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 そこにはアレナリアのいる方を真っ直ぐに見据える騎士――のような人がいる。

 騎士かどうか判断がつかないのは、彼の格好のせい。

 だってその人は、騎士であれば着ている筈の揃いの紺色の騎士服を着ておらず、白いシャツは着崩れている。ズボンについては暗くて判別がつかない。
 そんな格好で帯剣をしている者が城内にいるのを見たことはない。

(……まさか、賊!?)

 心臓がどきりと跳ね、鼓動が痛いほどに打ち付ける。

 アレナリアの眼前、月明かりを背負ったその人物は、ゆらりゆらりとこちらへ近付いてくる。

「……っ」

 途端に身体中が強ばってしまい、逃げることもままならない。アレナリアは、恐怖から思わず瞳を閉じた。

「アレナリア姫、どうしてここにいらっしゃるのですか」

 怯えるアレナリアに降ってきたのは、穏やかながらも怒っているような、そんな声だった。

「あ……貴方は、レジナルド、様……?」

「護衛は近くにいないのですか? まさかひとりで行動している訳ではないでしょうね。こんな夜遅くに、しかも姫はお身体が強くないではありませんか。何故このような所に」

 おそるおそる目を開けると、いつの間にか近くに来ていたその彼が兄の護衛騎士であるレジナルドだと気がついた。

 燃えるような赤い髪は、夜空の下では茶色に見える。

 そんな彼の頬が、心なしか赤いように見える。

 見知った騎士の登場にアレナリアがほっと胸を撫で下ろしていると、レジナルドの黒色の瞳は剣呑な色を帯びた。

「もう一度聞きます。姫様、なぜこのような場所に?」

 きつく眉をひそめられて、いつもと雰囲気の違うレジナルドにぼんやりと見とれていたアレナリアはすぐに姿勢を正した。
 だが、突然のことで言葉が紡げない。

「あ、あの、私……っ」

「……姫様。私の質問にお答えください。間もなく成人を迎えられる淑女の振る舞いとは到底思えません。夜の庭園を彷徨くことが貴族社会においてどんな意味を持つのかご存じないのですか?たまたま見つけたのが私だったから良かったものの――」

「ま、待って、レジナルド様。ごめんなさい。涼みに来ていたの。この場所が私の部屋から近いから」

 言葉が止まらないレジナルドの様子に、アレナリアは慌てて口を挟んだ。

(おかしいわ、この方は寡黙で真面目な方だと思っていたのに)

 やはりいつもと様子が違うレジナルドに、アレナリアも困惑の色を隠せない。

「涼みに? こんな夜半におひとりで? 正気ですか? また以前のように倒れたらどうされるのです。あの時は明るかったですが、今は夜です。朝まで誰も通りかからないことだって――」
「ごめんなさい……」

 仁王立ちするようにアレナリアの前に立つレジナルドは、腕組みをしてとても厳しい顔をしている。
 叱りの言葉を並べ立てられ、対するアレナリアは謝罪をしたものの、その後も説教は続く。

(もしかして、レジナルド様はお酒を召していらっしゃるのかしら?)

 幼子のように説教をされ続けるアレナリアの頭に、ふとそんな考えが過ぎった。

『レジナルドは酒癖が悪いんだ。ああ、違う違う。暴れるとかそういうのでは無く。ただ……すごく説教してくるんだ』

 いつの事だったか、げんなりとした顔で言っていた兄の言葉を思い出す。
 先程の頬の赤らみがもしかしたら、そうなのかもしれない。

 アレナリアの思考がそうまとまった時、レジナルドの声は一層低くなった。

「もしかすると、この場で何か起こることを願っていらっしゃるのですか」

「え……?」

「夜の庭園で起こることを知っていて、そのように薄い夜着でふらふらと出歩かれているのですかと言っているのです。――伯爵家のような身分では、納得出来ませんか」

 咎めるような声色は、どこか自嘲を含んでいるように聴こえて、アレナリアは思わずレジナルドの瞳を覗き込んだ。

「あの、レジナルド様。伯爵家の身分と、私の格好と何か関係があるのでしょうか。私、社交界のお作法は詳しくなくて、庭園の持つ意味も知らないのです」

 情けなくも、自らの無知をレジナルドに知らせる。
 アレナリアが思っている以上に、怒られるようなことをしてしまったのかもしれない。そう思うと、必死になってしまう。

 見上げながらそう言うと、ぐっと言葉に詰まったらしいレジナルドは、一度俯いた後に、また真っ直ぐにアレナリアを見た。

「部屋までお送りします。庭園のことは、侍女に教えるよう言付けておきましょう。後でたっぷり叱られてください。では姫様、お手を」

 もう十分叱られているのだけれど、と思いながら。アレナリアはレジナルドに手を引かれて部屋まで案内されたあと、夢見心地でベッドに倒れ込んだ。

 初恋の殿方に、星空の庭園で逢えるなんて、お伽話のようだった。そう考えながら、しばらく足をバタバタと動かす。

 そして気がつけば、そのままぐっすりと眠ってしまっていた。


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