57 / 72
2章
第18話 友からの貴重な情報
しおりを挟む
この4月から1人暮らしする予定だったわたしは、とある事情からアパート沢樫荘で共同生活を送ることになってしまった。
……しかも、わたしと同居している者たちは、あやかしと呼ばれる、人とは異なる存在。
けれど彼ら――妖狐の興恒さんと燐火のリンちゃん――は、食生活に関していえば、人間とおなじ内容の食事をおなじくらいの量、たべる。
なので、わたし1人分の食費では軽く予算オーバーしてしまう。
(でも、平凡な食材だって、興恒さんが料理をつくってくれれば絶品に早がわりだし。それにリンちゃんだって、単なる『体のサイズがすごく小さいわりに大喰らいさん』じゃ決してない……。わたしが買ってくるお菓子をとってもよろこんでくれるリンちゃんの姿には、何度なごませてもらったことか)
わたしはこの前の週末。興恒さんとリンちゃんに苺大福をおみやげに買って帰ったことを思いだした。
ふたりとも、すごくよろこんでくれたな。まだ一昨日のことだから、よくおぼえている。
先週わたしが買ってきたのは、黒餡の苺大福。
すでに白餡の苺大福の味は知っている興恒さんとリンちゃんだけど、黒餡の苺大福は一昨日が初めて。
白餡ではなく、黒餡だってこんなに生の果実とあうのか! 感激した!! と興奮さめやらぬ口調で語っていた2人。
来月から食費を切りつめまくって、質素な食事のみ、お菓子はなし……になったら、きっとふたりともガッカリするし、わたしもなんだかさびしいなぁ。うん、お腹も心も満たされないはず。
(よし! ここはやっぱり、わたしがアルバイトをみつけて、お金をかせごう!)
* * * * * *
学生食堂は今日もにぎやか。
昼食をとるために入ったこの食堂で、わたしは恵に切りだした。
「1人暮らしにも慣れてきたし、わたし、そろそろバイトしようと思う」
恵は、わたしの隣の席にすわり、ボリュームたっぷりの定食を食べようとしていたものの、箸《はし》の動きをいったん止めた。そして、きょとんとした表情をうかべ、質問してくる。
「バイトって、紗季音はどんなバイトを希望してるの?」
恵に聞かれてハッとする。
(ついさっき、『アルバイトをみつけて、お金をかせごう!』と決意したばかりだから、具体的なビジョンはまだ何も――)
考えがかたまってないわたしは、ポツリポツリとしか話せない。
「うーんとね……バイト自体は実家に住んでるときなら……やってたよ。神奈川のキャンパスに自宅から通学してたときだけど。でも、今年度からは都内のキャンパスに通うんで、アパートを借りることになって、それからはバイトしてないんだ――。あ、わたし、今は、あんまり帰りが遅くなるバイトは難しいかも……」
先週、興恒さんから『帰りが遅くなるときはむかえにいく』と言われてしまったことを思いだし、帰りが遅いバイトじゃないほうがいいと気づく。
それと同時にわたしは、「現在の興恒さんの住処 沢樫荘とこの大学までの通学距離のような、ごく近い距離なら大丈夫だけど、興恒さんから遠く離れた場所にわたしが1人で移動すると――数週間前にわたしをつかまえようとした黒い霊体がふたたびわたしをとらえにきた場合、非常に困ったことになる」っていう、我が身のやっかいな事情も思いだす。
わたしには興恒さんとちがって神通力なんてものはないから、黒い霊体を蹴散らすなんて無理。
それにくわえて黒い霊体は一度獲物と決めた相手を1年間、あきらめないしつこい性質らしい。
わたしとしては、なんとか無事に1年すぎてほしいところなんだけど……。
ああ、アルバイトの条件がどんどん増えていく。
