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しおりを挟む「あれ、天音くんまだお風呂はいってたの?」
離れの浴室から戻ると、母屋の浴室から出たばかりの笑美と鉢合わせた。すっぴんな上に頭にタオルを巻いていたせいか、恥ずかしそうに慌ててそれを取り外し髪型を手櫛でととのえた。
「う、うん……ここのお風呂広くて気持ちいいから、つい……」
本当は2度目の入浴であった。先ほど我慢の限界に達したハルヒコにつかみかかられ、とっくみあいになったあげく庭に転げ出て、大吾郎と瑛一に引き剥がされるころには髪から足の先まで全身土まみれになっていたからである。
「あはは、明日にはもっと広いお風呂行けるのに」
「そ、そーだね。楽しみだな」
「明日には天の川出るといいねえ。そのままお風呂から見られたら最高なのに」
「ああ、それ最高」
風呂上がりの笑美は、体育館にいたときよりもさらにいい香りを漂わせていた。接近しなくともわかるほどだ。このシャンプーの香りが、明日また髪を洗うまで続くのだから、女子という生き物は不思議である。薄暗い廊下で、ふたりはどちらからも「おやすみ」と言えぬまま立ち尽くす。すると笑美が照れたように言った。
「……やっぱり、家に家族以外の同年代の男の子がいるって、恥ずかしいな」
「え?……あ、ごめん!いやふつうはそうだよね?今さらだけどホントごめんね、バイト用の民宿もあるのに、図々しく上り込んじゃって……」
「あ、違うの、天音くんたちがイヤとかじゃないからね!そうじゃなくてほら、私、今だってこんな格好だし、しょっちゅうすっぴんで過ごしてるし、ミワなんて私服は男子とまるっきり変わらないし。なんか、男の子の夢を壊しそうだなって……とくに天音くんたちなんて、男子校の人たちだからさ」
「壊してないよ!ていうか元々あんまり夢も見てないから……ってのもちょっと違うかな?でもあの、ほんとにただの使用人だと思ってていいから!それかここに毎日手伝いに来てるおじさんたちとおんなじ!」
「えー、天音くんたちは同じじゃないよ、さすがに」
「でもどんな格好してようが自分ちでどう過ごしてようが、僕はまったく気にしないから。そもそもみんな寮生活だから、僕たちにとってはいつもとなんにも変わらないんだ。あと正直すっぴんかそうじゃないかもよくわからないし、気にしてない」
「……あはは、そっか。彼女でもないのに、そんなことまで見ないし気にしないよね、ふつう」
少し虚しそうに笑う笑美に、先ほどの「多数決」の結果を思い起こし、天音は「まずいことを言ったかもしれない」と、とうとう八方塞がりになった気分でひとり狼狽した。
なんと返せばこの子が納得するのかまったくわからなかった。ハルヒコがときどき考えごとを爆発させて発作を起こしうずくまるあの苦しみが、今はじめて共感できたような気さえした。
「あの……」
「ん?」
「え、エミちゃんは、そ、そそそのままでかわいいよ」
「え……」
どもりながらなにを口走っているのかと自身をどこかで冷静にあざけりつつ、たましいが抜けたように足の裏の感覚が消え失せているが、とにかくいま自分は宇宙一みっともない童貞の姿をさらしているのだと、開き直った。
「あのさあー、悪いけど僕、女子に対する観念が小学生から変わってないしさあー、女の人ってお母さんしか知らないからさあー、同年代の女の子が家で何してるのが正解かなんて、カケラもわかんないし気にならないんだよねええ」
「あ……」
「だ、だからその、往来の人をとつぜん殴ったりとか、線路に置き石したりとか、酔っ払い運転でバイクごと海に突っ込むとか、そーゆージョーシキはずれなことしない限りはさあー、女の子はなにしてても別にかわいいと思うよ。それでいい?それでいいよね?だって僕にはわからないもん……ふだんの女の子がどうかなんて、僕にはわからないんだよお……」
感情がごちゃ混ぜになり、震えながら頭を抱えてしゃがみ込む。何をしてるのかと問う冷静な自分はもう掻き消えていた。
「だ、大丈夫?!ごめんね天音くん、私そんなに困らせるようなこと言ったかな?!でも難しかったんだね!ごめんね!!」
笑美も狼狽して必死になだめながら、天音の背中をさすってやった。天音は、まるでいつものハルヒコとおんなじだと情けなさで涙を流したが、これ以外に彼女に伝えられることはもう何にも無かった。
その後エミに手を引かれ、メソメソと泣きながら和室に戻ってきた天音に男たちは驚愕したが、「私が変なこと言ったせいで、急にうずくまっちゃって……」と戸惑う笑美に、大吾郎が「天音が変なだけだから大丈夫」と肩を叩いた。
彼女を帰したあと天音を布団に寝かせてやると、「僕は女子のことなんか微塵もわからない……好きって言われてもなんにもできない……」と病人のうわごとのように訴え、「わかったからもう寝ろ、うっとーしい童貞イグアナが」とハルヒコが頭からバサリと布団で覆った。
「何があったんだろうな」
「ね」
「天音くん本当に平気なの?さっきまであんな元気だったのに急に泣いてるって……」
「気にしなくていいぞ瑛一。こいつは女とおんなじで、感情のみで生きてるからな。戦場で指揮をとらせたら半日で隊を全滅させるタイプだ」
明日の朝の予定はまだ何も立てていないが、時刻もすっかり日付をまたいでしまったので、全員が布団に入ると大吾郎がさっさと電燈の紐を引いた。
アラームをセットしなくとも、朝6時頃には自然に目がさめるであろう。そうしたらまた海に行きひと泳ぎでもしてくるか、あるいはもっと早く目覚めれば、自転車で三島山を目指すのもいいかもしれない。きっと風のような速さで過ぎ去っていくここでの日々を、余すことなく味わい尽くしたいものである。
やがて天音の泣く声がやみ、夜はなんにもない暗闇だけの島は、ここに暮らす人々と共に今宵も静かな眠りについた。
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