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32話

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「というわけで無事に合格したよ!」

「ああ、そう」

 リビングで勉強をしていた杏奈さんにその報告をしたのだが、あまりにも反応が薄かった。

「Bランクなんですけど!?」

 探索者の8割が到達できずに終わるとされているBランク探索者の試験に合格したんですが。

「受かることが最初から分かりきっている試験に合格されたところで驚くことも何もないわよ」

「それはそうだけどさ。何か言葉をくれても良いじゃん」

 少しくらい労いをくれても良いと思います。3日でFからBは結構頑張ったんだからね。

「ああ、あの言葉が欲しかったのね。今からダンジョンに行きましょうか」

「そうじゃなくて!」

「準備は事前に済ませてあるからそのまま向かいましょうか」

 最初からダンジョンに行くことが目的だと察したけれど、もう全て手遅れだった。


 流石に試験を受けてきたことを配慮してか、既に攻略済みで近場にあったBランクダンジョンを選んでくれたけれど、そういう問題ではない。


 それから1週間後、

「これで10種類目ね」

「うん」

 遂にBランクダンジョンを累計で10種類攻略することに成功した。

 目標は20種類なのでようやく折り返し地点に付いたことになる。

「というわけでAランク昇格の試験を受けてみましょうか」

「え?」

 20種類攻略してからAランクに行くって聞いていたからてっきりそのタイミングでAランク昇格試験を受けるものだと思っていたんだけれど。

「何鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのよ。既に受験資格を得たでしょう?」

「Bランクダンジョン十種を攻略していることが資格だけどさ。杏奈さんのレベルは今いくつ?」

「47ね」

「Aランクの適正レベルは?」

「50以上」

「だからもう少しレベルを上げようよ」

 受験資格は確かに満たしているけど、レベルが足りないんですよ。50以上が目安だけど50でクリアできる人は合格者の1割くらいなんですよ。

「大丈夫。あなたの攻撃力とスピードはレベル50を優に超えているし、私はレベル47だけど実力は57レベル相当はあるから」

「だからその理論はさ……」

「それに、今までの昇格試験と違って死の危険は無いわ。だから受けるだけ得よ」

「Bランクは初回だけは無料だったけどさ、今回の試験はお金がかかるでしょ……」

「お金ならあるわ。10個のダンジョンを攻略してきたのよ?」

 杏奈さんは口座の残高を見せつけながら言った。

「確かに……」

 杏奈さんが見せてきた口座の残高は、1000万を軽く超えていた。



 3日後、俺たちはAランク昇格の試験を受けるべく、いつもの役所ではなく探索者管理本部にやってきていた。

「本当にやってきたよ……」

 俺はこれから行われる試験の事を想像し、憂鬱な気分になっていた。

「大丈夫よ。私たちなら受かるわ」

「自信満々で良いね……」

 一方の杏奈さんはAランクに受かることがさも確定事項であるかのような自信をお持ちである。

「そりゃあ私は強いもの。さっさと入るわよ」

 と言い切った杏奈さんに無理やり背中を押され、受付に向かった。

「はい、今日はどうされましたか?探索者カードの再発行でしょうか?」

「いえ、Aランク昇格試験を受けに来た卯月と如月です」

「え!?ああ、そうでしたか。では右手にあるトレーニングホールに向かってください」

 受付の人は杏奈さんが出した俺たちの身分証と予約が書かれているであろうPCの画面を何度も見返しながら案内してくれた。

「「分かりました」」

「それでは、頑張ってください」

 身分証を返してもらった後、俺たちはトレーニングホールに向かった。


「滅茶苦茶広い……」

 トレーニングホールは一切装飾の無い、真っ白な壁と床に囲まれた空間だったが、その分尋常じゃないほどに広かった。

 冗談抜きでサッカーグラウンド一つ分の広さはある気がする。

 ここなら本当に何でも出来るのではないか、そう思わせられるレベルだ。

「まあ、Aランク昇格試験だからこれくらいは無いと困るわよね」

「ああ、そうだな!二人の記念すべき試験の日なんだからな!!!!」

 杏奈さんの言葉に元気よく返した声は俺ではなく、後から聞こえてくる女性のものだった。

 振り返ると、黒髪ロングで長身の女性が両手を腰に当て、豪快に笑っていた。

「試験官の方ですか?」

「ああ!私は卯月麗奈、可愛い可愛い杏奈の姉だ!!!!」

 その女性の正体は、なんと杏奈さんのお姉さんだった。

「麗奈姉が試験官なの?」

「ああ!とは言っても如月の方だけだがな!流石に杏奈の試験官を務めるのは駄目だと言われた!」

「家族同士なのに許されるわけがないでしょう。馬鹿なの?」

 と杏奈さんは麗奈さんの発言に対してあきれ果てた表情で答えていた。

「馬鹿ではない!私は天才姉だ!」

 すると、麗奈さんは謎の発言と共に杏奈さんの正面に回り、力強く抱きしめていた。

「うぐっ……ぐぐぐぐ」

 杏奈さんの身長は別に低いわけでは無いのだが、麗奈さんは女子どころか男と比べても身長が高いため、杏奈さんの顔が麗奈さんの胸に抑え込まれており、息苦しそうにもがいていた。

「久々に会えて私はとても嬉しいぞ!」

 麗奈さんはその様子に一切気づいていないらしく、より一層抱きしめる力を強めているように見えた。

「あの……そのままだと杏奈さんが窒「で、飛鳥!私の可愛い妹に付き合ってくれていてありがとう!!!」

「うぐっ!!!!!!」

 杏奈さんが危険なので止めようとしたら、俺まで巻き込まれて同じく鼻と口を塞がれてしまった。

「いやあ、二人で頑張っているんだろう?半年足らずで二人ともAランク昇格試験を受けられるまでに成長するなんてすばらしいな!!!!」

 そしてテンションが上がっているのか、さらに抱きしめる力が強まった。『師走の先』のギルドマスターなだけあって、ちょっとやそっとではびくともしない。

「んんんんんんん!!!!」

 しかし、これをどうにかしなければ杏奈さんが危険なので、全力を振り絞って両手を引き剥がそうと力を入れる。

「ん?」

 力には自信があったのだが、それでも軽く腕を動かす程度だった。

 そしてこれだけ力を入れているのに麗奈さんは意図に気づく様子が無く、抱きしめる力を抑えることは無かった。

 しかし、刻一刻と杏奈さんのタイムリミットが迫っている。ずっと聞こえ続けていた杏奈さんのタップ音が徐々に小さくなってきたのだ。

 姉に抱きしめられて窒息死というなんとも馬鹿馬鹿しい死因で杏奈さんを死なせるわけにはいかない。

 そう思い一層力を強めるも、一切歯が立たない。

 万事休すかと思ったその時、

「卯月さん、そのままだと二人とも窒息してしまいますよ」

 と麗奈さんに声を掛ける男性の声が聞こえてきた。
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