「帰りが遅くなるだけじゃなくて、大学やアパートから離れてる場所にあるバイト先も……ちょっと避けたいんだ。じゃあ、どういうのがいいかって言ったら――たとえば、とってる講義と講義のあいだにはさまれた空き時間に、いままではレポート書いたりしてたけど――そういうあいた時間にできる短時間アルバイトがあるとベストかも……。でも、そんな、こっちにとって都合のいい条件ばっかりのバイト、そうそうないよね」
あきらめ半分ため息まじりで、わたしは自分の希望を口にしてみる。
恵は口元にニッコリと笑みをうかべた。なにやら自信ありげなご様子。
「あるよ、紗季音の話した条件にあうバイト」
「……へ? 恵、それ、ほんとなの?」
「うん、紗季音はこの大学から離れてない場所でバイトを探してるんだよね。……しかも講義と講義の空き時間を有効活用できて、帰りが遅くならなくてもバイト代は入る。紗季音にとって、うってつけのバイト先かもしれないところが募集かけてたよ」
そんな、今のわたしの理想にぴったりのバイトがあるなんて。
でも。
「それって、いったいどんなバイト……?」
恵がどんなアルバイトのことを言ってるのか見当もつかない。
早く正解を知りたいわたしに、彼女は答えを教えてくれた。
「それは、このキャンパスの中にある、大学図書館のバイト! 学生アルバイトを募集しててね、講義の空き時間とか希望にあわせてシフト組んでくれるって。今回の募集、学生課の掲示板に情報がでてたんだけど、学生アルバイトの場合、司書資格とか、そういった資格や経験は特に必要ないって。最初のうちは返却された資料を書架にもどす作業がメインになるって書いてあったはず……」
おお、この大学の近くにあるどころか、ここの敷地内にあるなんて!
「恵~、教えてくれてありがとう! 空き時間にキャンパス内でバイトができるの、すごくいい! 募集しめきられないうちに応募してきちゃうね」
昼食もそこそこにわたしは、バイト先を求めて食堂をあとにしようとする。
どう応募すればいいのかは、学生課に行けばいいのかな。とりあえず行ってみよう。
はやる気持ちをおさえきれないわたしに恵が言った。
「あ、応募は直接図書館で受けつけるって。行くなら図書館がいいんじゃないかな。くわしい募集内容の書いてあるポスターが図書館の入り口にも貼ってあるらしいし」
「そうなの? じゃ、わたしちょっと行ってくる!」
受かるかはまだわからないけれど、条件にあったバイト情報を得たわたしは希望に燃えていた。
……しかも、わたしと同居している者たちは、あやかしと呼ばれる、人とは異なる存在。
けれど彼ら――妖狐の興恒さんと燐火のリンちゃん――は、食生活に関していえば、人間とおなじ内容の食事をおなじくらいの量、たべる。
なので、わたし1人分の食費では軽く予算オーバーしてしまう。
(でも、平凡な食材だって、興恒さんが料理をつくってくれれば絶品に早がわりだし。それにリンちゃんだって、単なる『体のサイズがすごく小さいわりに大喰らいさん』じゃ決してない……。わたしが買ってくるお菓子をとってもよろこんでくれるリンちゃんの姿には、何度なごませてもらったことか)
わたしはこの前の週末。興恒さんとリンちゃんに苺大福をおみやげに買って帰ったことを思いだした。
ふたりとも、すごくよろこんでくれたな。まだ一昨日のことだから、よくおぼえている。
先週わたしが買ってきたのは、黒餡の苺大福。
すでに白餡の苺大福の味は知っている興恒さんとリンちゃんだけど、黒餡の苺大福は一昨日が初めて。
白餡ではなく、黒餡だってこんなに生の果実とあうのか! 感激した!! と興奮さめやらぬ口調で語っていた2人。
来月から食費を切りつめまくって、質素な食事のみ、お菓子はなし……になったら、きっとふたりともガッカリするし、わたしもなんだかさびしいなぁ。うん、お腹も心も満たされないはず。
(よし! ここはやっぱり、わたしがアルバイトをみつけて、お金をかせごう!)
