ー河童奇譚ーカッパになった私は神々と…

あきゅう

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第八話 夏の虫、氷を笑う

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今日はゴンと一緒に夜市に行くことになっていた。


夜市は月に一回か二回くらいのペースで行われるらしいが、特に日にちが決まっていないらしく、開催日は風の便りで知るしかない。今日はたまたまゴンが知り合いの妖怪から開催されることを教えてもらったので、葵を誘ってくれたのだ。瑞穂は夜市には行かず、水の神様たちのところに出かけるらしい。

瑞穂は葵とゴンが屋敷を出る前に、二人に小さな匂い袋を渡してくれた。その匂い袋は木の甘い香りのような不思議な香りがした。

「これを持っていれば迷わずに目的地に行けるし、ここにも帰ってこられる。失くすなよ」と瑞穂が言った。

「これがないとどうなるの?」

「違う季節に迷い込んだり、同じところをぐるぐる巡ることになるかもしれない」

「そんないきなり違う季節に行っちゃうこともあるの?」

「君みたいな妖怪だとあり得る。そもそもここでの季節はそれぞれ別の階層になっている。どの季節も同時に並行して存在しているんだ。そして、それぞれの階層をいつでも行き来できるのは神かそれに近い妖怪だけだ。力の弱い妖怪だと意図せず別の季節に入ってしまったり、逆に同じ季節から出られないこともある」

「でも私、結構自由に季節移動してたよ。春の部屋に入ったら、いつでもちゃんと春だったもん。私も季節移動できるくらい力あるんじゃないかな」

屋敷の中には季節を表す絵が描かれている襖があって、行きたい季節の襖を開けてその部屋の中に入れば特別なことをしなくても季節を移動できていた。今まで葵はそのことで特に苦労した覚えはない。

瑞穂はやれやれという顔をした。
「それは君たち妖怪が自由に季節を移れるように、私がこの屋敷に入り口を作ったからだ。君のような弱い妖怪は本来神と一緒じゃないと簡単に季節を移動できない。まったくめでたい河童さんだよ君は」

「そう…だったの…知らなかった。そしたらゴンも本当は一人では移動できない?」

「俺は自分で移動できなくもないけど神様の力借りた方が楽だし、それに俺以外にもこの屋敷にはいろんな妖怪が出入りするから瑞穂に頼んで入り口作ってもらったんだ。で、遠出するときはこうやって匂い袋ももらっとくってわけ」

葵は前にテレビで見た、猫のための猫専用出入口を取り付けている家を思い出した。壁に猫がぎりぎり通れる穴をあけて、中外どちらにも開く扉を付けて猫が自由に出入りできるようになっているあれだ。今まで季節を難なく移動できていたのは、瑞穂が作ってくれた出入口のおかげだったとは…。
葵は勘違いしていた自分がちょっと恥ずかしくなったが、そんな風に思っていると思われるのも悔しいので、

「ふーん。妖怪でも季節を移動できるやつとできないやつがいるってことなのね」
と精一杯強がった。しかし葵が落ち込んでいるのはバレバレだったようで、

「妖怪の中でも神様くらい霊力の強いやつもいるし、下手したら神様より強いんじゃないかってのもいるんだ。それくらいになれば季節なんて何の苦もなく移動できるぞ。河童だってそのうち自分で季節を渡れるようになるかもだし、くよくよするなよ」

とゴンが慰めてくれた。
確かに瑞穂も初めて会った時、妖怪が神様になることもあると言っていた。どうしたら神様になれるのかは未だに分からないけれど希望は捨てずにいよう。

「じゃあ私も自分で季節を行き来できるくらい強くなれるよう頑張るよ。でも今日のところはこれ、ありがたく頂きます」

葵は瑞穂にもらった匂い袋を大事に懐にしまった。今の葵では、もし外で道に迷ったらここに帰ってこられなくなるかもしれないのだ。
なんだかんだ言って、葵はここでの暮らしが楽しくなってきていた。今までの暮らしと比べると不便で大変なことも多いが、楽しいこともたくさんある。

「弱弱しい河童なんだから、ちゃんと用心して前見て歩いていけよ」

瑞穂は葵のことをまた馬鹿にするように言ったが、本当に少し心配してくれているようでもあった。



葵とゴンは日暮れごろに屋敷を出た。
夏の畦道を歩いて夜市に向かった。夏だが、田んぼに囲まれた畦道は日が暮れるとそこまで暑くなかった。少し辺りが暗くなってきたので、ゴンが火の玉を出して道を照らしてくれた。葵は自分もゴンみたいになにか役立つ術を使えるようになりたい。と思いながら歩いていると、向こうから誰か歩いてきた。子連れのようだ…。

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