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第九話 蛙の面に水
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道の向こうからこちらに歩いてくる人影は、小さな子どもの手を引いている。暗くてまだはっきり分からないがお爺さんのようだ。
ゴンがすれ違いざまに「こんばんは~」と子連れのお爺さんにあいさつした。葵もあいさつしようと口を開いた瞬間、衝撃的な光景が目に飛び込んできて葵は口をあんぐり開けたまま閉じられなくなった。
お爺さんが手を引いていたのは子どもではなく、大きなカエルだった。5歳児くらいの大きさのカエルがお爺さんに手を引かれて二足歩行で歩いている。
お爺さんは「こんばんは!」と元気よくあいさつを返した。カエルの方は、葵とゴンには興味がないようで知らん顔をしている。ように見えた。
葵はお爺さんとカエルが通り過ぎるのを待ってから、
「ちょっとちょっと何あれ!?何であんなでっかいカエルを連れてるの?」
とゴンに聞いた。
「カエル…好きなんだろ」
(え?え?カエルが好きなの?だからでかいカエルと一緒に散歩?そっか…好きなら仕方ない…か)
後で瑞穂に聞いたのだが、あれはガマ仙人という有名な仙人だったらしい。どうしてカエルを連れているのかは瑞穂も知らないと言っていたが、ゴンの言うとおり、ただカエルをこよなく愛しているだけなのかもしれない。
好きだから一緒にいる。そして他人にどう思われようと愛しぬく。それが仙人たる所以なのだろうか。
ガマ仙人とすれ違ってからしばらく歩いていると、田畑の中に木々が生い茂って林になっている所が見えてきた。木々の隙間から、提灯の灯りが漏れている。
そこはどうやら林に囲まれた神社のようだ。
「『こちら側』の世界にも神社があるんだね」
神様がそこいらじゅう好きな所で暮らしている世界で、神が御座すところであるはずの神社があるのはちょっと不思議だった。
「神社は『こちら側』と『あちら側』の出入り口なんだよ。こっちじゃ神様のいるところっていうより、ただの通路だな。たまに神社を通って人間が来ちゃったりすることもあるんだぜ」
「人間が来ちゃったらどうなるの?」
「神様に見つかったら『あちら側』に強制送還だ」
「妖怪に見つかったら?」
「その見つかった妖怪によるなあ」
葵は恐ろしくてその続きを聞けなかった。自分は河童だが、特に何の術も使えないし多少泳げるくらいでほとんど人間みたいなものだ。
「ちょっとゴン。袖掴ませといて」
葵はゴンから絶対にはぐれまいとゴンの袖を掴んだ。
ゴンは「ええー」と言っていたが渋々了承してくれた。
大きな木々に囲まれた参道を通っていくと、沢山の妖怪たちとすれ違った。葵はこんなに沢山の妖怪に会うのは初めてだった。普段屋敷の周りにはそれ程多くの妖怪たちはいない。だから種々さまざまな妖怪たちを見て、ちょっと怖い気持ちと、わくわくで神経が昂るのを感じた。
境内に着くと、たくさんの夜店が出ていた。妖怪の夜市というからには、とんでもないグロテスクなものが売られているのではと思っていたが、どの店も大体葵が見たことのあるようなものが売られている。
「意外と普通のお店ばっかりなんだね」
「ああ、今日はそういう日なんだよ。流石に闇市みたいなのに連れて来たら葵、気絶するだろ」
ゴンはこの夜市ならまだ人間の感覚が抜けきらない葵でも楽しめるだろうと思って誘ってくれたのだ。ゴンはいつもごろごろして何にも考えていないようだが、こういう気遣いは意外とできるのだ。
「そうだったんだ。気を遣ってくれてありがと。ゴンは今日何か欲しいものあるの?」
「うん。今日ここで良い鰹節が出るって聞いて見てみたかったんだ。とりあえずくるっと回ってみるか」
葵はゴンと一緒に夜市に並ぶ店々を見てまわった。
野菜や魚など食べ物を売っている店や、茶道具、団扇、傘などの日用品まで多種多様なものが売られている。
時々、夏祭りの夜店のように、りんご飴や焼きトウモロコシが売られていたり、金魚すくいもあった。
