SEXアイドル&DEATHプロデューサー

中原星道

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チャプター2 千本木しほり

7項 しほり、キレる ~Hなし

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 その後、ワタシはしほりセンパイと一緒にアパートへと戻り、彼女の部屋にお邪魔することになった。

「コーヒーで良いかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」

 彼女はキッチンの方へと向かい、お湯を沸かす。

 ワタシはおもむろに部屋を見回す。

 テレビもたいした調度品も無い。

 以前お邪魔した時にも感じたことだけど、布団とテーブルと衣装ハンガー、そして小さな化粧台があるだけのその部屋はどこか無機質であり、そこから生活感を感じ取ることは出来ない。

 寝て、起きて、仕事して──

 おそらく、その繰り返しなのだと容易に想像できた。

 ふと、化粧台の上にある写真立てとその隣に置かれた古びたペンギンのぬいぐるみが目に入る。

 ──ずいぶん古いぬいぐるみ。それに、この写真……。

 ワタシはこっそりとそちらに近づき、間近で見てみる。

 そこには、遊園地らしき場所でまだ真新しいペンギンのぬいぐるみを抱いて笑っている少女と、その両脇で慈愛の笑みをたたえている若い夫婦らしき男女の姿があった。

 ──これって……。

 真ん中の少女はしほりセンパイだ。とすれば、一緒に映っているのは、亡くなったご両親ということになる。

「その写真ね、私が6歳の時のものなの……」

 その時、2つのコーヒーカップを持ってしほりセンパイが戻って来る。

「6歳……」

 陽崎ひざきさんから聞いた話では、しほりセンパイは6歳の時に「ひだまりの家」に引き取られたらしい。だとすれば、これはその直前に撮った写真なのだろう。

 しほりセンパイはコーヒーカップをテーブルに並べ、座布団の上に座ると、

陽崎ひざきさんから聞いたんでしょう? 私が『ひだまりの家』の出身だって」

 涼やかな声で問う。

「はい……」

 ワタシもテーブルの方へ戻り、座布団の上に座る。

 そして彼女は静かに語り始めた。

「あの日……私は両親をいっぺんに亡くした。飛行機の事故だったの。たまたま仕事が入って、たまたま2人が乗り込んだ飛行機が墜落した……。その時の私には何が起きたのか全然理解出来なかった。すぐにいろいろな人たちが留守番をしていた私の所にやって来て、そして陽崎ひざきさんに手を引かれて『ひだまりの家』にやって来た……」

 ワタシはただ、彼女の言葉を黙って聞いていた。
 彼女はひと息入れてから再び語り出した。

「最初はイヤだった。何でこんな所に連れてこられたんだろう、って……。『パパは? ママはどこ?』っていつも泣いて、陽崎ひざきさんを困らせていたわ。でも、ある日ワタシの元に両親の遺品が届いたの。父がいつも身につけていた腕時計は黒く焦げて時が止まっていた。母がつけていた指輪は薄汚れてひしゃげていた。それを見て私はようやく理解したの。ああ、2人はもういないんだって。もう私の元に帰って来ることはないんだって……」

 ワタシはかける言葉が無かった。

 ワタシの両親は幸いにも息災で、彼女が感じた悲しみや苦しみをすべて理解することはできない。
 だけど、あの事件が起きた時──ワタシが5人の男にレイプされた時、両親はすごく悲しんだ。ワタシと一緒に泣いてくれた。
 セックスアイドルになるために上京したいと伝えた時も、両親はすごく悲しい顔をした。
 だけど、それでも引き止めることはしなかった。

『さくらが選んだことなら、好きにやってみなさい。ただ、私たちは賛成もしないし協力も出来ない』

 それはきっと苦渋の決断だったのだと思う。
 本心では止めたかったに違いない、と。
 だけど、両親はワタシの受けた心の傷を癒すことができないという負い目を感じて、ワタシのワガママを許してくれたのだ。

