召喚術師はじめました

鈴野あや(鈴野葉桜)

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第一章

三十二話

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 幸せな時間はいつだってあっという間に過ぎてしまう。

 ベルは野宿していることを忘れて、ロセウスたちと触れ合うことで頭がいっぱいだった。そこに性欲を感じるものは互いに一切なく、アーテルの顎やアルブスの耳の裏をくすぐってやったり、ロセウスのふわふわな尻尾に顔をうずめたりして、もふもふを堪能していた。ただ、乗っているだけといっても、体は疲れていたようで、ベルは気づかない間に眠ってしまっていた。

 目をこすりながら起きてみればすでに朝で、テントの向こう側は明るく、太陽の光がテントの布越しにテント内を照らしていた。

 すでにロセウスたちも起きていたようだったが、ベルが目を覚ますまでずっと添い寝をしていてくれたらしい。目覚めてももふもふに囲まれて、朝からとても幸せな気持ちになる。

「ベル、おはよう」

「お嬢、よく眠れたか?」

「寝たりなかったら、まだ時間に余裕があるから寝ても大丈夫だぞ」

 それぞれ、ベルに挨拶をしたり、ベルの体を気遣ってくれる。

「おはよう。よく寝たし平気」

 目の前にあるロセウスの尻尾を抱き枕かわりに、そしてロセウスの腹を枕にしてにずっと眠っていたらしい。両腕の中には頬擦りしてしまいたくなるほど気持ちのいいロセウスの尻尾があった。もう朝で起きなくてはいけない時間だ。けれど一度くらいなら顔を埋めても問題あるまい。そう自分に甘い判断をして、顔を埋めようとすれば、アーテルとアルブスにロセウスの尻尾を取り上げられてしまった。

 腕の中から尻尾が離れていってしまい、悲し気な顔をすると、右からアルブス、左からアーテルが頭をベルへこすりつけてきた。短い毛ではあるが、それはとても触り心地がよく、ついその頭に手が伸びてしまう。二匹の頭を両手で撫でれば、嬉しそうに喉を鳴らしていた。

 至高のひと時を味わい、保存食として持ってきた朝食を食べ、テントを片付ける。ベルがテントの片づけを手伝うと、逆に邪魔になってしまうのが目に見えていたので、大人しく待っていることにした。幸い天候が崩れることもなく、とてもいい天気だ。街の中とは違って少しだけ冷たい風に、目を瞑りながら体で感じていると、片付けが終わったとアーテルに肩を叩かれた。

「出発できるぞ」

「はーい」

 すでに荷造りはし終えていたので、獣化したアーテルとアルブスの背にそれらを括り付けた。

 昨日と同じようにロセウスに乗って、『異界の湖』を目指す。距離を昨日の段階で稼いだので、木々が茂る森の中を二時間ほど走り続けて、目的の場所へ辿り着くことができた。

「変わってないなあ、ここは」

 森の中央に悠然とある『異界の湖』はベルの記憶と全く同じ通りに存在していた。『異界の湖』のふちにしゃがみ込み、水を両手で掬う。『異界の湖』は不純物が一切入っていない水でできている。だからどこの水よりも透き通っていた。

 その水を口に含み、飲み干す。自身が敵意を持っていないことを番人に伝えるためだ。敵意が本当になければ、ただの水なのだが、ここで少しでも敵意を持っていれば、それは猛毒の水と化す。過去には何人もの人が、この水で命を落としているらしい。

 『異界の湖』の水を口に含むのはここに来たときの儀式のようなもので、その行為をしなければ番人は決して人前には現れてくれない。契約獣と契約するためには、番人に扉を開いてもらう必要があるため、口に水を含むことは必須であった。

 ベルに続き、ロセウス、アーテル、アルブスと水を口に含んでいく。そうして全員が水を飲み終わったとき、番人は湖の上に現れた。

「久しぶりね、ベル」

「お久しぶりです。ヴィータ・オムニア様」

 人間と姿形は同じだが、ヴィータは人間ではない。むしろこの世界では神にも等しい存在である。透き通るように美しい肌に、豊満な胸。長い純白の髪は『異界の湖』に毛先が浸かるほどに長い。そして、瞳はベルと同じ金の瞳をしていた。

「そんな堅苦しい挨拶はいらないわ、ベル。いつものように呼んでちょうだい」

「では、お言葉に甘えまして。久しぶり、ヴィー」

 ベルが気安く話しかけると、ヴィータは水の上を歩き、ベルの元までやってきた。そして嬉しさのあまりに、強く抱きしめてくる。

「ヴィー、くるっ、苦しい!」

「あら、ごめんなさい。でも目覚めてよかったわ。本当に心配していたもの」

 豊満な胸で窒息しそうになったベルが、ヴィータの背中を叩いたことによって、長い抱擁は終わりを迎えた。

「心配かけてごめんね。私もまさかこんなに眠るとは思わなくて」

「いいのよ。こうして眠りから覚めてくれたんだもの」

 ヴィータは謝るベルの頬に、軽くキスをした。

 綺麗な女性からのキスは、同性であるベルでも少しドキリとしてしまう。

 そんなベルの姿が気に食わなかったのか、ベルの召喚獣である三匹が人化を瞬時にすると、ヴィータから離されてしまった。

「あら、ヤキモチさんね。これくらい、いいじゃない」

「よくない」

「番人はお嬢がお気に入りだからな」

 ヴィータの言葉に反応したのは、アーテルとアルブスの二人だった。

 二人の気持ちも分からなくはない。『異界の湖』の番人、ヴィータ・オムニアは『召喚術師はじめました』のシークレット攻略キャラクターだったりするからだ。所謂百合ルートと言われるヴィータ・オムニアとの恋愛は、召喚術師にならないことが条件だったりするらしい。『召喚術師はじめました』というタイトルの乙女ゲームなのに、不思議な話だ。詳細は攻略をしようと思っていなかったのでわからないが、百合ルートを望むコアなファンがいたことだけは、ネット上で何人か見かけていたので知っていた。

 ベルは百合ルートには進まなかったので、ヴィータとは仲のいい友人の関係を築いていた。

「まあヤキモチ焼きさんたちは置いておいて。ベル、今日は私に会いにきただけではないのでしょう? もちろん、会いに来てくれるだけでも嬉しいのだけれど」

「うん、今日はヴィーに聞きたいことがあってここを訪ねたの」

「私に答えられることなら、何でも教えてあげるわ」

「ありがとう」

「それで、聞きたいこととは何かしら?」

「ロゼリア・ラワーフとノア・ブラルク。この二つの名前に聞き覚えがあるか教えてほしい」

 ロゼリアとノア。その二つの名前をベルが声に出した途端、ヴィータの纏う空気が違うものへと変わった。
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