広い境内の一番奥の辺りで、ゴンはお望みの鰹節を見つけた。
ゴンはその鰹節をじっくり眺めて香りを確認した。どうやらその鰹節はゴンのお眼鏡にかなったらしい。
ここでは基本的に通貨がなく物々交換で成り立っている。ゴンは鰹節の対価になにを出すのかと葵が注目していると、ゴンは懐から毛玉をとりだした。葵はそれをよくよく見たが、何度見てもやっぱり毛玉だ。
「毛玉で鰹節が買えるの?」
「俺だって一応それなりの妖怪だからな。毛には妖力が含まれているから、俺の毛が欲しいやつもいるんだ」
(私も毛があれば…)
残念ながら河童は永久脱毛したくらい、つるつるだ。
そこからゴンは店主と値下げ交渉に移行した。毛玉なんかいくらでも渡せそうだが、そうでもないらしい。値下げ交渉は難渋して時間がかかりそうだった。
葵が干物屋の前でゴンと店長のやりとりをぼーっと聞いていると、どこからか鯛焼きの甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。辺りを見渡すと、ちょっと先に鯛焼き屋の旗が揺れているのが見えた。
(まだ時間かかりそうだし、少しだけ鯛焼き屋さん覗いてこよう)
葵の知っている夏祭りなんかとそう変わらない雰囲気だったから、少し気が緩んでいた。
意気揚々と鯛焼き屋に向かい、もう少しで店にに着くというところで、葵は何かを踏んづけた。
葵が踏んづけたのは猫のしっぽだった。
(また猫ぉぉぉ)
葵はどうやら、猫を蹴っ飛ばしたり踏んづけたりする星回りらしい。
だけど、もちろん今回もわざとではないし、どうしてこの猫はこんなひとが行き来するところで寝そべっていたのだろうか。
「おい姉ちゃん。ひとのしっぽ踏んづけといて、これ骨折れたたらどうしてくれるん」
そう言う猫は、みるみるうちに獣の姿から強面の人の姿になった。
よりによって今回の猫はまるでヤクザみたいだ。
「あ、ごめんなさい。こんなところに誰か寝てるなんて思わなくて」
「誤ってすむなら神様はいらんよなあ。出すもん出してもらおか」
ヤクザ映画で聞いたことのあるようなセリフだ。なかなか面倒なやつに引っかかってしまった。
どうしたものかと葵が困っていると…
ゴンがすれ違いざまに「こんばんは~」と子連れのお爺さんにあいさつした。葵もあいさつしようと口を開いた瞬間、衝撃的な光景が目に飛び込んできて葵は口をあんぐり開けたまま閉じられなくなった。
お爺さんが手を引いていたのは子どもではなく、大きなカエルだった。5歳児くらいの大きさのカエルがお爺さんに手を引かれて二足歩行で歩いている。
お爺さんは「こんばんは!」と元気よくあいさつを返した。カエルの方は、葵とゴンには興味がないようで知らん顔をしている。ように見えた。
葵はお爺さんとカエルが通り過ぎるのを待ってから、
「ちょっとちょっと何あれ!?何であんなでっかいカエルを連れてるの?」
とゴンに聞いた。
「カエル…好きなんだろ」
(え?え?カエルが好きなの?だからでかいカエルと一緒に散歩?そっか…好きなら仕方ない…か)
後で瑞穂に聞いたのだが、あれはガマ仙人という有名な仙人だったらしい。どうしてカエルを連れているのかは瑞穂も知らないと言っていたが、ゴンの言うとおり、ただカエルをこよなく愛しているだけなのかもしれない。
好きだから一緒にいる。そして他人にどう思われようと愛しぬく。それが仙人たる所以なのだろうか。
ガマ仙人とすれ違ってからしばらく歩いていると、田畑の中に木々が生い茂って林になっている所が見えてきた。木々の隙間から、提灯の灯りが漏れている。
そこはどうやら林に囲まれた神社のようだ。
「『こちら側』の世界にも神社があるんだね」
神様がそこいらじゅう好きな所で暮らしている世界で、神が御座すところであるはずの神社があるのはちょっと不思議だった。
「神社は『こちら側』と『あちら側』の出入り口なんだよ。こっちじゃ神様のいるところっていうより、ただの通路だな。たまに神社を通って人間が来ちゃったりすることもあるんだぜ」
