚くて重量のある書籍も多いので」って言われたけど、わたし、重い物を運ぶの、そこまで苦手じゃないから「大丈夫です、まかせてください!」って力いっぱい答えちゃった……)
講義の空いた時間にキャンパス内でアルバイトができるのは、学生にとって、すごくうれしい。
せっかく採用してもらったんだ。せいいっぱいがんばろう。
バイトが決まってくれて気分が晴れやかになったこともあり、大通りを歩くわたしの足どりは軽かった。
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