 こんなワタシでも、両親はいつも心配してくれている。
 すごく感謝している。愛している。
 それだけに、もしも両親が突然いなくなってしまったなら、ワタシはきっと耐えられないだろう。
 悲しくて、苦しくて、心が張り裂けてしまうだろう。

「それからも陽崎ひざきさんは私の世話をしてくれた。優しく頭を撫でてくれた。厳しく叱ってくれた。陽崎ひざきさんは私にとってもうひとりのお母さんなの。だから私は守りたいの。陽崎ひざきさんも、陽崎ひざきさんが大切にしてるものも……」

 写真立ての方に目をやり、しほりセンパイは少し潤んだ瞳でそう言った。

「だからあんなに仕事を……。地上げ屋にあの土地を渡さないために」
「そこまで知ってたんだ……」

 フッと笑みをもらすしほりセンパイ。

 だけど──

 それでもワタシは伝えなければならない。陽崎ひざきさんの言葉を。陽崎ひざきさんの願いを。

「あの、しほりセンパイ……?」
「なあに?」
「大切なものを守りたいというしほりセンパイの気持ちはよく伝わりました。でも、しほりセンパイはもう少し自分のことも大切にした方がイイと思うんです」
「……」

 ワタシの言葉に、しほりセンパイは無言になる。
 空気が変わったような感じがしたけど、ワタシはそのまま話を続けた。

「このままじゃセンパイ、いつか倒れちゃいます。そうしたらみんなスゴく悲しみます。ソウタくんも、ナツミちゃんも、陽崎ひざきさんも──」
「──やめて」

 その時、凍てつくような冷たい声がワタシの言葉をさえぎる。

「え?」
「今日知ったばかりのアナタに何がわかるって言うの? 私にとってあの場所は大切な我が家だし、あの人たちは私の大切な家族なの! かけがえのない宝物なのッ! それを守るためなら私は何だってやるわ。命を懸けたって構わない。もう2度と大切なものを失いたくないから……。アナタにわかる? 私のそんな気持ちが」

 たたみかけるように、怒気をはらんだ言葉が向けられる。
 それは普段温和な彼女からは想像出来ない、とても力強いものだった。

 ワタシはその迫力に戸惑い、気圧けおされた。
 だけど、それでもワタシは伝えなければならない。
 それはワタシ自身の意思でもあるのだから。

「命を懸けるだなんて、そんなに自分を追い込まないでください! 自己犠牲の精神は素晴らしいと思うけど、センパイのそれはひとりよがりになってませんか!?」
「自己犠牲? ひとりよがり? それの何が悪いの!? 私のことは何と言われようと構わない。だけど、アナタに批判される筋合いは無いわ!!」
「批判してるワケじゃないんです。ワタシはただ、しほりセンパイのことが心配で──」
「それが余計なお世話だって言うのよッ!!」

 空気を震わすような鬼気迫る声が部屋に響き、ワタシはたじろいだ。

「そう言うアナタの方こそ、人のこと説教していられる立場なの? 本当に必死に仕事してる? 私に意見するだけの確固たる意思が、アナタにはあるのッ!?」
「それは……」

 ワタシは答えられなかった。

 たしかにワタシには《復讐》という大切な目標がある。
 だけど、その目標を達成できる見込みはいまだ立っていない。
 プロデューサーさんはゆっくりでイイと言ってくれるけど、それは結局甘えているだけで、彼女の言うとおり必死さも確固たる意思も欠けているのかも知れない。

