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ルブラン王国
20 触れる女
しおりを挟む「とりあえず、話だけでも聞いては貰えないだろうか?」
アシュリーは、ションボリとして悲しそうな瞳をレティシアに向けた。
うれしそうだった主人が落ち込む様子を見たルークまで、眉尻を下げて残念そうな顔をする。
「ど、どうしました?…二人して…急に。
私は、貴族の方と関わりを持ちたくないだけなのです。制約の多い暮らしは堅苦しくて、生きた心地がしません。昨夜からの私を見ていれば、大体お分かりでしょう?」
「…うん、それは確かに…」
(伯爵様じゃなくて、何であなたが即答するのよ)
「しかし、仕事を探しているんだろう?私には…いい仕事がない様子に見えたが?」
「…それは…」
「私は、ラスティア国で貿易全般の管理をしている。そこで秘書として働かないか?語学堪能な者が側にいてくれたら助かるんだ。貴族と関わりたくないと言うのなら、配慮をすると約束しよう」
「買いかぶり過ぎです。秘書など…私には務まりません」
「あの商店の倉庫番では自分の能力を活かすことができないから、新たな仕事を探し求めていたのではないのか?」
「私にも…事情があるんです」
いろいろとやらかしてさえいなければ、レティシアは提案された魅力的な仕事に確実に食いついていた。
「あぁ…そうか、失念していた。家族がいるのか?」
「…いません…」
「いない?では…どうすれば秘書の仕事を引き受けてくれる?」
「………」
「不安なら、魔法契約書を作成する」
「………」
「給料は今の三倍…いや、五倍出そう」
「………」
「生活環境も全て君の思いのま…」
「ストーップ!伯爵様、落ち着いてください」
(これ以上は、怖くて聞いていられないわ!)
普通の人間なら飛びつくような条件を出しても、受け入れるそぶりすら見せないレティシアを前にして、アシュリーは肩を落とし…ソファーの上で背を丸める。
断る理由はレティシア側の問題であって、アシュリーに非があるわけではないのに、小さく縮こまった姿に少し心が痛んだ。
「ねぇ…従者のルークさん、ご主人様の暴走をあなたが抑えないで、私が止めてどうするんですか?」
「邪魔などしない。アッシュ様はそれだけ本気でお前を手に入れたいんだ。唯一の存在だと…そう仰っていただろう?」
「…………」
“唯一”という言葉が、レティシアに重くのしかかる。
アシュリーを誤解させたままで申し訳ないと思いつつ、だからこそ絶対に関わるわけにはいかなかった。
「すいません…お話はお受けできません」
「…ふーん…今よりいい仕事を断るとは、どんな事情があるんだ?女装してでもアッシュ様のお側にいる価値はあるぞ?」
「だから、私は女装じゃないのよ」
(伯爵様のためなら、この男は喜んで女装しそうね)
「…とにかく、私の返事は…」
「今日は、もう商店までお送りしよう。最終的な返事は、私がここを離れる三日後に聞かせて欲しいと思っている」
「三日後ですか?!」
(一旦持ち帰って、熟慮しろと?)
たった三日では考えが変わるはずもないのに…今は答えを聞かない、聞きたくない、ということなのだろう。
レティシアは諦めるしかなかった。
「…はぁ…分かりました…」
♢
…ガタゴト…ガタゴト…
「レティシアが男性であれば、私の側では女性として振る舞って欲しいと…頼むつもりだった」
馬車に乗って商店へ帰る道中、アシュリーはそう本音を漏らした。
職業斡旋所まで必死に追いかけて来たのは、レティシアを“女装男子”として雇いたかったからかもしれない。
「伯爵様のような方の周りに、一人も女性がいないというのは…かなり不自然でしょうね。心中お察しいたします」
「毎日…商店に会いに行ってもいいだろうか?」
「え?」
「いや、会いに行く」
アシュリーはハッキリと言い切った後、お金の入った袋をレティシアに手渡し…馬車で去って行った。
──────────
「レティ!!」
商店の入口に近付いたところで、久しぶりに聞く呼び名を耳にする。
声の主が誰か、レティシアが立ち止まって振り向くより早く…フワリと甘いコロンの香りがして、後ろからジュリオンに抱きすくめられた。
「…レティシア…」
「あっ、ちょっと…ジュリオン様!」
「変な男に連れて行かれたと聞いて、気が気じゃなかった。…無事でよかった」
(変な男?…それ…従者のルーク?)
レティシアが身を捩った程度では、力強いジュリオンの腕の中からは抜け出せない。
そのまま、髪や目元、頬に何度も口付けを受けた。
「ジュリオン様、困ります!人前ですよ?!」
「人目など構うものか。会いたかった…私の可愛いレティ」
商店は、大通りの中心にドーンと店を構えている。
店の入口前で突然始まった激しい抱擁に、レティシアはひどく困惑した。
♢
ジュリオンは、レティシアの安全のため、自分の側仕えをしている護衛数人のうち一人を日替わりで見張らせていた。
商店側は、トラス侯爵家とトラブルを起こしては大問題となる。
除籍されていたとしても、元令嬢のレティシアが商店内で危険な目に遭うことなど皆無。加えて、住み込みで働くレティシアの行動範囲は狭く、平穏な日々に護衛も時間を持て余す程だった。
そうして…二ヶ月半。
『レティシアが見知らぬ男と馬車でどこかへ行った』と、報告を受けたジュリオンは邸を飛び出す。
馬車は他国の要人が使用するものであったため、手出しできずに困った護衛が…ジュリオンの下へと急ぎ走ってしまったのだ。
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