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第一章 最期の試練
第16話 特級を呼び出せ
しおりを挟む「師匠?」
「ああ、何でもない。それより阿嵐、体調はどうだ?」
瘴気が薄い場所とはいえ、まだ近くに堕獣がいる状態だ。堕獣が完全に退かれないと、瘴気は消えない。
「大丈夫です。……師匠は、平気なのですか?」
「ん~。そうだなぁ。辛いもんばっか食ってるから平気なのかもなぁ」
生返事を返しながら、葉雪は陶静たちの動向を見守った。千銅がじりじりと堕獣へと近付いている。
天上人にとっても、瘴気は害だ。多くの戦いを経験してきた千銅だからこそ、あの堕獣の強さを警戒しているのだろう。下手に手を出してはならないと理解しているのだ。
(良いところを見せたいんだろうが……あれが相手だと難しいだろうなぁ)
千銅が機を見計らって剣を打ち込む。重い一撃だが、堕獣の角によって阻まれた。
堕獣は相手の動きを見切って動いている。暴れるだけの獣とは違う、意志を感じさせる動きだ。
「師匠!」
「おおぅ?」
堕獣と千銅の戦いに夢中になっていた葉雪は、雲嵐の声に肩を揺らした。隣を見ると、雲嵐が険しい顔をしてこちらを見ている。
「辛いものが瘴気に効くわけないでしょう? 本当に大丈夫なんですか⁉」
「大丈夫だって。お前こそ本当に……う~ん、大丈夫じゃないな?」
雲嵐の顔は真っ白で、唇に色はない。しかし唇を噛み締め、耐えるようにして、葉雪を見据え続けていた。これでは直に意識を失う。
葉雪は窓を開け、外にいる下っ端の退邪師に声をかけた。
「なあ、他に召喚できる者は居ないのか? 出来ればあの天上人より強いのが良いと思うんだが……。恐らく、あの天上人だけじゃ勝てんぞ」
「き、貴様、何を言ってる! あのお方は、上級天上人だぞ!! それに、上級を呼び出せる召喚士など、この国で陶静様ただお一人だ!」
「とは言ってもなぁ……」
確かに並の召喚士であれば、中級を呼び出しただけでも大したもんである。上級を呼び出す召喚士となると、大陸で数人しかいないだろう。
過去には特級を呼び出す猛者もいたが、最近ではそれほどの力を持つ者は居なくなっていると聞く。
(……うん? そういえば……)
葉雪は首を捻り、顎に手をやった。薄くなってしまった記憶を引っ張り出す。
「おい、確か……特級を呼び出す召喚士がいる国って、この丈国じゃなかったか?」
「っ⁉ なぜそれを!」
陶静が葉雪を振り向き、驚愕に目を見開いた。その隙を堕獣は見逃さず、陶静へと飛び掛かる。
しかし千銅が素早く反応し、堕獣と陶静の間へと入った。堕獣の角を千銅が剣で受け止めると、稲妻のような青い閃光が走り、爆風が吹き荒れる。
葉雪らがいた建物にも爆風が襲い、放たれた閃光によって窓が粉々に砕けた。
隣の雲嵐が叫ぶ。
「師匠ッ!」
「阿嵐、伏せろ!!」
雲嵐の肩に手をやると、彼はそれを掴んで、葉雪の身体に覆いかぶさるように伏せた。
雲嵐の身体の下敷きになった葉雪は、硝子の破片が雲嵐の身体に刺さるのを避けるため、彼の身体に腕や足を巻き付けた。そして仰向けになったまま首を擡げ、外の様子を窺う。
未だ閃光は方々に放たれ、下っ端の退邪師は爆風によって吹き飛ばされている。
完全な劣勢状態だ。ここから挽回するのは難しいだろう。
葉雪が眉を寄せていると、その頬にぽたりとぬるいものが落ちる。驚いて雲嵐へと目線を戻せば、そのこめかみは真っ赤に染まっていた。
絶えず流れ出す血が、雲嵐の頬を、顎までも朱く染め上げていく。
「……っ!」
その朱さに葉雪は声を失くし、肚からゾッと寒気が込み上げた。
