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第二章 まやかし
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ワイバーンの事件より発展した【百鬼夜行】とのゴタゴタを経た夜のこと。
時刻は深夜をいくらか回る。そろそろ夜ふかし気味の街、カレドゥシャも眠りに入る準備をする頃合い。
オリヴィア・ベルナールは既に夢の中。
「オリヴィアちゃん寝ちゃった」
「色々あって疲れたのだろう。それを君が猫可愛がりするから余計にストレスだったろうな」
「可愛いものを可愛がるのって義務じゃないですか」
「義務ではないがな。それにオリヴィアはまだ子供だ、夜は眠くなる。仕方あるまい」
「……子供、ねぇ。本人はそう思ってないとは思いますけど」
カチカチと電球が明滅する。
「最近発電機の調子が悪いんですよね」
「電線通ってないのか」
「えへへ、ボロ屋なもので」
「フッ、君の眩しい笑顔があれば、明かりなど必要ないさ」
「盾騎士様って」
「うむ」
「それ、演技ですよね」
「む」
「変な言動。大げさな行動。あえて三枚目に落ち着いてるような感じ。私って人と接する仕事してるじゃないですか。分かっちゃうんですよね、そういうの」
「二枚目ではないのか……」
リモンはグラスいっぱいに注がれた水をあおりながら電球を見つめる。
ラッキーに道化を演じていることを見抜かれ、ややバツが悪そうだった。
「強がりに見えます、その態度」
「強がりではない。俺は強い、強いからこそ強い俺を演じる。この意味が君に分かるか?」
「分からないです。でもまあ格好いいですよ、そういうの」
「…………フフン」
時計の針がコツコツ時間を刻む。
それに合わせ、リモンの足がリズムを刻む。
苛つきのようにも見える。
何かに集中しているようにも見える。
視線の先には彼の相棒とも呼ぶべき巨大な盾。
「オリヴィアをどう思う、ラッキー」
ごとりと音を立て、リモンの空のグラスがテーブルに置かれる。
ラッキーはホットミルクの入ったマグカップへと一旦視線を落とし、口を開く。
「レベル241ってすごいなぁ、と思ってます。盾騎士様のレベルいくつですっけ」
「213だ」
「なーにがどうしたら、あんなになっちゃうんでしょうね、あの子」
「オリヴィアが強いことがそんなに不思議か?」
「だって治癒術師ですよ、だって14歳ですよ」
「君も子供だと思っているじゃないか」
「そりゃもちろん」
二人の視線は、会話しているのに噛み合わない。かたや盾を見つめ、かたやミルクを見つめ。
まるでこの会話の終着点を知っていて、それを意図的に避けているようだった。
「あの子は私の6つも下なんですから」
「俺の12コも下だ」
「あの子が前衛なのがマズいのって、治癒術師だからってだけじゃないでしょ」
「然り。我々が本当に守るべきは『最強の治癒術師』ではない。オリヴィアの未来だ。そうだろう」
「ただの可愛い女の子。それが──【ドラゴンスレイヤーズ】って」
「あまり名前を出すな」
リモンは一度席を立つと、何もせずまた腰を下ろす。
彼が抱く盾はよく磨かれていて、薄明かりをよく反射しているものの……引っ掻き傷や歯型、腐食、焦げあとだらけ。数え切れないほどの戦いの跡が残されている。
盾騎士。そう名乗る者が持つに相応しい代物。
鎧を手放したことは多々あれど、その盾だけは、これまで手放さず重宝してきたことが伺える。
「つまりは、そういうことだ」
盾に反射するリモンの顔は、傷のせいかどこか歪だった。
「あの子に人殺しとかさせてないですよね、流石に」
「オリヴィアは魔物の討伐が得意だったからな、俺とともにそちらの仕事を受け持つことが多かった」
「それって」
