上 下
5 / 12

5.オースティンの思い

しおりを挟む
 この地にエミリアと来てから、しばらく経った。

 朝から晩まで、思った以上にやるべきことが山積みで、オースティンは気がついたら、いつも夜中だった。

 この地で、何があっても、エミリアを守る。

 そのための邸の警備、私兵の配置・技師力の増強が、何をおいても一番優先された。

 そうこうしているうちに、あっと言う間に時は流れているのに、気づくのが遅れた。

「エミリアはどうしてる?」

「最近は侍女達と、邸中のカーテン作りをしているようです。

 侍女達はエミリア様を崇めていますよ。
 何せ、公爵夫人となる人が一緒に針仕事をしてくれるんですから。

 そして、エミリア様はこの邸の者すべてにお優しくて、その上、針仕事もとてもお上手だそうで、いつも周りに侍女達が群がっていますよ。

 オースティン様、領地作りも大切ですが、エミリア様との時間も作られてください。

 エミリア様を大切にできるのは、オースティン様だけなのですよ。」

 側近のメルビンはずっとエミリアとの関係を何とかするべきだと、オースティンに訴え続けている。

「そうだな。
 何より、エミリアに会うことなく、邸造りを優先させた自分が信じられないよ。

 でも、どうしてなんだろう?
 好きだと伝えているが、彼女は信じてくれていなさそうなんだ。

 その上、婚約破棄されたことを恨んでいるって言ってしまったし。」

「そんなことを?
 ならばなおさら、話し合うべきです。」

「酷いことだと思うが、エミリアに嘘はつきたくなかったんだ。」

「とにかく、今、行ってください。

 せっかくエミリア様を手に入れても、会わずに放置されているだけなら、いないも同然です。

 これでは、何のために戦地で功績を上げ、邸と領地を整えているのか、わからないじゃないですか。
  
 二人は、結婚式すらできていないのですから。」

 メルビンに押し切られ、オースティンはエミリアの部屋に来た。

 ノックをして、返事がないから、覗いてみるが、誰もいないようだ。

 このまま、戻ろうかと思い悩むが、彼女はこちらに来てから、不自由な思いをしていないか今更気になりだし、中を覗いてみる。

 エミリアの居室はパステルカラーでまとめられており、いつものハキハキとしているエミリアとは印象が違って、かわいいものだなと思っていると、そばにある棚の上の宝石箱の真ん中に水色の宝石のついた髪留めを見つけた。

 オースティンは、居室に入り、懐かしいと思いながらも、手にとってみる。

 これは、僕達が一度目の婚約時代に僕がプレゼントしたもので、今でもエミリアが持っているのは、不思議な気持ちだった。

 エミリアは侯爵家の中でも、裕福な貴族の出だ。

 このような髪留めはいくらでも持っているだろうし、当然僕達が別れた時に、捨てたと思っていた。

 彼女が僕を捨てたように。

 僕はいわゆる貧乏な男爵家だったから、婚約中に、彼女に合うほどのプレゼントを準備するのは、容易ではなかった。

 それでも、何とかこの髪留めを買ったのは、彼女の髪に僕の瞳の色のプレゼントをつけてほしいという自己顕示欲の表れだったのだろう。

 もし今、再び僕が選んだ髪留めをプレゼントしたら、エミリアはつけてくれるのだろうか?

 僕達の間は拗れていて、彼女との結婚は決まっているものの、愛を伝えることさえ、うまくいかない。

 僕はエミリアへの思いを伝えているつもりだが、多分、彼女は僕を信用していないだろう。

 でも、この髪留めを今でも持っていると言うことは、少しでもエミリアの気持ちが僕にあると期待していいのだろうか?

「誰かいるの?」

 そう言って、エミリアが寝室から出て来て、居室に入って来て、オースティンを見つけると固まった。

「何故ここに?」

「話がしたいと思って、探していたんだ。」

「そう。」

「君は僕が昔あげたプレゼントを、今でも持っていてくれていたんだね。」

「それは、あなたがプレゼントしてくれたものだったから。

 その真ん中の水色の宝石が好きだったのよ。
 お気に入りだったの。」

「それは喜んでいいのかな?
僕達こちらに来てから、ゆっくり話すこともなかったね。
 今時間ある?」

「ええ。」

「二人でお茶を飲もうか。」

「では、おかけになって、お茶を準備するわ。」

 オースティンは、エミリアとの距離を縮めるべく話ができることを嬉しく思っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

処理中です...