震える指を雲嵐へ伸ばし、血でぬるつく頬を包む。困ったように眉を下げる雲嵐へ、葉雪は怒りの目を向けた。
「……っ私を庇うなど……! この阿呆がッ!」
「……すみません……。でも、ご無事で、良かった……」
眉を下げ、心底安堵した表情で雲嵐が呟く。
葉雪は手巾を取り出すと、彼のこめかみに押し当てた。そして体勢を変え、今度は葉雪が雲嵐を組み敷く。
怒りがじくじくと湧いてくる。どうして雲嵐は、自身を犠牲にしてまで葉雪を護ろうとするのか。
(……どう考えても、弱っていたのはお前の方だった。私の事など、護らなくとも良かったはずだ! お前の中の何がそうさせるんだ!? ……やっぱり、お前は……阿嵐は……)
怒りの後に湧いたのは、胸を焦がすような想いだった。
目の前の男に抱いていた予覚が、確信に変わる。
雲嵐の顔を見下ろし、葉雪は手巾を持った手に昊力を込めた。
「もう身体を動かすな。瘴気が身体中に回ってしまう」
「……しかし……」
「これは命だ。もう動くな。眠れ、阿嵐」
「……し……」
手巾がじわっと光を放ち、雲嵐の瞼が徐々に閉じていく。完全に閉じたのを見計らって、葉雪は外へと声を放った。
「おい、その特級召喚士は呼べないのか⁉ このまま戦えば、王都は壊滅するぞ!」
「馬鹿な! 陛下を呼べるはずがない!」
「……陛下?」
眠った雲嵐の額を撫で、葉雪は立ち上がった。そのまま建物を出て、陶静の隣へと進む。陶静がぎょっとした顔で、葉雪を見た。
「……何してるんだ、お前! 一般人はこっちに来るな!」
「特級を呼び出せる召喚士って、この国の王なのか?」
「……お前は......特級召喚士の件をどうして知っている?」
陶静が周りを見回しながら、潜めるように声を落とす。幸い彼の部下は軒並み気を失っており、誰も秘密を聞くものは居ない。
葉雪は腕を組んで、未だ堕獣と力比べをしている天上人を見遣った。
「あの天上人でも、本気でやれば勝てるには勝てるだろうが、場所が悪い。こんな街中じゃ、本気も出せないだろうが。それか、本気を出さないでも勝てる特級を呼び出すしかない」
「……っ千銅様を馬鹿にするな! このお方が勝てない相手などいない!」
「……馬鹿になどしていない。事実を言っている。なぁ千銅とかいう天上人さん! あんただって分かってるよな? 援軍は呼べないのか?」
葉雪が千銅へと声を掛けると、彼は堕獣を睨みつけたまま口を開く。
「……その通りだ。この堕獣との力は互角。しかし援軍となると、一度昊穹に戻らねばならん。その上、今の昊穹では強者があまりおらんのだ」
「おらん? そんな事ないだろう?」
首を捻りながら言うと、陶静が葉雪を睨みつけた。鼻梁に皺を寄せる様は、威嚇している猫にも見える。
「そんな事も分からないのか⁉ 丈国は平和だが、他国は戦中のところが多い! 死者が多いと瘴気も多くなるんだ!」
「という事は、他国に人手を取られていると?」
「そうだ」
千銅は一言放ち、口元でなにやら詠唱を始めた。堕獣の足元に陣が走り、そこから光の蔦が這い出してくる。蔦は堕獣を絡めとり、地面へと縫い付けた。
陶静が「やった」と表情を明るくするが、千銅は首を横に振る。そして堕獣を見つめたまま、苦々し気に口を開く。
「これは気休めだ。確かにこのままだと、決着がつかん。しかし援軍も望めない。……百年前は、簡単に解決できる御仁がいたが……その方も、もうおらん……」
「四帝の誰かにも頼めないのか?暇だろ」
葉雪が言うと、千銅が男らしい眉を吊り上げて振り向いた。赤い髪をざわざわと波立たせ、憤怒の形相で葉雪を睨みつける。
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