「無かった。無かったんだ。させなかった。オリヴィアにはない」
2秒。
たった2秒だけ沈黙があった。
「……まず前提として、ですけど」
恐る恐る、ラッキーは訊ねる。
「あのギルドは本当に裏の仕事をしてるんですか」
「それは肯定する」
電灯の明滅が止む。
部屋を照らすには十分な明かりが供給される。
「肯定せざるを得まい。クロードの反応を見れば誰でも察せる」
「盾騎士様も?」
「加担したこともある。何かを守るための犠牲が、他の人間だったことは少なからずある。正義を知るためだった」
暫くしてまた、電球はチカチカと目障りな光を放ち始めた。
「俺は……正義になりたいんだ。ずっと正義とは何かを考えて、信じるものとは対極にある正義に身を置いた」
「向こう岸からしか見えない景色を見るため、ですね」
「知ったような口を」
「知ってますから」
「君が………?」
「うふふ。あ、脱線しましたね。オリヴィアちゃんの話なのに」
ラッキーはなかなかホットミルクに口をつけない。冷めるのを待っている。
「オリヴィアちゃんは強い。確かに強い。でもあの子があそこにいた理由って、他にもあるんじゃないかなって」
「──好奇心は猫をも殺すと言う。ラッキー、あまり深入りするな」
「盾騎士様は知ってるんですね」
「知らん」
このまま会話すると望まぬ終着点に辿り着く。
そのことを察した二人は、ただ無言の時間を享受することに甘んじる。
カチカチ時計が時間を刻む。
それに合わせリモンの足が動く。
ラッキーはひと呼吸置いて……十分に冷めたホットミルクを流し込む。最早ホットではなかった。
「おやすみなさい、盾騎士様」
「うむ」
「あの」
「どうした、まだ何かあるのか」
「えぇっ、と──」
本当にそれを口にするのか。
その迷いが、明らかに不自然な間を作る。
「──いえ。やっぱり何でもないです」
「フン」
迷いの結果、ラッキーは口にしないことを選んだ。
平和的な選択。
だが、それは先延ばしと同義だ。
「おやすみなさい」
「うむ、おやすみ」
時刻は深夜をいくらか回る。そろそろ夜ふかし気味の街、カレドゥシャも眠りに入る準備をする頃合い。
オリヴィア・ベルナールは既に夢の中。
「オリヴィアちゃん寝ちゃった」
「色々あって疲れたのだろう。それを君が猫可愛がりするから余計にストレスだったろうな」
「可愛いものを可愛がるのって義務じゃないですか」
「義務ではないがな。それにオリヴィアはまだ子供だ、夜は眠くなる。仕方あるまい」
「……子供、ねぇ。本人はそう思ってないとは思いますけど」
カチカチと電球が明滅する。
「最近発電機の調子が悪いんですよね」
「電線通ってないのか」
「えへへ、ボロ屋なもので」
「フッ、君の眩しい笑顔があれば、明かりなど必要ないさ」
「盾騎士様って」
「うむ」
「それ、演技ですよね」
「む」
「変な言動。大げさな行動。あえて三枚目に落ち着いてるような感じ。私って人と接する仕事してるじゃないですか。分かっちゃうんですよね、そういうの」
「二枚目ではないのか……」
リモンはグラスいっぱいに注がれた水をあおりながら電球を見つめる。
ラッキーに道化を演じていることを見抜かれ、ややバツが悪そうだった。
「強がりに見えます、その態度」
「強がりではない。俺は強い、強いからこそ強い俺を演じる。この意味が君に分かるか?」
「分からないです。でもまあ格好いいですよ、そういうの」
「…………フフン」
時計の針がコツコツ時間を刻む。
それに合わせ、リモンの足がリズムを刻む。
苛つきのようにも見える。
何かに集中しているようにも見える。
視線の先には彼の相棒とも呼ぶべき巨大な盾。
「オリヴィアをどう思う、ラッキー」
ごとりと音を立て、リモンの空のグラスがテーブルに置かれる。
ラッキーはホットミルクの入ったマグカップへと一旦視線を落とし、口を開く。