* * * * * *
学生食堂は今日もにぎやか。
昼食をとるために入ったこの食堂で、わたしは恵に切りだした。
「1人暮らしにも慣れてきたし、わたし、そろそろバイトしようと思う」
恵は、わたしの隣の席にすわり、ボリュームたっぷりの定食を食べようとしていたものの、箸《はし》の動きをいったん止めた。そして、きょとんとした表情をうかべ、質問してくる。
「バイトって、紗季音はどんなバイトを希望してるの?」
恵に聞かれてハッとする。
(ついさっき、『アルバイトをみつけて、お金をかせごう!』と決意したばかりだから、具体的なビジョンはまだ何も――)
考えがかたまってないわたしは、ポツリポツリとしか話せない。
「うーんとね……バイト自体は実家に住んでるときなら……やってたよ。神奈川のキャンパスに自宅から通学してたときだけど。でも、今年度からは都内のキャンパスに通うんで、アパートを借りることになって、それからはバイトしてないんだ――。あ、わたし、今は、あんまり帰りが遅くなるバイトは難しいかも……」
先週、興恒さんから『帰りが遅くなるときはむかえにいく』と言われてしまったことを思いだし、帰りが遅いバイトじゃないほうがいいと気づく。
それと同時にわたしは、「現在の興恒さんの住処 沢樫荘とこの大学までの通学距離のような、ごく近い距離なら大丈夫だけど、興恒さんから遠く離れた場所にわたしが1人で移動すると――数週間前にわたしをつかまえようとした黒い霊体がふたたびわたしをとらえにきた場合、非常に困ったことになる」っていう、我が身のやっかいな事情も思いだす。
わたしには興恒さんとちがって神通力なんてものはないから、黒い霊体を蹴散らすなんて無理。
それにくわえて黒い霊体は一度獲物と決めた相手を1年間、あきらめないしつこい性質らしい。
わたしとしては、なんとか無事に1年すぎてほしいところなんだけど……。
ああ、アルバイトの条件がどんどん増えていく。
「帰りが遅くなるだけじゃなくて、大学やアパートから離れてる場所にあるバイト先も……ちょっと避けたいんだ。じゃあ、どういうのがいいかって言ったら――たとえば、とってる講義と講義のあいだにはさまれた空き時間に、いままではレポート書いたりしてたけど――そういうあいた時間にできる短時間アルバイトがあるとベストかも……。でも、そんな、こっちにとって都合のいい条件ばっかりのバイト、そうそうないよね」
あきらめ半分ため息まじりで、わたしは自分の希望を口にしてみる。
恵は口元にニッコリと笑みをうかべた。なにやら自信ありげなご様子。
「あるよ、紗季音の話した条件にあうバイト」
「……へ? 恵、それ、ほんとなの?」
「うん、紗季音はこの大学から離れてない場所でバイトを探してるんだよね。……しかも講義と講義の空き時間を有効活用できて、帰りが遅くならなくてもバイト代は入る。紗季音にとって、うってつけのバイト先かもしれないところが募集かけてたよ」
そんな、今のわたしの理想にぴったりのバイトがあるなんて。
でも。
「それって、いったいどんなバイト……?」
恵がどんなアルバイトのことを言ってるのか見当もつかない。
早く正解を知りたいわたしに、彼女は答えを教えてくれた。
「それは、このキャンパスの中にある、大学図書館のバイト! 学生アルバイトを募集しててね、講義の空き時間とか希望にあわせてシフト組んでくれるって。今回の募集、学生課の掲示板に情報がでてたんだけど、学生アルバイトの場合、司書資格とか、そういった資格や経験は特に必要ないって。最初のうちは返却された資料を書架にもどす作業がメインになるって書いてあったはず……」
おお、この大学の近くにあるどころか、ここの敷地内にあるなんて!
「恵~、教えてくれてありがとう! 空き時間にキャンパス内でバイトができるの、すごくいい! 募集しめきられないうちに応募してきちゃうね」
昼食もそこそこにわたしは、バイト先を求めて食堂をあとにしようとする。
どう応募すればいいのかは、学生課に行けばいいのかな。とりあえず行ってみよう。
はやる気持ちをおさえきれないわたしに恵が言った。
「あ、応募は直接図書館で受けつけるって。行くなら図書館がいいんじゃないかな。くわしい募集内容の書いてあるポスターが図書館の入り口にも貼ってあるらしいし」
「そうなの? じゃ、わたしちょっと行ってくる!」
受かるかはまだわからないけれど、条件にあったバイト情報を得たわたしは希望に燃えていた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる