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第2章

19 申し訳ございません

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「…女性に触れない…?」


ホテルの最高級ルームで、最高級ソファーにゆったりと腰を沈めて紅茶を口にしていたレティシアは、アシュリーから意外過ぎる話を聞いて動きを止める。


「あぁ。命を落としはしないが、誤って触れた時には意識を失って、二日間は高熱で目を覚まさなかった」

「えっ!そんなに…?!」


(つまり、極度の女性アレルギーってこと?…実在する病なの?)


レティシアは寸前まで大好きなミルクティーの香りと味を愉しんでいたのだが、それどころではないような気がして…紅茶のカップをそっとテーブルに戻した。

昨夜の二人のやり取りを見る限り、この話は真実と見て間違いない。意識を失うくらい強い症状を引き起こすのならば、女性に触れる事態は何としても避けたかったはず。
過剰に見えた行動も、必死になってそうすべき理由わけがあったのだと分かる。


「…では、手袋も…直接触れるのを避けるために?」

「そうだ」


今日もしっかり手袋をしているアシュリーの両手を見て、レティシアはギュッと強く目を閉じた。


「シリウス伯爵様、大変…申し訳ございませんでした」

「…………」


アシュリーは、レティシアが瞬時に謝罪を口にしたことに驚き…わずかに戸惑う。


「手袋を剥ぎ取られた伯爵様が、どんなお気持ちだったのかと思うと…お詫びのしようもありません。知らなかったとはいえ、私が間違っておりました」

「まぁ、こちらとしても不測の事態ではあった」


(女性に対する恐怖心を持つ人に、絶対やってはいけない行為だった)


レティシアはソファーから立ち上がり深く頭を下げ、アシュリーの斜め後ろに立つルークにも向き直って改めて頭を下げる。


「あなたは、主人であるシリウス伯爵様の危機を救おうとしたのですね。私の無作法により、大変ご迷惑をお掛けいたしました」

「アッシュ様の手袋を無理やり外す者など、今まで見たことがない」

「本当に申し訳ありません」

「…だが、力任せに突き飛ばしたのは…悪かった…」

「いいえ、咄嗟に私を引き離したのは当然の行動です。私があなたの立場でも、そうしたと思います」

「…………」


自分の失態を悔やんで顔をしかめたまま、レティシアはソファーに再び腰を下ろす。


「…レティシア嬢…」

「レティシアと呼んでいただいて構いません」

「…レティシアは、何というか…少し風変わりな性格なのだな」

「貴族の方からすれば、私は変わり者に見えるでしょうね」

「うむ…確かに、今まで私の周りに君のような者はいなかった…」




──────────




「私が伯爵様の手に触れた後、何の異常も現れなかったんですか?」

「その通りだ。女性に触れた私が無事でいられるはずがない。直後は本当に驚いたよ」

「それで、私が女装している男だと?」

「そこに関しては誠に申し訳ない。レティシアが男性であると思い込んでしまった。他に納得できる答えがなくてね」

「お話は理解できました。でも、私は女性なのに…なぜ反応しなかったのかしら?」

「触れても問題のない女性に出会ったのは、私自身初めてだ。レティシアだったから…としか言いようがない」


(やっぱり、この身体のせい?)


瑠璃は、前世の記憶を持つ魂の欠片として間違いなくレティシアの中に存在している。しかし、完全には馴染んでいない。
レイヴンの言っていた“同化”とは、レティシアの身体が瑠璃を受け入れて一体化するという意味。
つまり、魂と身体が解離している現在のレティシアは、女性どころか人として認識されていない可能性がある。


(もしそうだとしたら…どうなる?)


「君は、私にとって唯一の存在だよ」

「…唯一?」

「ハハッ…アッシュ様に“唯一”と言われて、ギョッとした顔をする女はきっとお前だけだぞ」


ルークがからかうように笑って肩をすくめるが、今のレティシアにはそれを突っ込む余裕がない。


(…どうしよう…)


このまま時間が過ぎて同化が進めば、レティシアは最終的に普通の女性と同じになるはず。そうでなければ困る。
アシュリーに触れても大丈夫だったのは偶然の産物というべき一時的なもので、レティシアは“唯一の女性”などではない。

しかし、勘違いをさせたきっかけはレティシアの軽率な行動にあって、その責任は重かった。


(これ以上、伯爵様と関わらないほうがいい)


「…そこでなんだが…」


コホンと咳払いをしたアシュリーが、姿勢正しくソファーに座り直す。


「レティシアを、私の国へ連れて帰りたいんだ」

「……国?」

「どうか、私と共に来てくれないだろうか?」

「伯爵様は外国のお方…?」

「…すまない、気持ちばかりが先走ってしまっていたようだ。私は、アルティア王国領内の小国ラスティアを治めているアシュリーという者だ、実は…」

「お待ちください、その先のお話はもう結構です」







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