「人間が来ちゃったらどうなるの?」
「神様に見つかったら『あちら側』に強制送還だ」
「妖怪に見つかったら?」
「その見つかった妖怪によるなあ」
葵は恐ろしくてその続きを聞けなかった。自分は河童だが、特に何の術も使えないし多少泳げるくらいでほとんど人間みたいなものだ。
「ちょっとゴン。袖掴ませといて」
葵はゴンから絶対にはぐれまいとゴンの袖を掴んだ。
ゴンは「ええー」と言っていたが渋々了承してくれた。
大きな木々に囲まれた参道を通っていくと、沢山の妖怪たちとすれ違った。葵はこんなに沢山の妖怪に会うのは初めてだった。普段屋敷の周りにはそれ程多くの妖怪たちはいない。だから種々さまざまな妖怪たちを見て、ちょっと怖い気持ちと、わくわくで神経が昂るのを感じた。
境内に着くと、たくさんの夜店が出ていた。妖怪の夜市というからには、とんでもないグロテスクなものが売られているのではと思っていたが、どの店も大体葵が見たことのあるようなものが売られている。
「意外と普通のお店ばっかりなんだね」
「ああ、今日はそういう日なんだよ。流石に闇市みたいなのに連れて来たら葵、気絶するだろ」
ゴンはこの夜市ならまだ人間の感覚が抜けきらない葵でも楽しめるだろうと思って誘ってくれたのだ。ゴンはいつもごろごろして何にも考えていないようだが、こういう気遣いは意外とできるのだ。
「そうだったんだ。気を遣ってくれてありがと。ゴンは今日何か欲しいものあるの?」
「うん。今日ここで良い鰹節が出るって聞いて見てみたかったんだ。とりあえずくるっと回ってみるか」
葵はゴンと一緒に夜市に並ぶ店々を見てまわった。
野菜や魚など食べ物を売っている店や、茶道具、団扇、傘などの日用品まで多種多様なものが売られている。
時々、夏祭りの夜店のように、りんご飴や焼きトウモロコシが売られていたり、金魚すくいもあった。
広い境内の一番奥の辺りで、ゴンはお望みの鰹節を見つけた。
ゴンはその鰹節をじっくり眺めて香りを確認した。どうやらその鰹節はゴンのお眼鏡にかなったらしい。
ここでは基本的に通貨がなく物々交換で成り立っている。ゴンは鰹節の対価になにを出すのかと葵が注目していると、ゴンは懐から毛玉をとりだした。葵はそれをよくよく見たが、何度見てもやっぱり毛玉だ。
「毛玉で鰹節が買えるの?」
「俺だって一応それなりの妖怪だからな。毛には妖力が含まれているから、俺の毛が欲しいやつもいるんだ」
(私も毛があれば…)
残念ながら河童は永久脱毛したくらい、つるつるだ。
そこからゴンは店主と値下げ交渉に移行した。毛玉なんかいくらでも渡せそうだが、そうでもないらしい。値下げ交渉は難渋して時間がかかりそうだった。
葵が干物屋の前でゴンと店長のやりとりをぼーっと聞いていると、どこからか鯛焼きの甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。辺りを見渡すと、ちょっと先に鯛焼き屋の旗が揺れているのが見えた。
(まだ時間かかりそうだし、少しだけ鯛焼き屋さん覗いてこよう)
葵の知っている夏祭りなんかとそう変わらない雰囲気だったから、少し気が緩んでいた。
意気揚々と鯛焼き屋に向かい、もう少しで店にに着くというところで、葵は何かを踏んづけた。
葵が踏んづけたのは猫のしっぽだった。
(また猫ぉぉぉ)
葵はどうやら、猫を蹴っ飛ばしたり踏んづけたりする星回りらしい。
だけど、もちろん今回もわざとではないし、どうしてこの猫はこんなひとが行き来するところで寝そべっていたのだろうか。
「おい姉ちゃん。ひとのしっぽ踏んづけといて、これ骨折れたたらどうしてくれるん」
そう言う猫は、みるみるうちに獣の姿から強面の人の姿になった。
よりによって今回の猫はまるでヤクザみたいだ。
「あ、ごめんなさい。こんなところに誰か寝てるなんて思わなくて」
「誤ってすむなら神様はいらんよなあ。出すもん出してもらおか」
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