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第一章 最期の試練
第15話 退邪師と召喚
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堕獣は、瘴気に侵された獣だ。中でも角があるのは、神獣が変異してしまった個体である事が多い。
元が神獣であった場合、その力は計り知れない。悪くすれば、王都が壊滅してしまうほどの脅威となるのだ。
周囲の人間が瘴気に当てられ、次々と倒れていく。瘴気は人間にとって毒のようなもので、吸い込むだけではなく触れているだけで身体を蝕んでいってしまう。
ふらりとよろめいた雲嵐の背中を支え、葉雪はその顔を覗き込んだ。
顔をぐっと近づけて口元から手巾を外し、唇を動かす。
「阿嵐、大丈夫か? 身体、持ちそうか?」
「……っ」
驚きの表情で見つめ返してくる雲嵐に、葉雪は首を傾げた。唇が読めなかったのか、雲嵐は反応もないまま固まっている。
「……阿嵐?」
「っだ、大丈夫です」
「ごめんな、もう少し頑張れるか? 倒れている人たちを、安全な場所へ運ぼう」
雲嵐は青ざめながらも頷き、倒れている人に手を差し伸べる。
瘴気は、この世に生きている生物全てに害を成す物質だ。これに対抗するには特殊な訓練を受けるしかない。
(体質によっても瘴気への耐性は違うが……阿嵐は強いようだな……)
これだけの瘴気が漂っている中で、立っていられるだけで大したものである。しかし急がなければ、雲嵐も直に動けなくなるだろう。
天上人も瘴気に対しては例外ではなく、特殊な体質でなければ瘴気には近寄らない。それほど瘴気というものは厄介なのだ。
葉雪も倒れている人に手を貸して、瘴気からなるべく遠ざかる。すると前方から、馬の音が近付いてきた。
「……! きっと退邪師だ! 下がって!」
雲嵐が声を上げたと同時に、葉雪の横を複数の馬が駆け抜けた。
退邪師は堕獣を退けるための組織だ。他国では民間の機関である事が多いが、丈国では退邪師の育成に力を入れ、国直属の機関となっている。
「身体が動く者は瘴気の外へ! これより堕獣を退ける!」
彼らが馬上で剣を抜き去ると、濃く固まっていた瘴気が霧散した。
この国の退邪師は他を見ないほどの精鋭部隊だが、今は予断を許さない状況だ。
長く瘴気に当てられれば、その人間は死亡し、餓鬼になる。餓鬼は人を喰らう。そのため、瘴気の中に人間を長く置いておけば、新たな脅威になってしまう。
「阿嵐、建物の中へ!」
「はい!」
瘴気の薄い建物へ人々を避難させながら、葉雪は退邪師たちを振り返った。
術式の画かれた布を口元に巻き、彼らは剣を振るっている。布は瘴気を退ける呪符の役割をしているのだろう。しかしあれも長くは持たない。
(……あの堕獣は、人間じゃ駄目だろうな……)
退邪師がまとめて攻撃を加えても、堕獣には傷一つ付かない。彼らの剣は、堕獣に届く前に弾かれてしまうのだ。特別な訓練を受けている退邪師たちだが、今回は分が悪いようだ。
退邪師を率いているのは、意外にも若い男だった。
背は高いが細身で、鋭い切れ長の瞳を持つ男だ。武人というより、役者の方がしっくりくるような美男である。
堕獣に剣が通らないと判断した男は、部下に下がるように命じた。
「我々だけで退くのは無理だ! ……召喚を行う!」
(お、彼は召喚士だったか……)
街の人間の避難を終え、葉雪も建物内に入った。戸を閉めながら、退邪師たちの動向を窺う。
『召喚』とは昊穹から天上人を呼び出すことだ。
堕獣や餓鬼などへの対処が人間の力だけでは難しい場合、昊穹に支援を要請することができる。
呼び出す個体は召喚士の力量によって違う。
堕獣から距離を取り、男は剣を地面に突き刺した。そして自身も膝を付き、拳を地面へと置いて頭を垂れる。
青い光が剣と地面から放たれ、周りに漂っていた瘴気を打ち払った。
光の中から、人影が現れる。
癖のある燃えるような赤い髪。太い眉に盛り上がった鼻梁、そして右頬から左目まで続く、大きな傷痕。
筋骨隆々の体躯が現れると、退邪師の男は嬉しそうに笑みを浮かべ、深く拱手した。
「千銅様! 呼び掛けに応じて頂き、感謝いたします!」
「陶静、立て」
千銅は一言放ち、威風堂々とした姿で周囲を見渡した。そして堕獣を見ると、目を眇めて舌打ちを零す。
一方の退邪師は、天上人の登場ですっかり強気になっているようだ。陶静と呼ばれた退邪師の長は剣を抜き、堕獣へと剣先を向ける。
「ここまでだな、堕獣よ! まずはこの私、陶静が一太刀……」
「待て、陶静。あれは角持ちだ」
荒ぶる陶静を宥めるようにして、千銅が前へと出る。建物の中からその様子を窺っていた葉雪は、口元に笑みを浮かばせた。
いつのまにか隣に来ていた雲嵐は、ほっと安堵の吐息を漏らす。
「すごいですね……あんなに強そうな天上人が来てくれたら、大丈夫かもしれない」
「うんうん、立派な天上人だ。良くあんな人を召喚出来たなぁ。あの退邪師、天才かもな」
(……それとも、お気に入りかな?)
千銅の態度を見ていると、どうも陶静を意識しているように感じる。天上人が退邪師に千銅と名前を呼ばせてるのも、その名を親し気に呼んでいるのも怪しい。
昊穹の者とて、天上人とは言われているが、根っこは人間である。贔屓にしている人間がいれば、召喚には喜んで馳せ参じるだろう。
にまにまと口元を緩めていると、雲嵐が不思議そうに首を捻る。
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