 ワタシにはしほりセンパイを説得できない。その資格すら無いのだ。

 諦めに囚われたワタシはおもむろに立ち上がり、

「……すみませんでした。今日はこれで失礼します」

 部屋を後にすることにした。

「あっ……」

 その時しほりセンパイが何か言いかけたような気がしたけど、ワタシは振り返ることなく玄関を出た。

「ふぅ……」

 外に出てドアを閉めると同時に、ワタシの口から嘆息がもれる。

「ケンカ……しちゃった」

 結局ワタシは陽崎ひざきさんの思いを的確に伝えることもできず、せっかく仲良くなれたセンパイと口論してしまうという最悪の結末を迎えてしまったのだった。



 ♢

 それから1週間が過ぎた──

 ワタシはあの後、しほりセンパイと会うことは無かった。
 何度も謝ろうと思った。
 だけど、スゴく気が重くてそれができないままズルズルとここまで来てしまった。

 優しかったしほりセンパイを、あそこまで怒らせてしまった。
 辛くて、悲しくて、レッスンから帰ってきた今もこうして布団の上に寝転がったまま悶々としている。

 仲直りしたい。だけど、どうすればイイのかわからない。

『アクアとフォレスがケンカしちゃうんだけど、フレアとゴルドが心配して仲直りさせようとするんだけど、失敗ばっかりでうまくいかないんだけど、けっきょく最後は仲直りしたんだよ!』

 その時、ナツミちゃんが言っていた言葉が脳裏を過ぎる。

「仲直り……どうすればできるんだろう?」

 ワタシは体を起こすと、テーブルの上のノートパソコンを起動させ、『ミディアムプリンセス』のアーカイブ動画を立ち上げる。

「……あった、これだ」

 第38話『アクアとフォレスが大ケンカ!? ドタバタ仲直り大作戦!!』、というサブタイトルのついた放送回を再生する。

 もちろん、アニメを見たところで何か参考になるとは思えない。
 だけど、それでも何か解決の糸口でも掴めればと、藁にもすがるような気持ちでワタシはそれを視聴した。

 心優しく、癒しの力で仲間を陰から支える縁の下の力持ち──プリンセス・アクアこと水羽みずは

 とても大人びていて仲間たちのお姉さん的存在──プリンセス・フォレスこと杏樹あんじゅ

 ある日水羽みずはは、頼み事を何でも引き受けてしまい、常に他人のことを最優先させる杏樹あんじゅに対し、他人を甘やかし過ぎだと注意する。
 献身的な性質の杏樹あんじゅは怒り、無個性で陰の薄い水羽みずはのことをなじる。

 そして2人は絶交宣言し、口を利かなくなってしまう。

 それから先はいろいろと紆余曲折を経て、最後に2人は謝ろうとして思い出の場所へと自然と足がおもむき、そこで再会し、お互い謝り合って仲直りしたのだった。

 結局、自分から動いて素直な気持ちを伝えたのだ。

 ──そうだ、このまま腐っていても何も始まらない。ワタシも自分から動かなきゃ!

 そう決心したワタシは、すぐに部屋を飛び出した。

 そして隣のしほりセンパイの部屋の前に立ち、ひとつ深呼吸を入れる。

 今いるのかどうかはわからないけど、ワタシは意を決してチャイムを押す。

 しばらく待つが反応が無い。もう1度押してみたけどやっぱり出てこない。

 ──留守なのか……。

 ワタシは出直すことにして踵を返す。

 と、その時だった。

 部屋の中からかすかに呻き声のようなものが聞こえた気がする。

 ──しほりセンパイ、いるのかな?

 ワタシはもう1度向き直り、ドアノブに手をかけてみる。

 ──開いてるッ!?

 鍵がかかっていないことに気づいたワタシは、思い切ってドアを開けてみた。

「ッ!! しほりセンパイッ!?」

 すぐワタシの目に飛びこんできたのは、玄関先でうつ伏せになって倒れ、苦しそうに荒い呼吸を繰り返すしほりセンパイの姿だった。

「しほりセンパイ、しっかりしてください!!」

 ワタシは駆け寄り、肩に手を触れて呼びかける。

「……ちゃん。……ね……」

 かすかに目を開いて反応を示した彼女は、掠れた声で何かをつぶやいていた。

 ワタシはすぐに救急車を呼び、その後プロデューサーさんに連絡をしたのだった。
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