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欠陥王女と番犬騎士

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「今夜も暑いわ……」

 王女であるアレナリアは、そう呟きながら王宮の庭園にあるベンチに腰かけた。

 夏は苦手だ。部屋でじっとしていると暑くて堪らなくて、王宮の奥にある小さな庭園に涼みに来た。

 満月が夜空を照らし、空にはさんぜんと星が輝く。
 ひとりでふらりと来てしまったことを知られたら、侍女に怒られてしまうだろう。だけど、息が詰まるのだから仕方がない。

「お兄さまも、間もなくご成婚ね」

 兄のスチュアートは、隣国の領民からの極秘の嘆願により、陣頭指揮をとって長年悪政を強いていた隣国へと攻め入った。

 長らく婚約者を作らず、周囲をヤキモキさせていた兄。

 大戦に勝利し凱旋した兄は、まさかの事態、隣国の王女を連れていた。
 その後の戴冠とともに隣国の王女との婚約を正式に発表した。
 隣国の王女、シャーリー王女がこちらに来たときに見(まみ)える機会があったが、穏やかな雰囲気もありつつ、芯の強い女性であることは窺えた。

 それから一年近くの月日が流れ、今年ようやく成婚の儀が盛大に執り行われる予定となっている。

 普段は無表情な兄が、この成婚についてはとても準備を急いでいたのが印象的だった。
 されど、亡国の王女との結婚には幾度となく壁が立ち塞がり――きっと、当人たちには並々ならぬ苦労があったのだと思う。

 病弱で、籠の鳥のように部屋に閉じこもっているアレナリアには、全てが遠い話だった。

「うらやましいわ」

 思わずぽつりと溢れた言葉は、何に対してなのだろう。
 特徴的な黒髪である兄と比べると、ただくすんだように見えるこのダークブロンドの髪色のことだろうか。
 シャーリー王女と比べると、主張が足りない消え入りそうな緑の瞳のことだろうか。
 あるいは、いつもにこにこと微笑んでいる彼女のその明るさか。
 身体が弱くて、なかなか外に出ることが出来ないことへの苛立ちか。

 だめだと思っても、アレナリアは深い思考の渦へと沈み込んでいく。

『アレナリア王女は他国へ嫁ぐことは叶わんでしょうな。身体が弱いのは致命的だ。子を成せなければ王妃にはなれん』
『人前に出てもすぐに退席されてほとんどお話にならないしなぁ。スチュアート殿下は戴冠後にあの姫をどうされるのか』
『自国の適当な貴族に下賜するんじゃないか?  殿下には劣るが見目はまあいいからな、受け取り手はいるだろうよ。立派なご身分はある』
『子を作れなくとも、王妹を手元に置くという優越感はあるでしょうなぁ! 他に女を囲えばそっちの心配もなかろう。わははは』

 体の調子が良かった日、散策した先で貴族の大人たちがそんな話をしているのを聞いて、アレナリアはさあっと血の気が引いた。

 自分の名を呼ぶ侍女の声がしたけれど、そこからはよく覚えていない。

 気が付いたらベッドにいた。どうやら目眩を起こして倒れてしまったらしい。

 だけど、その時に分かった。
 アレナリアは王女として欠陥品で、この城を去る事さえ難しいということを。

 その証拠に、今年の冬で十八歳になるというのに、未だに婚約者すら決まっていない。
 兄は優しいから、病弱なアレナリアを追い出しはしないだろう。

 でも、王妃となるシャーリー王女はどうだろうか。いつまでもお城にいる姫なんて、疎ましく思わないだろうか。

 身体が弱いせいで学園にも通えなかったから、城で勉強した。
 社交界にもなかなか出られないし、ダンスを三曲続けて踊ることだってままならない。

(――本当に私って、どうしようもないわ)

 誰だってアレナリアに優しい。
 病弱で邪魔な姫であるはずなのに、兄も、義姉となるシャーリー王女も、そして周りの侍女たちも。
 疎ましそうな素振りは見せたことがない。

 アレナリアが直接的に悪意に触れたのはあの渡り廊下でのことが初めてで、だからひどく気が動転してしまったけれど、考えてみれば彼らは至極尤もな事を言っていた。

 毎日部屋で本を読んでいるだけの生活が嫌だなんて、そんな贅沢なことを口が裂けても言ってはいけないというのに。

「私にも、ロマンス小説のような王子様が来てくださればいいのに」

 アレナリアは、夜空に向けてポツリと呟いた。

 アレナリアが読むお伽話で、お姫様には、いつだって王子様が迎えに来る。
 塞ぎ込みがちなアレナリアに、気分転換になればと侍女が流行りのロマンス小説を貸してくれたのだ。

 そこからはもう、のめり込んでしまった。

 自らも王族だというのに、物語にひとたび没頭してしまえば、行動力があって逞しいヒロインたちになることが出来た。
 彼女たちは強く、そして輝いている。そんな姿に憧れを抱いたりもする。

(そんな夢のようなことを考えてしまうのは、私がまだまだお子様で、無知だからなのでしょうね)

 現実のアレナリアは、利用価値の乏しい欠陥だらけの姫だ。取り立てて華のある容貌である訳でもなく、観賞用としての価値があるとは思えない。

 どこか、王家にとって利になる貴族に嫁いで、そこで主人に従って生涯を過ごすことになるのだろう。

「誰か、いるのか?」
「!」

 突如としてがさりと音がして、アレナリアはそちらに顔を向けた。
 
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