婚約破棄を、あなたのために

月山 歩

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4.彼の地の暮らし

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 彼の地にたどり着いた私達は、新しく住むことになる邸の敷地の中に入った。

 そこは、澄んだ空気と穏やかな風が吹き抜ける温暖な場所だった。

 そして、私達の新たな邸は、石造りの重厚な邸宅で、広さこそ充分ではあるが、しばらく手入れされておらず、古びた佇まいであった。

「ここは、以前貴族が暮らしていたらしいが、長らく無人だった邸だ。
 これから、我が邸とするべく共に作り上げる。

 そして、この領地を皆が安心して暮らせるように共に築いて行こう。」

 オースティン様は邸の庭園だったと思われる空き地で、部下達が見守る中、力強く宣言した。

 部下達は皆拍手をして、共にこの地で生きていくことを誓った。




 その日以降、雑務に追われ、多忙を極めているらしく、オースティン様の姿をほとんど見かけることはなかった。

 そして、私に与えられた部屋は彼の部屋から遠く離れた客室だった。

 朝食の時間だけでも、顔を合わせることはできないか、執事に尋ねてみても、オースティン様は、いつも早くに出かけてしまうらしく、会うことは叶わないとのこと。

 だから、本当は会えないことが寂しいと思いながらも、その想いを胸の奥に押し込めて、私なりにできることをしようと思う。

「エミリア様、新しい布地が届きました。
 これで、エミリア様の寝室のカーテンなどいかがでしょうか?」

 侍女クローネが嬉しそうに提案する。
 彼女はこちらに来てから、私を支えてくれている朗らかで、しっかりものの女性だった。

「そうね、このアイボリーは素敵な色だわ。
 でも、私の部屋にはもうあるから、違う方の分にしましょう。」

「何をおっしゃるのですか?
 エミリア様が今使っているのを、違う人の部屋につけましょう。

 エミリア様より、上質な布地のカーテンなんて、皆気後れしてしまいます。」

「そんなことを気にしなくてもいいのに。」

「気にしますとも。
 ただでさえ、本当は公爵夫人となる方が、絶対にしないであろうお針子の仕事を、エミリア様は一緒にしてくださっているのですから。」

「いいのよ。
 私にできることなんて、これくらいしかないもの。
 せめて、この邸を住み心地良くしたいのよ。」

「その気持ちはありがたいのですが、これ以上エミリア様にお手伝いいただいて良いものか、判断しかねます。

 オースティン様がエミリア様をもっと大切にしてくださったら、エミリア様の威厳は保たれて、私共も安心してお仕えできますのに。」

「いいのよ。
 これが、彼の望んだ形なのだろうから。」

 そう言うと、クローネは、怒りの表情を浮かべる。

「以前、エミリア様とオースティン様にどのような経緯があったのかは存じませんが、少なくとも、エミリア様はこちらに来てからずっと、この邸をよくしようと心を砕かれています。

 なので、このような扱いをされるなど、許されるはずがありません。

 私達侍女は、エミリア様にお仕えできることを誇りに思っております。」

 クローネの真っ直ぐな言葉に、思わず胸が熱くなる。

「ありがとう、ここで出会ったみなさんはとても優しいわ。
 私はここに来られて、良かったと思っているの。

 オースティン様のことも、これで彼の気が済むのなら、私は平気よ。」

 それは、偽りのない本心だった。
 こちらに着いて以来、オースティン様と顔を見合わせることはほとんどない。

 私とは、婚約中だとしても、関わる気がないと態度で示しているのだろう。

 やっぱりかと思う気持ちと、好きだと言ってくれた言葉から、少しだけ期待していた気持ちが胸の奥で混ざり合う。

 それでも、彼がこの地を良くしようと一日中指揮を取り、絶えず忙しくしていることは、邸の侍女達から聞いている。

 民たちと真摯に向き合い、声を聞き、導こうとする彼の姿は、誰もが口を揃えて称えていた。

 以前この地を治めていた王は、暴君だったらしく、オースティン様や私にまで、みな優しく受け入れてくれていた。

 だから、オースティン様は民をまとめるべく、日々奔走しているのだろう。

 暴君の元に行われていた体制はかなりの改革が必要だろうし、彼は元々領地を治めるのが夢だった人だから、彼の作る領地がどう変化していくのか、この目で見届けれるだけでも、私は幸せなのかもしれない。

 たとえ同じ邸に暮らしながら、全くと言ってもいいほど、彼と関わることはなくとも。

 彼のいない王都での毎日よりは、遠くから見える彼の鍛練のようすや、ごくたまに誰かと話している姿を見つけるだけで、不思議と心が満たされる、そんな日々を送っていた。


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