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9.涙(和人視点)

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 車を停めて受付近くのソファに座り、彼女が出てくるのを待った。

 30分程経った頃だろうか、奥の診察室から彼女が出て来た。なんとなく不機嫌そうなのは気のせいだろうか。まぁ騙し討ちの形で連れて来たしな…という申し訳なさはある。ただ、こうでもしないと彼女は受診なんてしないであろうから必要措置だ、という言い訳をさせて欲しい。

 凛乃さんは、あれ?いたの?とでも言いたげな顔をしてこちらを見ていた。そしてやっぱり…不機嫌だ。むっすーとしているその顔も可愛いと思う僕は完全に惚れ込んでいるのだろう。

病院内ということもあり、僕らは特に会話をしなかった。数分後に名前を呼ばれて精算をし、病院を後にした。

「お疲れ様です。約束通りプリン買いに行きますか?」

「その前に薬局寄っていい?薬だけもらってくる。」

受診したのだ、薬も処方されるだろう。そのことに全く思い至らなかった。

 薬局に向かいながらご飯をどうしようか考えていた。凛乃さんようのプリンを買いにスーパーに寄る予定だったのでそこで一緒に調達してしまおう。

「凛乃さん、ご飯何がいいですか?病院受診したご褒美に何でも好きなの作ってあげますよ?」

「…じゃあオムライス」

弱々しい声でそうリクエストされた。疲れているのだろうか。それともオムライスという子どもが大好きなメニューをリクエストしたことに照れているのだろうか。

 無事に薬をもらい、スーパーに車を走らせた。地域密着型のスーパーであるが、現金やカードだけでなくバーコード決済にも対応しており非常に便利なのである。それからデザートコーナーの品揃えがここら一帯で1番なのである。凛乃さんはこのスーパーのカスタードプリンが大好物である。ケーキ屋さんの少しお高めのプリンではないため気軽に購入できる。彼女のこういう面であまり高級志向でないのが彼氏としてはありがたい限りである。

 スーパーに着き、2人で並んで店内をまわる。まずはポイントカードに来店ポイントを入れ、まずはデザートコーナーへ向かった。約束通りプリンを買うためだ。心なしか彼女の足取りが軽い。

デザートコーナーで、カスタードプリンと焼きプリンをカゴに入れた。

続いてオムライスの材料として、卵、ピーマン、コーン、むね肉、玉ねぎ、人参をカゴに入れた。これらを無人レジで精算してスーパーを出た。

 行きは帽子を目深にかぶっていた凛乃さんは、帰路はパッチリ目を開けており、ぼんやりと外を眺めていた。ここでも特に会話はなかった。

 静かなまま家に着き、先に凛乃さんを家に入れ車を停めた。縦列駐車は苦手であったがどうにか入れることができた。

家に入ると凛乃さんの姿が見当たらなかった。寝室にでも行ったのだろうか。僕はキッチンに向かいご飯の準備を始めた。

 オムライスは、家庭的な薄焼き卵で包むタイプとお店のような半熟状態の卵で包むタイプの好みが分かれる気がしている。僕は凛乃さんがオムライスが好きだと風の噂で聞いた時から密かに練習していたのでどちらも作ることができる。凛乃さんはどちらでも好きらしいが、半熟の際はお店のようにハヤシをかけてくれるとテンションが上がるらしい。

プリンといいオムライスといい卵好きだな…なんて思いつつチキンライスの準備に取り掛かった。残念ながらハヤシの材料がなかったため本日は家庭的なオムライスとあいなった。

チキンライスを手早く作り、もう一つのフライパンを熱して薄焼の卵を作りチキンライスを巻く。お皿に盛り付け、ケチャップでなんとなく猫の顔を描く。チキンライスで余った野菜を用いてコンソメスープも作った。

 オムライスを自分の分も作り、凛乃さんを呼びに行った。凛乃さんは寝室で横になっていた。

「オムライスできましたよ、一緒に食べましょう?」

凛乃さんは小さく頷き、ゆっくりと身を起こした後、僕の後をついてきた。

 すぐにテーブルに着かず、一度キッチンに寄り、何かの粉末をのんでいた。今日処方された薬だろう。

「何の薬処方されたのですか?」

「よくわからない漢方薬」

苦々しい顔をしながらテーブルに向かってきた。

2人でいただきます、と手を合わせて食べ始めた。食欲の状態や味を気にしていたが、小さく

「美味しい…」

と呟く声が聞こえたので大丈夫だろう。

 食べ終わり食器を下げた後彼女はまた寝室へ行ってしまった。やはり疲れが溜まっているのだろうか。

彼女の分も食器を洗い、再び軽く様子を見に行った。彼女はカーテンを閉め切り布団にくるまっていた。

「もうお休みになりますか?せめてシャワーだけでも浴びましょう?」

「…そうだね」

再び体を起こし、着替えとタオルを持って浴室へ消えていった。

 ドライヤーで髪を乾かす音が聞こえた1時間後、物音がしなくなったため寝室へ様子を見に行った。

毛布にくるまり眠っていた。寝ているなら…と静かに部屋を出て行こうとしたが、微かにすすり泣きのような声が聞こえ、立ち止まった。

「捨てないで…お願いだから捨てないで…」

子供の頃に大事なおもちゃを捨てられる夢でも見ているのだろうか。まさかとは思うが、僕に捨てられる夢でも…

もっと彼女の声を聞くべく添い寝の体勢をとった。

「お姉ちゃんみたいに優秀になるから捨てないで…」

誰に弁明しているのだろう。聞いていて苦しくなる声と内容である。
一度起こそうかとも思ったがせっかく寝れているのだ。起こす方が可哀想かもしれない。

せめてもの安心感を与えるため、左手を彼女の体にまわし、右手で彼女の頭を撫で続けた。

 気づかぬうちに僕も寝てしまったらしい。目が覚めると、彼女を抱き枕のようにしていた。

 
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