「レベル241ってすごいなぁ、と思ってます。盾騎士様のレベルいくつですっけ」
「213だ」
「なーにがどうしたら、あんなになっちゃうんでしょうね、あの子」
「オリヴィアが強いことがそんなに不思議か?」
「だって治癒術師ですよ、だって14歳ですよ」
「君も子供だと思っているじゃないか」
「そりゃもちろん」
二人の視線は、会話しているのに噛み合わない。かたや盾を見つめ、かたやミルクを見つめ。
まるでこの会話の終着点を知っていて、それを意図的に避けているようだった。
「あの子は私の6つも下なんですから」
「俺の12コも下だ」
「あの子が前衛なのがマズいのって、治癒術師だからってだけじゃないでしょ」
「然り。我々が本当に守るべきは『最強の治癒術師』ではない。オリヴィアの未来だ。そうだろう」
「ただの可愛い女の子。それが──【ドラゴンスレイヤーズ】って」
「あまり名前を出すな」
リモンは一度席を立つと、何もせずまた腰を下ろす。
彼が抱く盾はよく磨かれていて、薄明かりをよく反射しているものの……引っ掻き傷や歯型、腐食、焦げあとだらけ。数え切れないほどの戦いの跡が残されている。
盾騎士。そう名乗る者が持つに相応しい代物。
鎧を手放したことは多々あれど、その盾だけは、これまで手放さず重宝してきたことが伺える。
「つまりは、そういうことだ」
盾に反射するリモンの顔は、傷のせいかどこか歪だった。
「あの子に人殺しとかさせてないですよね、流石に」
「オリヴィアは魔物の討伐が得意だったからな、俺とともにそちらの仕事を受け持つことが多かった」
「それって」
「無かった。無かったんだ。させなかった。オリヴィアにはない」
2秒。
たった2秒だけ沈黙があった。
「……まず前提として、ですけど」
恐る恐る、ラッキーは訊ねる。
「あのギルドは本当に裏の仕事をしてるんですか」
「それは肯定する」
電灯の明滅が止む。
部屋を照らすには十分な明かりが供給される。
「肯定せざるを得まい。クロードの反応を見れば誰でも察せる」
「盾騎士様も?」
「加担したこともある。何かを守るための犠牲が、他の人間だったことは少なからずある。正義を知るためだった」
暫くしてまた、電球はチカチカと目障りな光を放ち始めた。
「俺は……正義になりたいんだ。ずっと正義とは何かを考えて、信じるものとは対極にある正義に身を置いた」
「向こう岸からしか見えない景色を見るため、ですね」
「知ったような口を」
「知ってますから」
「君が………?」
「うふふ。あ、脱線しましたね。オリヴィアちゃんの話なのに」
ラッキーはなかなかホットミルクに口をつけない。冷めるのを待っている。
「オリヴィアちゃんは強い。確かに強い。でもあの子があそこにいた理由って、他にもあるんじゃないかなって」
「──好奇心は猫をも殺すと言う。ラッキー、あまり深入りするな」
「盾騎士様は知ってるんですね」
「知らん」
このまま会話すると望まぬ終着点に辿り着く。
そのことを察した二人は、ただ無言の時間を享受することに甘んじる。
カチカチ時計が時間を刻む。
それに合わせリモンの足が動く。
ラッキーはひと呼吸置いて……十分に冷めたホットミルクを流し込む。最早ホットではなかった。
「おやすみなさい、盾騎士様」
「うむ」
「あの」
「どうした、まだ何かあるのか」
「えぇっ、と──」
本当にそれを口にするのか。
その迷いが、明らかに不自然な間を作る。
「──いえ。やっぱり何でもないです」
「フン」
迷いの結果、ラッキーは口にしないことを選んだ。
平和的な選択。
だが、それは先延ばしと同義だ。
「おやすみなさい」
「うむ、おやすみ」
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