婚約破棄を、あなたのために

月山 歩

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3.旅立ち

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 新しい領地へ向かうセリノ家の紋章のついた広い馬車の中、エミリアとオースティンはお互いに言葉を探した。

「元気だったかい?」

 オースティンは探るように声をかける。

 彼の美しい碧眼は変わらずだか、以前より目つきは鋭くなり、同じ人とは思えないぐらいだ。

 戦況は怖くて、あえて聞かないようにしていたが、オースティン様の顔つきを変えるぐらいには、激しいものだったのだろう。

「ええ、まあ。」

「オースティン様は?」

「戦う日々だったから、元気だったわけじゃないな。」

 その返答に私は、何と返すべきなのか、わからない。
 戦いに追いやったのは、私なの?
 多分そうだから、怖くて聞く勇気がない。

 オースティン様と別れた後、私は元気ではあったけれど、幸せにはなれなかった。

 誰かと婚約しようとして、相手から嫌がられた日々を思えば、結局、オースティン様と婚約していた時が一番幸せだった。

 オースティン様は口数は少ないものの、月に一回は会おうとしてくれたし、私を相手に微笑む時だって、あった。
 プレゼントだってくれていた。

 オースティン様は婚約していた時、決して私を蔑ろにしていたわけではない。

 ただ、テレーザ様と好き合っていただけ。
 それが、つらくて逃げ出したんだわ、私。

 好きになってくれない人と一緒にいるのが。

 なのに、オースティン様はどうして、再び私と結婚しようとするのだろう。

 やっぱりこの結婚は復讐なの?
 愛し合う二人の仲を引き裂いた私への。

 でも、オースティン様こそ、テレーザさんとのことを認めなかったのだから、私に復讐っておかしな話だと思うのだけど。

 私はオースティン様に幸せになって欲しかっただけなのに。
 好きだったから。

 決して、騎士になって、命をかけて戦ってほしいなんて、思っていなかった。

 彼が、戦地で命を失わなくて、本当に良かった。

 彼の気持ちは、私にはいつだってわからない。

 婚約破棄をした相手のことなんて、嫌いで当然なのに、何故彼は、私に再び関わろうとするのだろう?

「本当に、オースティン様が私との結婚を望んだの?」

「そうだよ。
 僕は君とやり直したいと思っている。
 今も君が好きだよ。」

「そんな風には見えないのだけれど。」

「いや、本当のことだ。」

「帰ってから、テレーザさんと会った?」

「いや、会ってないよ。」

「私のこと恨んでいるの?」

 オースティン様の目を見て、聞く勇気はないので、馬車から流れる景色を見ながら、ぼんやりと聞いた。

「ああ。」

 オースティン様の言葉は、心に刺さった。

 彼は私を好きだと言っているけれど、やっぱりこれは、結婚と言う名の復讐なのね。

 望んだ訳じゃないけど、オースティン様を傷つけた私を恨んでいるなら、どうぞ、思う存分に復讐してくれて構わない。

 今の私にはそもそもすべてにおいて、選択権などないのだから。

 それに、私がオースティン様を好きになってしまったことが、輝けるあなたの唯一の汚点なのは、残念ながら確かね。

 それを、あなたはどうしても許せないのね。

 だから、私を妻にと選んだ。

 それでも、私は一生一人で生きていくより、好きと言うあなたの言葉は、本当かどうかはわからないとしても、やっぱりあなたのそばにいたい。

 微かな希望が消えることはないみたい。
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